おまけ。
クリスマスイブの前の日に、昭文を家に連れて帰った。
あたしもテキレイキってヤツだし、昭文の職業は安定してるし、見てわかる通りの身体頑健で、何の問題もない。
父は相変わらず複雑な顔をしてるけど、一緒に昼食のあと、ビールなんか出してきた。
「気の強い娘だけど、大丈夫ですか」
そんな言葉が、唯一の抵抗らしい抵抗だった。
で、昭文の御用納めの一日前に冬休みに入ったあたしは、こうしてお鍋の支度なんかしながら、昭文の帰りを待っていたりする。
うう、不本意だ。
大体ここはまだ、あたしの家じゃないっつーの。
なのに、部屋で帰りを待ってると言った途端、昭文が「晩飯の支度してくれんの?」なんて超嬉しそうに言うもんだから、「それはやだ」って言えなくなった。
「ただいまー」
顔が解けきった状態の昭文が帰宅する。
「おかえりー」
もう、お鍋に出汁は張ってあって、泊まるつもりだから、お酒も買ってある。
「裸エプロン、期待してたんだけど」
なんですと?
「誰がするか!昭文がするんなら、後姿を見てやってもいいけど」
言った瞬間、思わず想像して眉間に皺を寄せてしまった。
「・・・何を想像した?」
「フリルのエプロンと、筋肉質の尻」
「見るか?」
「いい。いらない」
二人しかいないのに、9号の土鍋って一体どうよ?
日本酒を飲み始めると腰が落ち着いちゃうから、食事中はとりあえずビールにしておくことにして、すぐに夕食にする。
ポン酢を手渡すと、昭文は不思議そうな顔をした。
「水炊きって、塩味ついてるだろ?」
「え?ポン酢と大根おろしでしょう?」
まさかお鍋だけで、家庭によって違うとは、思ってなかった。
これからも、そんなことは沢山あるんだろうな。
「俺、シャワーだけでいいや」
あたしは夕方前に、スポーツクラブでお風呂に入って来たので、お風呂の支度はしてなかった。
こういうとこ、気を利かせとけば良かったのかしらん。
でもまだ、あたしはここではオキャクサマ・・・
「静音ーっ!パンツ持ってきてー!」
・・・客ではないらしい。
日本酒をちびりちびりと飲みながら、動物の生態番組を一緒に見ていると、ペンギンの子育ての映像が出た。
親ペンギンより一回り小さくて、グレーの羽毛の子ペンギンが、親のくちばしをつついて、餌をねだっている。
その仕草のあまりの可愛さに、つい真似してみたくなった。
昭文の胸倉を掴んで下を向かせ、唇でつついてみる。
何度か繰り返してるうちに、後頭部をがっしりと掴まれた。
「なんだ、その中途半端なの」
「子ペンギンっ!可愛かったんだもんっ!」
「映像で見るだけで触れないようなものより、そんなことされてると、催すんだけど」
何の催し物でしょうか。
昭文はとっととテレビを消して、居間との境目の引き戸を開き、寝室でCDをセットした。
☆
夜更かしはしない昭文が眠ってしまった後、腕を抜け出して一人で居間に座った。
隣の部屋から聞こえる健やかな寝息を邪魔しないように、薄暗い部屋でテレビの音を絞る。
こっそり残りのお酒を飲みながら、これから先について考える。
お正月の三日には、昭文の実家に挨拶に行く。
我が家より少し田舎風味の地域で、我が家とは反対に全員が大柄だという家族だ。
お嬢さんらしい服装の上に、猫の皮を三枚着用しなくてはならない。
昭文の育った家なんだから、猫の皮はいらないかな。
昭文を全部知ってるわけじゃない。
昭文にも、あたしの考えていることすべてが、わかっているわけじゃない。
焦ることはない、一生かけてのんびりと、お互いを理解すれば良いのだ。
隣の部屋から、昭文が寝惚け声であたしを呼ぶ。
「いつまで起きてんだ、ここに来て寝ろ」
はいはい、休みの日でも7時に起きる人だもんね。
一緒のお布団に入ると、毛布は昭文の体温で暖まっていた。
fin.