異世怪談SIN魅深悔黒~アレストダレスの書~1-1第一章「アバンの場合~Avant Accident~」序節
異世界には、魔法もあれば、霊体に属する魔物も存在する
毒素の様な呪いも、人を狂わす不可視の力もあるだろう
教会の神職は往々にして一方的
裁きの光は、あらゆるを霧散する?
・・・とは、限らない
PT名【A Ast】(エイアスト)。
Aランク冒険者で構成されたパーティは、その名が如く枝分かれした集合体の寄り合い所帯でもある。
彼等が突き進むのは、所轄中世に似た異世界の、良く有る定番のアンデット群生多発地帯。
寝物語か、若き感性の小説か、はたまた吟遊たるオペラや演劇に詠われし、剣と魔法の怪物溢れる幻想世界。
ありきたりと化した、郷愁のファンタジア。
その至極当たり前で普遍的な、報酬目当てに動く冒険者達のギルド依頼が消化中。
アバン「くっ…やはり厄介だな」
苛立ち混じりの呟きを漏らしたのは、王国が統べる治世に名高く、勇者と謳われた権能振るう万能の魔法剣士、アバン。
権威の庇護で人類代表足るべく剣を掲げ、君主の命を背に闘う姿は絢爛豪奢な装いであり、正しく王命の代行者と言ったところだろう。
アドン「兄者ぁ、もう持ちませんぜ!」
アバンの前方、エンチャントされた大盾を構え、首だけを後ろに振るいつつ、霊体よりの攻撃を凌ぐ重装騎兵。
アドン・S・バランはスキンヘッドで体格が良い外見の厳つさに反し、自身よりは一回り小柄な勇者に頼ろうと、みっともない顔で泣き言を叫んでいた。
アデライン「ぁぁ…暑苦しい。アンタからタンク役取ったらナニが残るっての
詠唱の時間くらい稼いどきなさいっ!」
アドン「勘弁してくだせぇよ姐御ぉ!」
魔法使いの女性、アデラインが毒吐く。
術士として定番の外見を伴いし、高い魔力を纏ったローブをたなびかせ、鋭い火炎の矢を乱れ撃つ合間に、アドンへの叱責も罵りに重ねて行くばかり。
アデライン「デクゴリラが…アバン、まだなの?」
彼女の呟きからは、この世界にもゴリラが存在する事は、お解りいただけただろうか?
お堅い文学や、歴史書物との整合性など、この物語で気にする必要は無い。
”ココ”は非常に曖昧で、生活基盤にご都合主義も懐深い、技術体系も割り概ねと柔軟である、ごった煮文化様式に整う異世界ファンタジー。
アバン「もう少しだ…あと
アーノルド「お待たせ」
アバンの呟きを遮る様に、閑かで厳かな応えが、BGM代わりの祝詞を終えて響き渡った。
高名な司教の孫にして、稀代の術士、僧侶アーノルドである。
アーノルド「ターンアンデッド・エアリング!!」
神を称える煌びやかな装飾と共に、アーノルドの神聖魔法が輝く。
反魂術式として誰もが知る術に、呪文詠唱とチャージを重ねての空間制圧版、ターンアンデッド・エアリング。
宗教的な長杖先端に有す魔法石を媒介として、壁向こうすらも埋め尽くすべく解き放たれた大神が威光は、霊体型モンスターであるゴーストや、上位種のファントムに抜群の効果を示していった。
神々しさに溶ける者達と、秀でた権能にて闘う勇者達の絵面は、まるで絵巻物の見開きや一枚の絵画が如く、印象的な光景。
アーノルド「…ふぅ」
静寂の後、一呼吸を置いてアーノルドが溜息を吐けば、少々暑苦しいくしゃっとした笑顔を浮かべ、アドンが近付いて来る。
アドン「流石ですぜ、坊ちゃん」
坊ちゃんと呼ばれて苦笑するアーノルド。
アバン「おいおい、坊や扱いはやめておいてやらないか
…と、いつも言っているでしょう?」
窘めの言葉を物腰柔らかく伝えつつ、剣を鞘に収めたアバン。
言われてハッとしたアドンも、ハルバートに近い戦斧を背中に懸架し、姿勢を正して大きく頭を下げて行く。
アドン「っと、すいやせん兄者
アーノルド”様も”、もうしわけありませんでさぁ」
謝罪を笑顔で受ける二人。
そんな様子に肩を竦めながらで歩みを進め、わざとらしく掌を上に向けては、首を傾けてアドンを覗き見上げる、睨み気味のアデライン。
アデライン「”従者の癖”もいい加減にしなよ。
ったく、頑丈さ以外は相変わらずデクなんだから」
アドン「う、うす…」
周囲に敵対する相手が居ない事への確信を有すからなのか、くだけた態度で一息吐く【A Ast】のメンバー。
構成員全てが、Aから始まる名前。
