#11.1 旅行の二人
良子(仮)と良夫(仮)の出張当日。(仮)は面倒なので以下省略。
会社の最寄駅で待ち合わせの二人。先に待っているのは良夫。良子が遅れているのではなく、良夫の方がかなり前からスタンバッている。自分の時計、駅の時計、街中の時計、たまに、見ず知らずの人の時計まで見て、時間を気にしている。そんなに時間にうるさい奴だったとは知らなかった。
良子は時間ちょうどに現れた。良子にとって出張は探検だ。ということで探検隊は全員、集合した。勿論、隊長は良子だ。
出張の目的は、”新世界構想” のモデルとなった地区を、主に撮影してくることにある。探検隊には相応しい任務といえよう。目的地までは電車で数時間。正確な所要時間は場所が特定されないよう、秘密である。そして、降りた駅から車を借りて辿り着ける場所だ。日程は日帰りコース。これは遠足ではなく、あくまで仕事だ。
ショルダーバッグ一つの隊長に対して、良夫は機材の入ったカートを持っている。探検隊の出発時刻なると、良子は良夫の持つカートを自分で引くと申し出た。隊長は隊員に対して優しい。率先して辛い仕事を引き受けるのが隊長の務めだと思っている。カートは重いが引く分には、そうでもない。下手に拒否しない方がいいと判断した良夫がカートを任せる。
駅の改札を抜け、ホームまでのエスカレーターに乗ると、その隣の階段を、隊長がヨッコラショと一段ずつ上がっている。隊長は、あえてイバラの道を進むものだ。当然のようにエスカレーターに乗ると思っていた浅はかな良夫はエスカレーターをダッシュで駆け上り、階段をダッシュで駆け下りた。そしてヨッコラショ中の隊長に頼み込んで、カートを任せてもらった。
通勤・通学時間にはまだ早く、駅はまだそんなに混雑はしていない。列車に乗り込んだ二人。つり革を握る隊長は直ぐに目を閉じ仮眠をとるようだ。その隣で良夫が目をギラギラさせて痴漢を警戒している。その良夫がかなり怪しく見える。
列車を乗り継ぎ、乗客の数が減ってくると、ようやく席に座ることができた。良夫が外の風景を見ていると、隊長から注意が飛んでくる。
「窓から顔を出すと危ない」
窓は、はめ殺しで開かない。窓から顔を出すのは至難の技だ。
「わかってるよ、子供じゃないんだから」
良夫の返答を待つことなく、隊長は既にコックリしだし、仮眠をとるようだ。前後に揺れていた隊長の頭が、ガバッと良夫の肩にもたれかかる。良子のことだ、夜更かししているのだろうと良夫は思ったが、これはこれで悪くはないとも思った。だが、ぐっと良夫の肩にのしかかった頭が、何かの拍子で正常位置に戻り、そこから一気にまた、肩に良子の頭がぶつかってくる。これはかなり痛い。が、避けるわけにもいかず、耐え忍ぶ良夫であった。
また列車を乗り換え、あとは目的の駅で降りるだけである。早くに出発したが、既にお昼近い。隊長が非常食をポケットから取り出した。
「ほら。これで飢えを凌ぎたまえ」
良夫はそれを有り難く頂戴し、飴を口に放り込んだ。
◇
目的の駅で降りた探検隊。一行は駅前のレンタカー店に向かう。予約してあるので手続きも早い。早速、借りた車で行こうとすると、運転席には既に隊長がスタンバイしていた。
「良子、免許持ってるのか」
「勿論だ。問題ない」
この国は、全ての人に優しいようだ。だが、良夫はここで人生を終わりにするわけにはいかない。なんとか知恵を絞る。それも穏便に。
「その靴では運転できないぞ」
良夫は隊長がヒールを履いていることを思いだしたようだ。
「仕方ない。お前に頼もう」
国のルールには従うようだ。良夫の寿命が少し伸びた。
車を走らせる良夫。目的地まではまだ少し遠い。車を運転しながら良夫は思う。仕事とはいえ、隣に良子を乗せている。これは立派なドライブではないかと。ドライブといえば、軽快な音楽と弾む会話だ。残念ながら借りた車にはラジオしかない。残るは会話だ。しかしこれも残念ながら良夫には弾む会話は装備されていない。車の走行音が会話の代わりになった。
お昼時のため、良夫は適当なファミリーレストランに車を向けた。レストランに入った二人を出迎える給仕係が『何名様ですか』と聞くと、良夫は”二人に決まっているだろう”と思いながら「二人です」と答えた。
席に案内され座る二人。そしてまたまた良夫は思う。これって、側から見たらアレに見えるのかな、と妄想したようだ。
食事中も特に会話らしいものはなく、淡々と食べ終えた二人。席を立とうとした良夫より先に、良子が立ち上がり明細を掴んだ。
「私が奢ろう」
隊長は隊員に優しい。おまけに太っ腹のようだ。だが、それには従えぬと良夫が食いさがるが、隊長は聞く耳を持たない。決定事項だ。レジの前で財布からさっとカードを取り出した隊長は、ここではカードが使えないと拒否されてしまった。隊長はあいにく現金の持ち合わせがない。
「どうしよう」
情けない顔が良夫に向けられた。良夫は水を得た魚のようにレジに張り付き、”釣りはいらないぜ”と勘定ちょうどの現金で支払った。
「今日は俺に奢らせてくれ」
かっこいい台詞が良夫から飛び出した。言った本人の顔が真っ赤だ。
「うむ、ありがとう」
良子に礼を言われた良夫は足取りも軽く店を後にしたのであった。
◇




