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12 追い着く者と割り込む者

 デイザルトが率いていると思しき軍勢が背後に見えたのは、アディエラの襲撃から十日が経った日の昼前のことだった。

 今度は旗こそ掲げてはいないが、その威容は正規の軍のものである。こちらの不利は否めない。


「戦ってる暇なんかねえぞ……」


 アトルは呟いた。

 かつてレーシアが「宝具まであと一月」と言ったことがあったが、それから襲撃によってかなり足止めを喰らっている。これ以上、進行が滞るようなことはあってはならない。


「逃げ切るか――出来るか?」

「無理よ。足の速さが段違いだもの」

「戦っても勝ち目ねえぞ」

「そぉう? あいつらぁあんまり人殺さないわヨ」

「レーシアさんを奪われたら元も子もないんですよ!?」


 アジャット、ディアナ、リーゼガルト、ミルティア、オリアが口々に考えを述べ立てる中、傍にいたアトルが指摘した。


「町が見えてる。逃げ込もう。入っちまえばきっとあいつら、何もして来ない」


 皆が一斉に進行方向に見える町を見て、一瞬考え込んだ後、頷いた。


「一理あるな」

「けどずっとあの中に引き篭もる訳にもいかねえぞ」

「そん時ゃその時だ」


 町の中に入ってしまえば、確かに一般人の犠牲を恐れるデイザルトたちは手を出しかねるだろうが、そんなことは――手を出せなくなることは、当人たちとて承知のことである。ゆえに、黙って町に入らせてくれようはずもない。


 まだ双方には距離がある。それにも関わらず、足止めのための魔術が飛来してきた。

 戦略からして有り得ない暴挙に、魔術師たちが瞠目した。

 距離があるということは、それだけ魔術を飛ばせば魔力の消費が激しいということ。つまり、平均的な魔力の持ち主では、これだけの距離を魔術で埋めればそれだけで使い物にならなくなるということだ。

 集団としての戦闘力を多少犠牲にしてでも、何としてもレーシアを町に入れまいとしているのが分かった。


 遠距離を飛んできた魔術は、本来の威力をかなり殺されている。だがそれでも、馬車近くに着弾した光弾に、馬たちが驚きと恐怖で嘶き、中の三頭が棹立ちになった。それに悲痛な声を上げた者は多々あれど、馬たちを案じて悲鳴を上げたのは恐らくミルティアだけであろう。


「いいから進ませろ!」


 誰かが叫ぶ一方で、第二、第三の光弾がもたらす閃光に目を覆う者が続出した。


「構うな進め!」


 アジャットが怒鳴るのを聞きながら、アトルは無意識にレーシアの姿を目で捜した。


 ――いた。


 アトルからはかなり離れた場所で、ディーンに庇われながら、ゼティスに貰った外套をしっかりと、フードまで被って纏っている。顔は見えなかったが、ディーンが傍にいるということ、そして何よりもその挙動で、アトルにははっきりとそれがレーシアであるということが分かった。


