4−1: 次世代
マーグは充分な延命処置を受け入れなかった。一定の処置は受けていたものの、結局、多臓器不全で亡くなった。
脳のニューロン・アポトーシスを補完する処置だけは受けていたが。脳と脳に寄生する調整生物がもたらす量子脳効果により、エランは神経細胞ネットワークの復元を可能としている。テランにはその技術はないと聞いている。神経細胞を補完することはあちらでもできる。だが、問題は神経細胞が作り出すネットワークだ。シナプス、スパイン、さらには内分泌が作るネットワーク。ただ神経細胞を移植すればいいという話ではない。食べ物を食べ、体を構成する原子が入れ替わるのとは話が違う。あるいは本人が何歳であろうと、人体の細胞はせいぜい10歳だ。細胞も分裂し、死に、入れ替わる。それとも違う話だ。同じネットワークが再現できなければ、ただ新しい神経細胞が存在するだけだ。もし、神経細胞の移植をずっと続けていったなら、確かにその脳はその脳として生き続けるだろう。だが、同時にどこかで、あるいは次第に、その脳はその人の脳ではなくなっていく。いや、そうでなくとも人の意思や思想は変わる。どこかに違いがあるのだろうか。おそらく違うのだと思う。背景があってこその変化だ。無理矢理押し込められた要素によって変わるのとは違うだろう。
マーグは、共有感覚空間への転写も受け入れなかった。自分の記憶を保管するわけにはいかないと言っていた。
そうだろう。ナブロスを探査した時には下っ端だった私も、自分の記憶を共有感覚空間に保管するつもりはない。だが、もし量子脳理論が言う原意識があるのだとしたら、それを拒んでも結局は意味はないのかもしれない。
マーグの葬儀は簡素だった。探査隊の生き残りの希望によってマーグの遺体は世界樹の根本に埋葬された。この世界樹はエランにとってのモニュメントのようなものだ。エランがこのゼイヴァンに到達した時に、植樹したものだ。遺伝子はモディファイされており、その結果今では小山ほどの大きさに繁っている。この世界樹には、伝説にあるような神話的要素はない。だが、古い神話とは別の、新しい神話的要素がこの世界樹にはあった。それがマーグがここに埋葬された理由だった。
ヴェールコール人とテランとの調査によりわかったことがいくつかあった。
高共振性結晶は平面に配置すればいいということ。
通常の共振ではなく、低出力レーザーで励起し共振できるということ。
結晶の大きさと用いるレーザーの波長により、それに対となる結晶の配置への余剰次元窓が開くということ。
その窓を通して、これまでの余剰次元窓を用いた転移や、FTLよりもずっと少ないエネルギーで転移できるということ。鉄とケイ素の文明圏にとっても生体文明圏にとってもこれは画期的だった。少ないエネルギーで、より遠距離に転移できる。これによって銀河のオリオン腕ははるかに小さくなった。これは転移窓と呼ばれ、今の世代の種族に共有のものとされた。どの種族が設置したものであれ、共振の条件を明らかにすることになった。
そしてヴェールコール人が明かした先史銀河文明の秘密の一端があった。先史銀河文明は、オリオン腕の外で発生していたという。時間が経過し、現在ではオリオン腕にその母星があるはずだということ。
先史銀河文明は、必要から高共振性結晶による転移の技術を開発したのだろう。オリオン腕の外では星の密度が低い。当然、他星系までの距離も遠くなる。その距離の転移のために開発したのだろう。
これらの結果は公開した。だが、これらの結果に至った経緯は公開できない。そこには、先史文明の主が何者だったのかという疑問が横たわっている。いずれは知られる事柄だろう。だが、人々がそれをどう受け止めるのかはわからない。だから今は明かせない。ヴェールコール人もテランもエランも、結局は彼らが何者だったのかはまだわからないのだ。少なくとも確信はない。
これらを開示したことによって、ヴェールコール人についての疑惑は一層深くなった。彼らは一体何を知っているのか。彼らは一体何者なのか。彼らは一体なぜ探査をしているのか。
だがヴェールコール人が開示しなかったこともある。先史銀河文明は、おそらく発生そのものはいて腕においてだったのだろうが、そこから星系が抜け、オリオン腕に入ったのだろうと言っていた。いて腕とオリオン腕の間では星の密度が低い。それこそが高共振性結晶による転移を開発した理由なのだろうとも。
ヴェールコール人が明かした先史銀河文明の秘密の一端により、探査の範囲がはっきりと狭まることとなった。その点だけは他種族からも確かに評価された。比較的最近、オリオン腕に入ってきた星系であろうと推測されるからだ。
これからの探査を思い、そんなことを考えていると、テランのエズラからのアクセスがあった。
「ラバル、遠征の準備が整った。ナブロスに引きこもっている時間はそろそろ終りだ」
引きこもってもいなかったが。マーグの葬儀にも行ったのだ。
今から行くと伝えた。
ナブロスを探査した時とは異なる規模の探査隊だ。




