#4.1 青い山脈
ここは、マリアが名付けた”青い山脈”と呼ばれる場所だ。
確かに、遠くに青く鋭い山々が見える。雲よりも高く、雲海が広がっているではないか。思わず深呼吸をしたくなる場所だ。
そんな場所でエリカは、小学生が座るような木製の椅子に座っている。この絶景を眺めていのかと思いきや、しっかりと寝ている。どうやら、お疲れの様だ。その後ろで男女が話をしている。その様子は、どうやら男の方が一方的に攻められている。
「どうしてあなたは、あの様なものを作ったのですか」
「いや〜、山と言えばあれかな〜と思いまして」
「その間に出口を塞がれてしまったじゃないですか」
「いや〜、俺は専門外なので。でも、山を降りれば戻れますよ」
「仕方ありませんね。しっかり彼女を守ってあげてくださいね」
「これですね。多分」
「ムニムニ」
男がエリカの頭を突こうとした時、エリカが目覚めた様だ。完全に覚醒する前に、後ろにいた男女が駆け出し、その場を立ち去った。
エリカは大きく背伸びをすると、肩が重いことに気がついた。どうやら大五郎Sが所定の場所に戻っている様だ。
エリカは立ち上げり周囲を見渡し、ニヤリとする。
(また召喚されてしまった。どうやら私は重要人物らしい)
目の前には深い谷になっている。落ちたらイチコロだ。エリカは座っていた木の椅子を、そこに投げた。椅子は音もなく落ちていき、途中で粉々となった。
(どうしてくれよう。座る椅子が、無い)
エリカは口に手を当て、山々に向かって叫ぶ。
「いや〜ほ〜」
「ア〜ほ〜、ア〜ほ〜、ア〜ほ〜」
小気味良い山彦が返ってきた。今度は右手を高く上げ、左手を腰に当て叫ぶ。
「出でよ! ドラゴン!」
「イ〜ね〜、イ〜ね〜、イ〜ね〜」
残念な山彦が返ってきた。
(ドラゴンはいないのか)
冷たい風がエリカを襲う。ジャージで登山など無謀だ。出直して来い。エリカは木の椅子を燃やして暖をとることを思いついた。天才的な閃きだ。谷を覗くが、椅子は戻ってはこない。
エリカはまた閃く。
仕方ない。大五郎Sに火を吹かせよう。あれでもドラゴンの末裔、と肩に目をやると視界に山小屋が見えてくる。ドランゴのことは忘れ、その山小屋のドアを叩く。いや、既に開けていた。ちなみに、ドアには”喫茶 青い山脈”の札がぶら下がっていた。
「いらっしゃいませ」
カウンターに男が一人、テーブル席には接客係の女性が立っていた。何か温かいものでも飲もうと考えたエリカだったが、その前にジャージのポケットに手を突っ込み、財布がないことを確認した。
当然だ。
そのジャージはエリカのものではない。着替えた時に遊んでいたから、こうなる。
途方にくれるエリカに接客係が声をかける。
「エリカさん、お待ちしてましたよ」
(待たせてすまぬ。だが、誰だ)
接客係は、エリカの顔を見て自分が誰だか分かっていないことを即座に理解した。
「私です。メイドのココナです」
(メイドと言えば、冥土の土産、お土産はまだか)
「あの時の」
「そうです。エリカさんを迎えに来ました」
(あの世からの迎えか。私はゾンビになったのか)
「おい、さっさと帰るぞ」
カウンターの男がコーヒーを入れながら会話に割り込んだ。エリカは殺気を込めた視線をカウンターの男に向ける。
「良夫(仮) 年齢28歳が、何故ここにいる」
「俺は、その、あの、えーと、ヒロだ。人違いだ」
ヒロは慌てた。当然だ。
こやつとエリカは ”おい、お前” で呼び合うような仲ではない。それどころか、ろくに話したことも無いではないか。それに、エリカに視線を向けれらドキマギしている。今までヒロは、エリカを目で追っていたことはあっても、目を合わせたことは無い。ちょっと調子に乗りすぎた自分が、恥ずかしくなったようだ。
「良子……エリカさん。コーヒーでも如何ですか」
エリカは殺気をオーラーのように纏いながら、カウンター席に座った。
「良かろう。お金は無いぞ」
二人のやり取りを見ていたココナがニコニコしている。
「お二人は仲が宜しいのですね」
ヒロは『いや〜』と照れ隠しのように唸ったが、ココナに誤解されないように『違いますよ』と訂正した。
エリカは表情を変えずに、少しずつコーヒーを飲んでいた。
(不味い。修行が足らん)
◇◇
ヒロはカウンターに分厚いバインダーを広げ目を凝らす。それはどうやら、この世界の設計書らしい。しかしヒロは制御系が専門で神の創りたもうた世界を理解するには少々荷が重いようだ。ページをめくりながら、脱出ルートを探している。
そんなヒロにエリカがヤジを飛ばす。
「何だ、それは」
「これか。これはこの世界の地図だ」
「この世界?」
「そうだ。異世界の全てが載っている」
ヒロは思い出す。エリカとマリアは同じ設計担当。しかしエリカがまともに仕事をしているところを見たことがない。ということはいつも見ているようだ。そんなエリカに分からないことを聞いてもしょうがないと、考えを新たにする。
「不明であれば私に聞くがよい。私は誰よりも優秀だ」
「ああ、はいはい。優秀でしたね」
ヒロはバインダーを閉じて、それを脇に抱えた。
「ココナ……さん、そろそろ行きましょうか」
「はい。では着替えてから行きましょうか」
ヒロは学習した。エリカを”さん付け”した以上、ココナを呼び捨てには出来ない。それに、さっきの返答に、蔑む冷たい雰囲気が少し減ったように感じたようだ。ただし、あくまでそんな感じがしただけだ。
◇◇
三人は山登りに適した服装に着替え、山小屋”喫茶 青い山脈”を後にする。ヒロを先頭に、エリカ、ココナと続く。エリカは、例によって冒険団が結成されたことを喜んでいる。勿論、団長はエリカだ。道案内としてヒロを前に歩かせている、つもりだ。
ヒロが名残惜しそうに山小屋の方に振り向くと、山小屋はあっさりと崩れ落ちた。どうやら、マリアの魔の手が及んでいるようだ。先を急ぐ必要がある。
冒険団一行は、デコボコの山道を下って行くが、エリカが遅れだし、順序がココナと入れ替わった。お疲れのエリカだ。そんなことも知らずにヒロはガンガンと歩く。それに付いていこうとココナも頑張るが、足を取られ倒れそうになる。
「きゃあ」
ココナの小さな悲鳴を聞きつけたヒロが、異常な素早さでココナを支えた。
「大丈夫ですか、ココナさん」
「はい、有難う御座います」
(私もしてほいい)
エリカが数十歩歩いたところで足が縺れた。
「キャ」
エリカの小さな悲鳴を聞きつけたヒロが、反応しない。
「気をつけろよ」
ヒロの評価が5ポイント下がった。
◇