 ごっ、と音がしたかと思うと、レーシアを囲む一団を囲うようにして炎の壁が出現した。


「――馬鹿なことを」


 ぼそりとアジャットが呟き、ディアナも眉を寄せて頷く。


「ええ。こんなことをしては、あちらさま、魔術師がまるで使い物にならない状態であたくしたちに追い着くことになってよ」


 炎に炙られて、その場の空気が熱せられていく。


 氷に囲まれることにならなくて良かったと、アトルは心から思った。レーシアの宝具は冷気に弱いと、〈器〉であるレーシアが言っていたのである。


「鎮火!」


 先頭付近で誰かが声を上げる。


「囲みさえ突破すれば、まだ十分に逃げ切れる――」


 オリアが言い差し、しかし語尾を濁らせるとその顔色を蒼白に転じさせた。


「見て! 飛翔船!」


 彼女が指差したのは、進行方向とは反対側の空の一点だ。


 東の方角から、大きな弧を描くようにして銀の船が光を弾いて滑空してくる。随分な高度を飛んでいるらしく、豆粒のような銀色の光にしか見えない。


「どこのものだ! 私はミラレークスから、飛翔船を寄越すなどという話は聞いていないぞ!」


 アジャットが怒鳴り、オリアが呆然と言った。


「私たちも――そんなことは聞いてない」


 ミラレークスのものでもなく、樹国のものでもない。〈インケルタ〉はそもそも飛翔船を所有していない。

 ディアナが舌打ちした。


「どこのものであったとしても、味方のものではないことは確実――」

「呑気に構えている場合か!」


 アジャットが噛み付くように怒鳴り、リーゼガルトも苦い顔をした。


「上から撃たれるほど怖えことはねえぞ……」


 この会話の間にも、デイザルトたちは近付いてきている。


「あの飛翔船、あいつらのお仲間か!?」


 アトルが切迫した口調で、飛来する足止めのための魔術を弾きながら問う。


「分かんねえ――いや、」


 リーゼガルトが言い差し、つっと目を細めた。


「違う、飛翔船はあっちからしても敵だ!」


 アトルはデイザルトたちを見てから、飛翔船に目を向けた。デイザルトたちはこちらに攻撃を仕掛けてきてはいるものの、双方、互いに向けての目立った動きはない。


「なんで分かる?」


「飛翔船があっちの味方なら――」


 言いながら、リーゼガルトが飛んで来た炎弾を弾く。


「――飛翔船がこっちを撃つのを邪魔しないように、奴らは下がるはずだ!」


 アトルは目を丸くした。


「そうか。上空から撃つとそうなるよな!」


 地上を見下ろした場合に、極端に的が定まりにくくなるのだ。

 飛翔船が滑空し、高度を下げた。それでもまだ、船がどれ程の大きさなのか正確には分からない程の高度を保っているが、船体の形は分かる。


 所々に硝子張りの部分が見える、丸みを帯びた船底と、鋭く尖った船首、張り出した船尾。海上を行く船とは違って帆はなく、甲板と思しき部分も随分と小さい。要塞のような上構がひどく目立っていた。


 船の舷側が輝いた。


「何か来る!」


 アトルが叫ぶと同時、デイザルトたちが惚れ惚れするような速度で、目を瞠るような精密さで防壁を構築した。

 薄らと白く輝く防壁は、デイザルトたちの頭上を覆っている。レーシアたちに向かってあれだけ遠距離で魔術を飛ばしてきたにも関わらず、それは想像し得る限り最上の防壁だった。


 デイザルトたちからの攻撃が途絶え、前方の火を消したレーシアを囲むアトルたち一団が、今のうちにと進み始める。しかし彼らとて飛翔船を無視は出来ない。振り仰ぎ、その挙動に注目し、防壁を構築できるよう、術式を組み立てていくことに余念はない。


 飛翔船の舷側の輝きが収斂し、一際眩く光を放つ。そして、それが凄まじい速さで撃ち出された。

 撃ったと見えた瞬間には当たっており、全くの無音でデイザルトたちの防壁に巨大な光弾が激突している。

 光弾を受け止め、防壁が(たわ)んだ。(しな)って、そのまま光弾を跳ね返そうとする。

 そのときになってようやく、光弾が発せられた甲高い、金属が擦れるような音と、防壁がそれを受け止めた、重々しく響く音が耳に届いた。

 光弾が煌々と輝きを増し、それを受けて防壁もまた白熱の輝きを宿す。


 その拮抗した衝突の終止符は、無慈悲な光がもたらした。


 ――飛翔船の舷側が、今一度(いまひとたび)輝く。


 やはり無音で――というよりは、音を置き去りにして、光弾が宙を走り、第一の光弾と鍔迫り合いを演じる防壁に着弾した。

 遅れてその音、そして――


 百の硝子が同時に砕けたような、凄まじい音が轟いた。光が氾濫し、白い輝きの中で辛うじて物の形だけが影として見える。


 衝撃や痛みを覚悟してアトルは身を硬くしたが、一切の異常はなかった。


 光は僅かの間で収束した。瞬きしながら周囲を見渡せば、防壁こそ崩壊していたものの、デイザルトたちがすんでのところで光弾の威力を相殺していたことが分かる。


 軍の隊形は崩れてはいたものの、混乱があるようには見えない。極めて冷静に迎撃に移っているようだ。


 レーシアを追っていたときからその陣形は変わっており、今は円形の配置で、その中央に魔力を使い果たした魔術師や負傷者を庇っている。


 飛翔船はミラレークスのものでも樹国のものでもないはずだが、一度たりともこちらに攻撃を仕掛けず、デイザルトたちだけを狙い撃ちにしている。


 先程のような大規模な光弾こそ飛ばないものの、飛礫のような光の塊が、幾つも幾つもデイザルトたち目掛けて撃ち込まれる。飛礫は着弾と同時に金色の光を撒き散らし、灼熱の花と化して彼らを着実に傷付けた。


