#7.2 空飛ぶ絨毯
これはリョウとマリアの、婚約発表時の記憶だ。国のあちこちでデモが起こっている。どうやら国民はお怒りのようだ。婚約発表というめでたい時に、何を怒っているのだ。けしからん。誰かに聞いてみよう。
「だって、おかしいだろう。何で外国人なんだ」
原因はマリアか。わからんでもない。
「国王は国を売ったのか」
まあ、そうだろう。
「何で、ココナさんじゃないんだ」
ココナがどうした。
「いつも一緒だったから、てっきりココナだと思ったら何でー」
二人は、そんな仲だったのか。
「せっかく国が一つにまとまる機会だったのに」
いろいろと事情がありそうだ。
ここで”いつも一緒だった”という部分を検索してみよう。
なに? 走馬灯が検索できるのかって? 覗けるくらいだから出来てしまう。
うむ、なるほど、そうか。
リョウのいるところココナ有りだ。まるで背後霊のように常に側にいる。いないのは風呂とトイレと寝るときだけだ。メイドというより付き人と言った方がいいかもしれない。
ココナの方は仕事で仕方なくという感じは、あまり受けない。逆にリョウの方が、ココナの存在を確認している場面をよく見る。これは、もしや、むむむ。
◇◇
次の記憶を覗いてみよう。
うむ、なるほど、そうか。
これはパスだ。ただ、飯を食っているだけだ。それも魚料理だらけだ。俺には到底、真似が出来ない。どうりで、エリカに、最初に出した食事が魚だったわけだ。
さあ、次の記憶にいこう。
うむ、なるほど、そうか。
これは、リョウとココナが初めて出会った時のだ。幼い二人が見える。アホのように笑顔なリョウに、ココナは鋭い眼光を向けている。無理もない。支配する側と支配される側だ。リョウは何も分かってはいないようだが、ココナは、その立ち位置を幼いながらに理解しているようだ。
リョウとココナが二人っきりの時は、こっそりとココナがパンチやキックでリョウを攻撃している。幼い二人に責任は無いが、リョウに八つ当たりするくらいしか、ストレスを発散できないのだろう。
意外にもリョウはそれを全て受け入れてきた。ココナ・パンチやココナ・キック、さらには必殺ココナ・ツネツネをも気にせず、また、誰かに言うでもなく、言葉通り受け止めていた。だが、勘違いしないでほしい。リョウは、そんな度量の大きい奴ではない。単に、ココナに惚れていたに過ぎない。リョウは好きな相手からの攻撃は全て、”愛の鞭”と認識していたようだ。ちなみに、ココナはリョウの二歳年下だ。
せっかくのなので、本人達の声を聞いてみよう。まずはココナから。
「リョウなんてキライ。あのアホずらを見ていると、ムカつくわ」
ごもっとも。ではリョウは、どうか。
「ココナ〜、へへ」
何だか分からない。
しかし、現状は、そうではないのだろう。
ココナの気持ちが逆転する場面まで進めてみよう。
うむ、なるほど、そうか。
二人が中学生くらいの時か。ココナが病で寝込んでいる。病といっても、風邪のようなものだ。そんな時リョウはココナの元に足繁く通い、その能天気な顔を見せ続けた。ココナは、これに心が折れたようだ。折れて反対向きになり、”ムカつく” が ”まあいいか”に変わったようだ。惚れた相手の弱みに付け込んだリョウの快挙だろう。
この”まあいいか”が更に進化する過程は、どれを見ても俺には分からない。乙女心は複雑怪奇だ。お手上げなので覗きはこの辺にしておこう。
◇
さて、そろそろエレベーターが目的地に着きそうである。
リョウは今、上空高く、空飛ぶ絨毯で飛行中だ。
マリアには怒られそうだが、このエレベーターの構造を説明しておこう。エレベーターの壁の前後左右、上下とも透明である。それを普通の内装に見せている。床は特殊な素材で変形させることが出来る。エレベーターが上昇するときは、床を柔らかくし、更に加速感を得たい場合は、グッと柔らかくする。後は、目につくものを早く表示し、音で効果を上げるだけだ。
空飛ぶ絨毯にしがみ付くリョウだが、そこから落ちるわけではない。そう、錯覚しているだけだ。安全は確保されている。加減さえ間違わなければ。
空飛ぶ絨毯は、魔物が住むという摩天楼を抜け、海に出る。そしてまだまだ進む。実体のエレベーターがどうやって前進しているかは企業秘密になっている。
陸が見えなくなり、辺り一面が海になった辺りが終点のようだ。空は青く、雲は少ない。カモメが飛んでいなところを見ると、かなりの沖合と見た。
「アーハハハ」
遥か上空より、リョウの耳に聞こえてくる幼い声。だが、幼くても不気味だ。空に眩い光の点が現れ、そこから箒に跨った魔法……幼女が登場した。その姿はフリフリのフリフリだー。箒に跨ってはいるが魔法使いではない。れっきとした魔法幼女である。
魔法幼女は空飛ぶ絨毯の横に並び、挑戦状を叩きつける。
「私の名は、……名は、……私は誰れ?」
ちょっと待て。うーん、エリコだ。
「私はエリコ。どっちが速いか、教えてやろう」
空飛ぶ絨毯は、その挑戦を受けて立つようだ。頷いている。
「お嬢ちゃん。危ないよー」
リョウがエリコの無謀な挑戦に怯えている。
「感違いするでない。私の相手は絨毯だ」
「落ちたら、死んじゃうよー」
「心配ご無用」
