#3.3 あなたの大事な人
久しぶりの良夫(仮)の登場だ。
式場を追い出された良夫(仮)は、近くの公園にいる。
なぜ、帰るか他所に行かないのか。こやつにそんな器用な真似は出来ない。予定ではまだ、式の真っ最中のはず。その予定が突然無くなった。要は、良夫(仮)は途方に暮れているわけだ。
取り敢えずベンチに座り進退を考える。が、浮かんでくることはどれも時間が中途半端すぎる。だから余計に動けないでいる、悩み多きおじさんだ。こやつはもう、おじさん扱いで十分だろう。
そんな困ったおじさんの元に、白い猫がやってきた。目つきは不明だ。おじさんは本物と見た。その猫は不審そうにおじさんを見る。おじさんは心の疚しさを見抜かれまいと、何かを必死に隠しているようだ。
そこに電話が掛かってきた。スマホを取り出したおじさんは、その発信者を見て驚愕する。”あなたの大事な人より”とあるではないか。そんなものは連絡帳には登録されていない。だが表示されている。スマホが『私よ〜』と誘っているのだ。
おじさんの心臓は空中分解寸前だ。何せこやつは俺と違って、レディーの扱いを知らん。何も大事な人とは女性とは限らんだろう。父ちゃんかもしれん。それとも警察かもしれんぞ。警察ならお前は大事だろう、逃げられては困るからな。だが、早く出ないと切れてしまうかもしれん。そうしたら真相は闇の中だ。お前に掛け直す勇気が無いことは、お見通しだ。
「はい」
「あなたの彼女が今、危険な状態です。直ぐに助けてあげてください」
言っている意味が全然わからない。それよりも、知らないとはいえ女性からの電話だ。おじさんは混乱し、脳が機能不全に陥ろうとしている。全く、情けない奴だ。
「アナターハ、ダレデースカ」
「私は、彼女の知り合いです」
「カノージョ?」
「そうです」
「アナターハ、ドコーニ、イルノーデスカ」
「目の前の、白い猫です」
「ネーコ?」
おじさんの血圧は正常値に戻った。いや、通常よりも下がったかもしれない。もっと明確に言えば、テンションが最低値更新だ。おじさんは猫にハートをドッキンドッキンさせていたわけだ。仕方ない、それも運命だ。
「ああ、言っている意味が分からないんですが」
「早くしてください、時間が無いのです」
「彼女って、誰のことですか」
「エリカ=良子(仮)さんです。さあ、早く」
「はあ、良子(仮)? 俺の彼女じゃないですよ。他人です。人違いですよ」
「あれだけ彼女を目で追っていたのに、今更、知らないと言い張るのですか?」
おじさんは考える。
誰かにストーカーされているようだと。俺の一挙一動を監視する不審者、異常者。それは誰だ。それともこれは新手の詐欺か。俺を貶め騙すつもりか。いやいや、そもそも相手は猫だ。相手にしている方がバカみたいだ。
電話の主は、さらに畳み掛けてくる。
「彼女の生死に関わる重大事に、あなたは、それでも自分には関係ないとおっしゃるのですか」
おじさんは考える。
良子(仮)の生死に関わる? それは一大事だ。ん? 一大事? なぜだ、なぜそう思う。それはおかしいだろう。だが、待て。猫が言っているだけだ。それを真に受けてどうするよ。
「電話、切りますよ、じゃあ」
おじさんは空を見上げて思う。もう少しで引っかかるところだったと。急所をつくピンポイント攻撃。危うく本気にするとこだったと胸をなでおろす。そして、白い猫を見て ”あっちへ行け” と 合図を送った。
おいおい、白い猫が空中浮遊し始めたぞ。真昼間からオカルトだ。おじさんは取り憑かれたように白い猫を目で追った。どこまで浮き上がるんだ?
「おう! あわわ」
おじさんの奇声だ。気持ち悪いぞ。
白い猫は、例のメイドさんに抱きかかえられ、おじさんの目の前に立っている。
「あなたは、冷たい方なんですね」
「いえ、あの、いえ、その、あの、いいえ」
メイドさんの蔑む冷たい視線に、おじさんは人であることを保てなくなりつつあった。おじさんは本物のメイドさん、それも外国の方を見たのは人生初の出来事だ。いきなりベンチから立ち上がると直立不動の姿勢をとった。それは、全面降伏を意味する。”あなたの犬にしてください”そう言っているのに等しい。こやつは、そんなもんだ。自らその支配下に下る。
「さあ、行きましょう。救いますとも、あれを」
「それは良かったですわ。私はココナです。あなたは」
「はい、良夫(仮)、いや、その、えーと、ヒロと呼んでください」
「では、行きましょう。ことは急を要しますから」
「はい、ココナ様」
「様は不要です」
「はい、ココナ」
呼び捨てにされたココナは蔑む冷たい視線を向けたが、ヒロの壊れた頭には突き刺さらなかった様だ。
しかし、良夫(仮)にも困ったものだ。よりによって俺の名を騙るとは。それほど憧れていたのなら仕方あるまい。一時的に許可しよう。
◇
こちらも久しぶりのタナベだ。
タナベは自販機の前で缶コーヒーを飲んでいる。勿論、ブラックではない。それを最後の一滴まで絞るように飲み干すと、男が近づいてくる。二人は背中合わせにベンチに腰掛けると、ヒソヒソ話を始めた。彼ら以外、周辺に人はいないが二人の声はよく通る。世間に筒抜けだ。
「情報によると、マリアの、怒りの矛先がエリカに向かったそうだ」
「なるほど」
「キーワードは”青い山脈”。これが何だか分かるか」
「勿論だ。俺のヤマだ」
「そこにエリカを放り込んだらしい」
「厄介なことを」
「そっちは問題無い。ある者とエリカの彼氏と名乗る人物が救出に向かった」
カラ〜ン、コロ〜ン、コロコロ、ガシ。
タナベが落とした缶の音。最後のは足で踏みつけ音だ。
「あんだと! エリカに男がいただと。それはどこのどいつだ」
「驚け。お前の部下の良夫(仮)だ。今はヒロと名乗っている」
「あいつが。そうか。どうりで、よくちょっかいを出していると思ったら、そう、だったのか」
「そんなことより、マリアの暴走が危険だ。そのうち闇に落ちる」
「ああ、そっちは任せておけ。釣りは得意だ。闇から引き上げてやろう。じゃあ、もう一方の方は、お前に任せる。得意だろう?」
「交渉ごとは苦手なんだな。困った」
「よくそれで社長が務まるものだ」
「よく言われる」
「ところでだ。何故服を着ている? 俺は、いいと言った覚えはないぞ」
「俺の心は何時でも裸だ。さらけ出している」
「わかった。俺が世間に代わって許可しよう」
「それはありがたい」
◇
孫娘が何やらムニムニしている。
『よくわからん。喧嘩をしておるのか』
そうだ。喧嘩だ。
『仲が悪いのか』
いいや。すこぶる仲が良い。
『よくわからん。だが、しかし』
何が不満なのだ。
『何故、お主が話に出てくる?』
あれは俺ではない、偽物だ。
『私も、出たい』
これは、お前が誕生する以前のお話だ。
『私も、出たい』
わかった、善処しよう。
ところで、俺の名を騙る者には興味は無いのか。
『無い』
そうか。本人に伝えておこう。