 一方でアトルたちは、デイザルトたちの攻撃から解放され、飛翔船の攻撃の余波にさえ気を付ければいくらでも進むことが出来る。


「あの飛翔船――目的は何だ?」


 アジャットが訝しげな声を出した。


「これではまるで私たちに、逃げろと言っているようなもの――」


 既視感を覚えて、アトルは眉を寄せた。

 あの男――サラリスのことを良く言い、レーシアに自信を付けさせて、そして自害したあの男と、これはまるで同じ行動原理であるような。


 その目的は大いに気になるが、今はそれどころではない。


 逃げ切れる――と、殆どの者が確信した。飛翔船の攻撃は、確かにデイザルトたちを足止めしている。

 距離が開いていく。町が近付く。騒動を持ち込むことになる町の住人の皆様には申し訳のないことだが、命には代えられない。

 内心で詫びたアトルだったが、それは早計というものだった。



 飛翔船から飛来する飛礫を防ぎながら、デイザルトは冷ややかな目で遠ざかる彼らを見ていた。だが、口に出すことは違う。


「怪我人はどれだけ出た?」


「三十名程度かと思われます」


「最優先で守れ。死なせるな」


 命じ、デイザルトは自分の傍に控えさせている非魔術師たちを一瞥する。

 彼らは総数二十名ほど。皆が銃を抱えており、その銃は、アトルがアジャットたちから譲り受けた物に非常によく似た造作をしている。だが、彼らが持っている物の方が大振りで銃身が長く、銃身に嵌め込まれたアルナー水晶も二つある。それは取りも直さず、銃の威力が高いということを示している。


「いいか、よく狙え」


 デイザルトの言葉に、その全員が頷く。


「心得ております」


 銃を構える彼らの姿勢は熟練のものだ。


 飛来する飛礫から一人で彼ら全員を守りつつ、デイザルトは飛翔船に視線を向けた。徐々に高度を下げるその船の所有者に心当たりはあるが、なぜ今、このような行動に出ているのかは分からない。