その通り。エリコの乗る箒の先には、営業部長型成果主義系汎用アツシ号が備わっている。いざという時は営業部長型成果主義系汎用アツシ号が、その存在を賭けてエリコの身を守る。既に高速で飛ぶエリコにかかる風圧を全てその身で受け、全身の毛が逆立っている。更に何重にも展開された安全装置を完備し、万が一にも対応。場合によっては、この世界の改変も辞さない覚悟である。さあ、どっからでも かかってこい。
エリコが気合を入れると箒は、あっという間に空飛ぶ絨毯を置き去りする。悔しがる空飛ぶ絨毯。負けじとエリコに追いすがる。トップスピードでは互角のようだ。ならテクニカルコーナーはどう攻める? 空飛ぶ絨毯がセオリー通りのラインを描き、綺麗にコーナーを攻めるが、エリコがそれを余裕でイン側を攻め、あっけなく空飛ぶ絨毯を抜き去った。
またまた後塵を拝した空飛ぶ絨毯は急上昇を始め度胸勝負に持ち込むが、度胸だけならエリコの方が一枚も二枚も上手。空飛ぶ絨毯に乗るリョウのことなどお構い無しにエリコは、箒で絨毯に体当たりをかます。
ここで空飛ぶ絨毯は負けを認め白旗を上げた。エリコの勝利である。
「達者で暮らせ〜」
そう言い残してエリコはまた、この空の何処かに消えていったのである。一体、魔法幼女ことエリコとは誰だったのだろうか。誰かに似ている気がする。
負けた空飛ぶ絨毯は降下を始め、途中で面倒になったのかリョウを振り落としにかかる。海面まではまだ、相当な高さがあるが絨毯にそんな配慮は無い。当然、振り落されまいとリョウは絨毯にしがみ付く。が、摑みどころが無いのが絨毯だ。あっけなくリョウは絨毯に愛想をつかれた。リョウの悲鳴が聞こえてきそうだが、それは聞かなかったことにしよう。
これでマリアが言っていた『痛い目』が終わったわけではない。まだ、ステージに上がった段階だ。幸運を祈る。
◇
マリアのいる豪華絢爛な部屋、そのドアをノックする者がいる。マリアはリョウだと思ったが、とりあえず返答する。
「どうぞ」
「また、来てしまった」
そう言ったのはタナベだ。申し訳なさそうに部屋に入る。リョウだとばかり思っていたマリアが、踏ん反り返っていた姿勢から慌てて椅子に座り直した。
「また、お話でも?」
「いや、そうでもないんだが」
マリアが立ったままのタナベに椅子を勧めると同時に、飲み物でも注文しようと電話の受話器を持ち上げたところで、それをタナベが征した。その代わり、二本持っていたペットボトルの一本をマリアに差し出す。
「有難う御座います」
マリアがそう言った後二人は、何か大切な物を持つようにペットボトルを握ったまま動かない。
暫くの沈黙の後、やっとタナベが飲み始めると、マリアが口を開く。
「あれ、怒ってます?」
「いいや、別に。それに――」
”あれ”とは、準備中の新世界にエリカを放り込んだことを指している。
「それに、まあ、ちょうどいいテストになるかなって思ってね。そのままにしてある」
「すみません」
「いや、その、こっちこそ、こう、ちょくちょく押しかけるのもね、悪いかな、と」
「そうですね」
タナベは少し、いや、大いに焦った。上辺だけでも否定してくれるものと思っていたからだ。とても居づらい気持ちになった。
「いや、その、一人だとあれだし、ね、自暴自棄になったりして、ないかな〜。失礼した。また来るよ。ん? また、か?」
タナベが椅子から立ち上がろうとすると、それを見たマリアが慌てだした。
「あ、すみません。そういう意味では」
「そ、そうか」
タナベは椅子に座り直したが、会話は途切れ、沈黙が続いた。雰囲気が、重い。タナベは、さっきの勢いで部屋を出るべきだったと後悔している。それに、こんな時用の、気の利いた言葉を持ち合わせていなかった。沈黙という矢が10秒おきに突き刺さる思いに、タナベは戦っている。
「両親でさえ、呆れて帰ってしまったというのに、何故なんですか」
沈黙を破ったマリアの質問にタナベは返答に困った。頼まれた、というのが発端だが、それを言うわけにいかない。困っている人を助けたいという気持ちもある。倒れた人に手を差し伸べるくらいの親切心はあるだろう。でもそれは自己満足だ。では結局、自分のために動いているのか。多分そうだろうとタナベは結論づけた。
「なんとなく、かな」
タナベは全てを濁して答えた。それが無難だと思えたからだ。
「そうですか」
マリアの言葉を最後に、また、沈黙が続く。
タナベは席を立つチャンスを伺う。やはり、ここにいるべきじゃなと、本能が叫んでいるようだ。
「ずるいですよ」
マリアがポツリと言ったが、それに返す言葉がない。それを聞くだけのタナベだ。
「ずるいですよ、みんな、勝手で、好き勝手で、ずるいですよ」
タナベは席を立つチャンスを失った。マリアが泣き出してしまったからだ。まあ、そうだろう。今まで我慢して堪えていたものが、もう止められない所まできてしまったようだ。
こういう時、恋人同士か同性なら肩でも抱いたりするのだろうが、タナベは、見ているしか出来ない。せいぜい、持っているハンカチを差し出すくらいだ。それも、受け取るかどうかも分からない。
ダメ元でタナベはハンカチを手渡そうとすると、意外にもマリアはそれを受け取り、活用している。
取り敢えず、出来ることはやったとタナベは思うが、不安があった。それは、渡したハンカチを何時洗濯したものなのか、記憶に無いことだった。




