9−1: ナブロス帰還2
ナブロス星系テラン-エラン統一評議会の一室に、大探査α隊、ι隊、ρ隊の主要メンバーが揃っていた。他のメンバーも、あるいはナブロスにいる者の多くが接続して参加している。
「まず、ローガ、以前ンバスが言った『どこかへ、ではないが』という言葉の意味を教えて欲しい」
ラバルが口火を切った。その言葉とともにエランの大型脳から、ナブロス星系の探査時の記憶が流れた。ヌモアがモニュメント上に高共振性結晶の六角形の配置を見付けた時の記憶が流された。そしてその後に、ヴェールコール人のンバス、テランのケリー、エランのマーグによる会話の記憶。さらにそれを補強する、テランの記録も流された。
「何も確信があるわけじゃないんだ」
ローガはマスクの内側で少し戸惑った表情を浮かべていた。
「『どこかへ、ではない』のだとしたら、可能性はいくつある? 古い種族のどれかが教えをもたらした者なのか?」
ラバルは指を一本立て、ローガを凝視めた。
「いや、違う。遺伝情報を確認してくれればわかる。同じ構造、いやメタ構造の変異がある。処理を受けたからだと考えている。各種族の母星における他の種の遺伝情報と比べれば、その構造だけが特異だからだ」
ローガから、各種族の対応する遺伝情報のデータが流された。
「別の可能性もあるな。教えをもたらした者自身の遺伝情報を参考にしているのかもしれない。自身の情報を参考にせざるをえないのは彼らの限界かもしれない」
エズラもローガの目を覗き込んでいた。
「それにンバスは『教えをもたらした者の第二、第三の母星だったのではないかと思う』と言っていた。だとしたら、別の第二、第三の母星もありうるんじゃないのか? 知性化処理に特有の構造、あるいは自身の遺伝情報に特有の構造を持たないように惑星上の生物種を変異させたような」
やはりンバス、ケリー、マーグによる会話の記録が流された。そしてそれを補強する、エランの記憶が流された。
「それが二つめの可能性だな」
ラバルがもう一本指を立てた。
「ありえないとは言えないが。惑星の生態系を全部作り直すことになる。時間がかかるな。それだけの時間をかけるなら、0から作る方が楽だ。0から作るなら、特有の構造がその惑星の他の種にも見えるだろう」
ローガは静かに答えた。
「あるいは『どこかへ』ではなく『いつかへ』なのか?」
ラバルが三本めの指を立てた。
ローガは首を横に振っていた。
「無理だと思う。エネルギーの問題もあるが。私たちが知っている可能性は、転移窓と同じようなものだ」
「つまり?」
エズラが促した。
「つまり、出入口のペアが必要なんだ。もちろん、可能性としては教えをもたらした者は銀河のこのあたりで何回もやり直しているのかもしれないが」
「そうすると、今のこの宇宙は彼らに見捨てられたというわけか」
ラバルの声は幾分下がっていた。
「あぁ。今、彼らがいないのだから、そうなる。戻って、そこから発生した別の時間軸でやりなおしているのかもしれない」
「では別の可能性だ。彼らは『ここへ』来たのか? つまり私たちには見えないがこの宇宙の『ここに』いるのか?」
ラバルは四本めの指を立てた。
「その可能性が高いと考えている。ただ『ここ』という言葉の定義が問題になるが」
「私とエズラはもう一つの可能性を考えていた」
ローガがラバルとエズラを交互に見た。
「教えをもたらした者はいたとしても、彼ら自身が来ていたとは限らないという可能性だ」
「と言うと?」
ローガが訝しげな表情を浮かべる。
ラバルはコエナを見た。
「τ-1の住人が発見したナノマシンだ」
コエナを通して、ナノマシンの組成が流れる。テランからもヴェールコール人からも。
「ナノマシンによって自律的に知性化が行なわれた可能性も検討したが」
ラバルはそれだけ言い、またコエナを見た。
「このナノマシンには高共振性結晶の分子が含まれている。凖励起状態では転移窓を物理の基本的な力が通過する。ナノマシン群が自律的に量子コンピュータとして計算をした可能性もあるが、通信をしていた可能性も、その両方を行なっていた可能性も」
「ちょっと待ってくれないか」
テランι隊のケマウが遮った。
「それが今まで発見されていなかったのはなぜだ? τ-1の住人が自分で汚染と言っていたのだろう? 彼らが作り出したものである可能性は?」
「もちろんある。それも継続して調べる」
テランρ隊のベヒトが答えた。
「そうだな、例えば、ダークマターが地球のすぐそばにも充満していたのなら、星系探査の時代にニュートン力学が通用せずに、それに気付いていたはずだ」
ベヒトはケマウに向かって言った。
「だが、これには条件が必要だ」
そして指を一本立てた。
「ダークマターが充満していること」
二本めを立てた。
「星系探査の技術があること」
「あぁ、そういうことか。τ-1にはナノマシンがあって、住人は技術を持ってしまっていたというわけか」
ケマウの返答にベヒトはうなずいていた。
「これもまた、例がない」
ローガが笑みとも呆気にとられているとも、あるいは諦めとも思える声で言った。