 飛翔船で先回りしてレーシアを浚うことも出来るはずだというのに。


「デイザルト様?」


 窺うような部下の声に、デイザルトは遠ざかるレーシアたちに視線を戻す。その瞳に、昏い感情が仄見えた。


「――合図で撃て」


 呟くような声に、二十人の狙撃手が無言で応える。

 銃を構え、照準を定める彼らの放つ緊張感は戦場と一線を画し、飛来する飛礫が撒き散らす灼熱の花に、そこここで小さな爆発が起こってなお、微動だにしない。


 背後を気にしながらも、どこか安堵したように町を目指す一団に、デイザルトは覚えず嘲笑を零す。


 逃がしはしない。安堵させはしない。必ず捕らえる。

 そこに籠めた覚悟の深さが、向こうとこちらでは雲泥の差なのだ。天と地ほどにも開いたその違いを、理解させようなどとは思わない。だがその違いは結果に反映されるべきだ。


 低く通る声が指示を与える。


()っ!」


 二十の銃口がカッと輝いた。そのうち五つの銃からは炎が、五つの銃からは衝撃波が、残る十の銃からは捕縛のための、目に見えない長い、念動の太い糸が放たれる。


 不可視の糸が唸る中、炎と衝撃波が空に向かって斜め上方に撃ち出され、アルナー水晶ならではの、溜め込まれた魔術と魔力の力を以て、レーシアを囲む一団の頭上を越える。


 そして、着弾。


 衝撃波が道を抉り、舞い上がる粉塵に飛来した炎が引火する。爆発的に燃え上がりこそしなかったものの、レーシアたちの前に炎が明確に一線を描いた。

 無論、魔術師たちがすぐさま鎮火に動くことは予想している。そしてその瞬間、彼らの注意が炎に引き付けられることも。

 炎が揺らいで消える、それと同時に念動の糸が一団を襲った。


「うわっ!?」


 糸に足を取られ、勢いよく転んだ男が唖然とした顔をする。


「何だ――? 何かあるぞ!」


 それを引き金として、一本の糸が何人もの足下を纏めて掬い、数十人が一斉に体勢を崩した。


「念動――?」


 ミルティアが呟き、すかさず叫んだ。


「魔術的なぁ五感のある奴! どこからぁ何が来るかぁ言いなさい!」


 リーゼガルトが眉を寄せる。彼が感じ取れるのは座標展開された魔術と魔力だ。だが、彼の五感は触覚だ。


「無理だ、触るまで分かんねえもん」


「グラッドがいれば……!」


 アジャットが思わずといったように零した。グラッドには魔術的な聴覚があり、座標展開された魔術も聞き取ることが出来る。

 魔術的な五感がある者もそれほどの数がいないため、周囲で落胆の声が上がり始める。


「私、起点感知の視覚持ってるけど……」

「起点じゃ意味ねえ!」


 若い女が心細そうに呟き、傍にいた男が痛烈に返す。それを聞きながら、アトルは大きく息を吸い込んだ。


「俺、座標展開された魔術の匂いなら分かるぞ」


 そう言うと、周囲から期待の眼差しと危ぶむような視線が突き刺さった。


「なんとか分かるか?」

「いやでも匂いだろ?」


 アトルは顔を強張らせる。


「いや、ここってそもそも結構色んな匂いが――」


 そもそも五感の中で最も頼りない感覚ではある。


 蠢く念動の糸は十本、その全てを躱すことなど不可能。


 念動の糸に道を阻まれる形で足止めを喰らった彼らに、二手に分かれたデイザルトたちが追い縋った。負傷者や魔力を使い果たした魔術師たちを庇い、それに加えて飛翔船の攻撃をも捌くための数十人は動いていない。追い縋ってくるのはもう一方の者たちだ。

 そしてその中に指揮官デイザルトもいる。


 念動の糸と、迫る軍への警戒。殿(しんがり)を守る樹国の者たちが、デイザルト率いる軍の先陣と激突した。

 鬨の声が上がり、魔術の光が飛び交う。デイザルトたちが騎馬であるのに比して、こちらは徒の者も多い。接近戦ともなれば不利であるのは明らかだ。

 これ以上は踏み込ませまいと、樹国の者たちが奮戦する。それにぶつかる軍の中、デイザルトはひっそりと笑った。


 デイザルトたちには目的があるのだ。



 臨戦態勢になる人々を選り分けるようにしながら、一本の念動の糸が進む。うねりながら、さながら蛇のように。それが見えない人々は気付かない。ただ、軍との衝突の動向と、派手に転倒させられている者たちに注意が集まっている。



 軍との衝突に、積極的に飛び込んで行くのは樹国の者たち。

〈インケルタ〉の者たちは、どこから襲って来るか分からない糸を警戒し、数人で集まって背中合わせになっている者、落ち着きなく立ち居地を変えながら周囲を見渡す者、様々だが、とにかく己の身一つは守り切ろうという気概を持っている。

 アトルたち残ったミラレークスの魔術師は、それらを掻き分けてレーシアの方へ動いた。既に樹国の腕利きがレーシアの周囲を固めているはずだが、アトルの案じる気持ちは和らがない。


 そのとき不意にアトルの鼻が、湿った――樹皮のような匂いを捉えた。

 考えるまでもない。これだ、と確信が頭の中で叫んだ。


「そっちに行ったぞ!」


 アトルが叫んだ。リーゼガルトが目を瞠ってアトルを見る。アトルの言葉を、レーシアの傍にいた者たちは確かに聞いた。

 息を吸い込む。匂いがどこから来ているのか、それを確かめるために。匂いの素は――


「下だ! 下から行く!」


 アトルが叫び、それを信頼した訳ではないだろうが、何の手掛かりもないよりはましと思ったか、その場の数人が足下を中心として防壁を築いた。


 ドォ、と鈍い音がして、防壁が揺れた。念動の糸が防壁にぶつかったのだ。それは、防ぐのが遅ければレーシアにまで念動の糸が到達していたという証左でもある。アトルは覚えず、深い安堵の息を吐いた。


