その4
ボクササイズのクラスを終えて、お風呂に向かう途中で原口先輩に会う。
通路にいると、余計に大きく見える。
「今日はマシンじゃないの?」
「うん。お風呂に入って帰る」
「俺はこれからサーキット。タイミング悪いな」
あたしに向かって話すとき、熊は膝に両手をつく。
保育園で幼児と向き合うときって、しゃがんでも幼児の目線より上なんじゃないだろうか。
「待ってようか?」
自分の口から意外な言葉が出た。
「いつも先輩が待ってるんだもん。たまには、あたしが待とうか」
意味がわからないといった顔で、原口先輩はあたしを見返した。
それから、やっぱり笑う。
「いいよ、気なんか遣わなくても。それとも、待っていたい?」
「誰が!」
つい、反射的に言い返す。原因はこれだ。
目尻にいっぱい皺を寄せた先輩は、あたしの頭にポンと手を置いて、トレーニングルームに向かって歩き出した。
んん、微妙。あたしは別に、話はないんだけど。
前回、他の男とデートしたって言った時の、先輩の反応がどうも引っかかるのよね。
片一方がつきあってる気分になっちゃって、思い込みで嫉妬して逆上するってパターンは時々あるけど、どうもそんな感じじゃなかったし。
強いて言えば、その後気にし続けてるか知りたいってとこ。
あたしがそこに気を遣う義理なんか、まったくもって全然ないんだけど。
そんなこと考えながらぼーっとお風呂に入って、髪乾かして、ついでに一緒にレッスン受けた子とショッピング情報なんか交換してたら、時間が経った。
そろそろ熊がマシントレーニングを終える時間。
待っていたかったなんて思われたくないし、だけどちょっと気になるし。
ロッカールームで逡巡して、また時間を食う。
結局、フロントで遭遇しても、ちっともおかしくない時間になってしまった。
うう、会いませんように、なんて祈りながらフロントに鍵を返していると、後ろから威圧感のある気配。
振り向かなくてもわかる筋肉。
「お、やっぱり待っててくれた?」
「今、帰るところです!」
まあまあ、なんてラウンジに連れて行かれて・・・あ、やばい、眉描いてない。
「よさこいの指導料代わりに、お茶でも」
「安っ!」