#7.1 魔法の箱
久しぶりにリョウの登場だ。
場所は52階建てビルの20階。その中では飛び切り豪華絢爛な部屋でマリアが寛いでいる。椅子に浅く座り足を投げ出していたりする。その傍らに執事姿の男が立っている。こいつがリョウだ。
逃げ回った果てに、今はこうして囚われ監視されている。マリア様、直々の監視だ。リョウもさぞかし喜んでいることだろう。もう、どこにも逃げ場はないようだ。
マリアが、リョウを見もせず問い詰める。
「約束の花嫁、でしたか? よくそんなことを思い付きましたよね」
「それは、その」
「一体、どうするつもりでしたの」
「その、それは」
「何度も機会は有ったはずですよ」
「そう……」
「それを急に、それも直前に、私に一言もなく、ですよ」
「はい、その……」
「全く、呆れてしまいましたよ」
「はい、ええ……」
「何か、言い分がお有りなのでしょう」
「ええ……」
「でも、どのような理由があろうとも、許される事では有りませんんよ」
「はい、ええ……」
「あなたは、それで宜しいのですか」
「いえ、その」
マリアは最初からリョウの言い分を聞こうとは思ってないようだ。こういう時は相槌を打つようにしておく方がいいだろう。だが、俺の経験から言えば、どこかで意見を言っておかないと、そのうち、『おい、聞いているのか!』と、怒鳴られそうだ。
「仕方ありませんね。私、喉が渇きましたので、何か持ってきてくれますか」
マリアもそろそろ、この不毛な会話を終わりにするつもりらしい。
「はい」
「リョウ」
解放されたリョウが数歩、歩いたところで追撃が待っていた。
「まさか、逃げようなどとは考えていないでしょうね」
「もちろんです」
「それは良かったです。無理ですから。もし、そのような事をしたら痛い目に遭いますよ」
「わかってます」
念には念を入れるマリアであった。そして苛立ってもいる。此の期に及んで腹の座らないリョウに、怒りすら覚えるようだ。本当にこれで良いのか、と自問するマリア。全てはリョウの行動次第。その自分ではない者が鍵になっている事が余計に苛立つようだ。
リョウは、マリアの言う『痛い目』の意味が分からなかった。既に十分、痛い目には合っているとリョウは考えたが、それはエリカ達の、今の状況を知らないからだ。もし知っていたら、変な気は起こさないだろう。
◇
部屋から出たリョウは、ため息をついて左右を確認する。マリアの言う通り、要所所々に警備が配置されている。その警備も既に両家の混合チームではない。マリア陣営の元に統一され動いている。もはや逃亡は不可能。しかし、そんなことを考えなければ、何も問題はない。ただそこに、人が立っているだけだ。
リョウにとって、何か飲み物と言えば最初に自販機が思い浮かんだ。しかしそれは無いだろう。では、どうやって調達するか。それは誰かに頼むのが一番だ。だが、その頼れるココナはいない。その他を探さなければならない。
だが、これを本気でリョウが考えていたわけではない。建前だ。誰かに聞かれ時の言い訳として考えた。本音は逃亡あるのみ。今のリョウには、それしか無いようだ。一体、何処まで逃げるつもりなのだろう。
通路を歩きながら、それとなく観察すると、リョウが逃走できそうな場所には必ず警備の目が光っている。そこを少しでも越えようとすると無言の制止が待っていた。その度、ルートを変え、右、左と行きつ戻りつを繰り返すうちにリョウは移動できる範囲が狭まっていくのを感じた。あくまで感じただけだ。
そしてリョウは追い詰められた魚のように、エレベーターの前に辿り着いた。誘導されたと言ってもいいかもしれない。エレベーターなら直ぐに下に行けるだろう。しかし、よりによってエレベーターだ。こんな重要な箇所が無防備であるのは、おかしい。
だが、行ける場所はそこしかない。なら、行くしかないだろう。それが、たとえ罠だとしても、と普通は考えるが、リョウはラッキーとしか思っていないようだ。人を疑うことを知らない男、それがリョウだ。だが、人は騙す。既に何人も騙してきた。それがリョウだ。
リョウはエレベーターの下向きのボタンを押すと、素早く身を隠した。しかし、誰もこない。無駄な努力だったようだ。エレベーターの扉が開くのを、ドキドキしながら待つ。そして扉は開いた。速攻で乗り込んだリョウは1階のボタンを押し、閉じるボタンを連打。そんな必要もなく扉は音も無く閉まった。
エレベーターはスーと降下し、気持ち悪いぐらいに落ちていく。そして1階に近づくとブレーキが掛かり始め、リョウの体が軽くなる。エレベーターの階層表示が、3、2、1、0.9、0.8、0.7、0.6、0.5。
ここから急上昇が始まった。
何故か3桁ある表示が、既に999を表示しているが、更に上昇は続いている。エレベーターの床に座り込んだリョウは、これからマリアの言っていた『痛い目』を体験することになるのだろう。だがこれはまだ、始まってもいない。ただの序章だ。
この時点で既にリョウの走馬灯が発動した。気の早い奴だ。ちょっと覗いてみよう。
うむ、なるほど、そうか。
では、続けよう。
だが、前もって断っておくが、特に感動するような話ではない。
◇