「よくやった、アトル青年!」


 言葉は偉そうだが、それを感じさせない心から嬉しそうな口調でアジャットが叫び、アトルはアジャットに拳を突き出してにやりとした。


「――跳ね返せ」


 ディーンの低い声で指示があり、防壁がその質感を変えて、念動の糸を勢いよく跳ね返した。



 ――跳ね飛ばされた糸がどの方向へ飛んだのか、目で追える者はいない。


 飛翔船の放つ飛礫が、跳ね返され、デイザルトたちの下へと円を描く軌道に沿って戻っていくその一本の念動の糸に当たったことを見届けた者もまた皆無。

 そしてその、二度に亘る衝撃で本来辿るはずではなかった軌道を辿らされた糸が、どこへその身を投げ出すかを予想できた者など、いようはずもなかった。







 念動の糸でレーシアを捕らえることを阻止した直後、抗戦空しく樹国の者たちを軍が突破した。

 アジャットが舌打ちし、臨戦の構えを取る。


「行かせるな!」

「ここで止めろ!」

「エンデリアルザはどこだ!?」

「突破しろ!」


 声が錯綜し、軍が数と場数に物を言わせて、力任せに戦線を突破していく。


 瞬間、アトルの耳が聞き慣れた声を捉えた。


「……アリサ……?」


 呟き、周囲を見渡す彼を、アジャットが叱り付けた。


「何をしている! 応戦しろ!」


「お、おう」


 アトルは頷き、後ろ髪を引かれる思いではあったが、戦線に飛び込んだ。



 軍人が鬼気迫る表情で剣を振るい、魔術を飛ばす様は圧巻である。受けてきた訓練の水準が違う。だが、魔術師ではない軍人相手ならば、アトルでも十分に勝てる。

 振り下ろされた剣を魔術で叩き折ると同時、その破片を相手に突き刺す。血を吐いた男を突き飛ばし、その身体を以て魔術を撃とうとしていた敵兵を留め、踏み込んで彼を銃で撃つ。


 リーゼガルトが斬撃を飛ばし、十数人に纏めて傷を負わせた。負傷した敵兵たちに、アトルたちが飛び掛っていく。


 数人の命を奪って振り返ったアトルが叫んだ。


「アジャット!」


 五、六人掛かりで念動系の魔術によって動きを止められたアジャットが、振り下ろされる剣に障壁で対抗しているが、その障壁が嵐のような魔術戦の中、周囲の余波を喰らって軋んでいる。

 一足飛びにそちらに駆け付けたアトルが、アジャットに気を取られている二人の魔術師を一瞬で撃ち抜いた。アジャットを拘束していた魔術が緩む。


「解除は自分でやれよ!」


 怒鳴り、アトルは剣を持つ男に体当たりを仕掛けた。甲冑を着た相手にとって、軽装のアトルの体当たりなど本来は脅威でも何でもない。だがアトルは魔術師である。

 ばきばきと音がして、男の甲冑が罅割れ、大破した。


「――っぐぅッ」


 呻き声と共に男が倒れ臥す。その手から剣を奪って、近くにいた敵兵の喉を狙って突き出した。躱されたが問題はない。彼を衝撃波で突き飛ばし、彼の味方を巻き込ませた上で集団で転倒させる。


「助かった」

 己の身に掛けられていた魔術を解き、アジャットが息の上がった声で言う。

「さすがに死ぬかと」


 アトルは銃を構え、更に数人を撃ち抜いた。目の前で味方に転倒された敵兵がつんのめる。それを、アジャットが的確に魔術で捉え、首の骨を折るよう地面に叩き付けた。


 リーゼガルトが大刀を振り、その軌跡が白く空間に刻まれ、数人の身体を鎧諸共両断した。

 血が撒き散らされ、怒声が上がる。


「貴様――ッ!」


 激昂した敵兵たちを、リーゼガルトの後ろからミルティアとアトルが狙い撃ちにしていく。術式はどちらも火炎。火達磨になって頽れる者が二人、他の者は防壁を築いて自衛する。その後ろから、白熱した光弾が幾つも飛んできた。


