その3
帰りの車を運転しながら、自分でも考える。
原口先輩は、けして嫌いじゃない。
「結婚しない?」じゃなくて、普通に食事に誘われるとかメールアドレスを聞かれるとか、わかりやすい誘いの言葉なら、あたしもそれなりの心構えで対応してた筈だ。
あたしが軽く捉えて反発したのは、突拍子もないタイミングの言葉だったから。
あたしの反論を、先輩はいつもニヤニヤ笑いで受けるから、冗談みたいに見える。
ねえ、何を考えてるの?
あたしが他の男とデートするのを気にする程度には、本気だったんだね。
罪悪感は湧かないけど、迂闊だったなって気はある。
またスポーツクラブで会うだろうし、翌週踊りを教える約束もしてる。
今度は先輩がどんな人だか、もう少し注意を向けてみることにする。
恋愛に結びつくものかどうかはわからないけど、無駄に気を持たせたり傷つけたりする気はないもの。
自分の部屋の本棚の前に立ち、一番上の棚を見上げた。
読み終わって、多分読み返すことのない本が入っている場所。
熊の顔って、ほぼこの位置なんだよなあ。
踏み台に乗って出し入れする棚を見ながら、そこに原口先輩の顔を挿げてみる。
顎しか存在の主張はないじゃない。
先輩が見るのも、あたしの頭の天辺だし。
向き合おうと思わなくちゃ、向き合うこともできない場所。
今度は、ちゃんと顔を見て話そう。
表情さえ見えていれば、こんな風に考え込まなくても理解できることがある筈。
思いっきり見上げる首は、疲れるけど。