「退いていろ」


 アジャットが言って前に出る。そしてさっと左腕を振り、防壁でその白熱した光弾を捉え――、


「――返す」


 その光弾が、倍の勢いで相手に向かって跳ね返った。驚愕の声が上がり、しかしそれはより強固な防壁によって悉く阻まれ、消し飛ばされる。


「……デイザルト様……!」


 何人かがその名を呟き、アジャットが舌打ちを漏らした。


「今のが弾かれるとは――、デイザルトはやはり別格のようだな」


 アジャットがぱん、と手を叩く。魔法陣が幾つも彼女の周囲に浮かべられ、一瞬光ったかと思うと、雷光を弾けさせながら敵の下へと投擲された。

 爆ぜる音と、それを封じ込めようとする魔法陣が展開される光。


 アトルは最早意識もせずに魔法陣を描き出し、敵兵の真下の地面を隆起させた。体勢を崩した仲間を案ずる声が上がり、しかしそれを狙って今度は付近の地面を陥没させる。

 突如開いた地面の穴に二、三人が落下し、前進していた他の者が、突然のことに止まり損ねて馬ごとその上に倒れ込んだ。馬の嘶きと、下敷きにされた二人の断末魔の声。

 アトルはほんの一瞬目を閉じて、歯を食いしばった。


 ミルティアは辛そうな顔をしたが、リーゼガルトはちらりとアトルを見て呟いた。


「やってることは酷えけど、おまえ凄ぇわ」


「人を一刀両断する奴に酷えとか言われたくねえわ!」



 レーシアを背後に庇う者たちと、レーシアを引き摺り出そうとする者たちと。ここで譲った方が敗けと、その戦い振りは決死のものだ。





 上空から見れば、その横一直線に伸びる戦線が分かる。


 回り込むことを許さない拮抗した戦況が、その異様な光景を生んでいる。負傷した者が下がればそこに新手の者が立ち塞がり、火の手が上がれば誰かが消し止め、氷塊は叩き落され、衝撃波を受けて吹き飛ぶ者がいれば、そこに防壁が張られて敵の進入を妨げる。魔術師のうち、保有魔力の少ない者から魔力を使い切り、生命力まで魔力の顕現に喰わせたのか、血を吐く者が続出した。


 地獄絵図。

 それを飛翔船の窓から見下ろして、薄紅色のドレスを纏った少女は優雅に溜息を吐いた。


「――二、三日で国と往復できるのは飛翔船の利点ですけれど、なんてまあ血生臭いことでしょう」


 窓の硝子に触れる指は細い。


「あの方とお食事をしていたことが、まるで夢幻のことのようですわ」


 もうひとつ溜息を零したところで、気怠げな少年の声がした。


「俺らもあそこに降りんの?」


 少女は窓の外から視線を外し、通路の奥から現れた少年に目を遣る。

 短く切られ、あちこちに跳ねる漆黒の髪。心底怠そうに細められた目は濃灰色。細身の身体つきをしており、年齢は十四か五といったところか。年齢の割には背が高い。


「――ジークベルト」


 少女は赤みの強い琥珀色の目に彼を映し、その名前を呟くと、緩く首を振った。


「いいえ、降りませんわ。ここからでも十分にレーシアさまをお守りすることは出来ますもの」


「ふぁぇー」


 ジークベルトと呼ばれた少年は、欠伸をしながら「へえ」と言おうとし、珍妙な音を出した。少女は呆れ顔を作る。


「ジークベルト、お行儀がなっていませんわ。いつも言っているでしょう?」


 心底呆れて矯正しようとしている訳ではなく、親しいゆえの小言の気配だけがある口調だ。

 ジークベルトも慣れた様子で「へいへい」とあしらい、ふらふらとした足取りで窓の傍まで寄る。少女の方へ身体を向けて、半身を窓に寄り掛からせるその動きも、終始怠そうで覇気がない。


「んんっ、と?」


 ジークベルトは眉を寄せ、右手の親指で地上を指差した。


「なんか、軍隊が引き揚げてくぞ?」







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