Aランクになる前からのPT名通り、彼等は字面だけの共通で集まっている―わけではない。
アデライン「コレだから叩き上げの一族は」
アドンの家系は、実力で出世したギルドの名士が一族。
彼の所属するバラン家は、子息や甥姪を司教や貴族などの一族に対し、側役として輩出している以上、それなりの”縁”も兼ね備えている。
同様に、アバンやアデラインも、それなりの名家が血筋。
アーノルド「いえ、助かりましたよ、アドン
今日もこの調子で、当てにしていますよ?」
アドン「勿体ないお言葉でさあ、坊ちゃ…とと
アーノルド様」
アバン「子供の頃を思い出しますね」
アデライン「アバンは甘やかしすぎ
昔を懐かしむ暇があったら、もっと集中しなさい
前衛なんだからさ」
お家の繋がりで、幼少より一緒に育った彼等は、権威の庇護下に育った幼馴染み。
Aランクになるまでに、質の良い訓練も、足並み揃えるべく用意された上等な装備も、後ろ盾が目的に叶うべく、育成環境が設えてくれた賜物。
アデライン「さて、と…エンチャント
かけ直しとく?」
アバン「お願いします」
アーノルド「では僕も加護を」
アドン「いつもすみませんでさぁ」
マニュアル染みた攻略法。
勇者PTとして円滑に戦い抜くべく、教練もしっかり受けている。
敵を一掃した後の休憩時間も、マニュアル通りに次なる荒事への準備時間。
アデライン「面倒よね、ゴースト系の連中ばっかでさ」
アバン「まあ、しかた有りませんね」
彼等が探索に進むのは、不死者と霊体の集う遺跡然としたダンジョンの庭先。
崩れた柱や壁にもたれる、入口にすら辿り着けなかった者達の亡骸と装備は、そのまま墓標としてゴースト達の湧き出す中継点と化していた。
敗残の痕を臓器に、生き物が如く呼吸するが有り体で、伊吹の様に零れ出すモンスター。
アドン「うへえ、もう次ですかい」
アーノルド「数はそれほどでも無い様ですね
単体であるなら…ターンアンデッド」
対象を絞った基本の反魂。
拡散板と異なり、無詠唱から術の名のみで解き放たれた神聖魔術は、手軽な後処理が如く滲み出たゴーストを霧散させて行く。
アデライン「息をするみたいに次から次へ…
ほんっと面倒」
アバン「まあ、ダンジョンですからね
全滅は期待できませんよ」
アドン「しかたないね…ってやつですかい?」
アデラインの苦言にも、アドンの呟きにも、アバンは両掌を上に向け、肩を竦めるのみ。
ダンジョン。
そう呼ばれる各地の迷宮は、延々と魔物を空間内より生み出す様に、様々な物も生み出す産地。
倒した魔物由来の素材も当然として、探索者を引寄せるべくリポップを重ねる、蒔絵が如き宝箱も点在している。
それ等は大概、ボスと呼ばれる深部の大物を倒せば、一次小康状態へと陥るものだが、一定期間を過ぎれば同種の個体か、はたまた希少なるレアな難敵をも生み育む。
アーノルド「我々の生活の糧でもありますからね?
滅んでしまわれては困りますよ」
アデライン「……これだけ死んでるなら
中のお宝も手つかずでしょうね」
アバン「はは、皮算用かい?
まあ、この調子なら……アーノルドに任せきりなのは悪いけど
最深部の大物もどうにかなりそうだし、”調査”のついでに
一稼ぎはさせて貰えそうかな」
アドン「なら、帰ったら祝杯と行きましょうや」
アーノルド「ははは、アドンはいつも気が早いですよ
それに…」
言い終わらない内に、アーノルドの笑顔が険しさを帯びた。
アーノルド「”件のレイス”がまだ見当たりませんしね」
走るは緊張。
PTの全員が、真剣な眼差しを交錯させていく。
彼等【A Ast】が、遺跡めいたコノ場所に赴いたのは、他でもない彼等自身の実家や後ろ盾による勅命が理由である。
アバン「教会もギルドも、手を焼く相手…でしたね」
彼等が居る場所は、ゾンビに、グール、リッチ、ゴースト、ファントムと、有名定番にして名だたる顔ぶれな、群生アンデッドが根城。
朽ちかけた外見の斯様な場所に、普段は見かけない最上級のレイスを思わせる、如何にもな妖しい存在が確認されていたのだ。
宗教圏に、冒険者達の間に、各々の出自と家名を知らしめ、更なる”地盤”を盤石たらしめるチャンス。
彼等が父母や祖父より命ぜられつつも、各自が自立した冒険者達のアイドルとして崇拝される為には、活躍の場が有るのは千載一遇だったと言える。
アデライン「”世間の代表”は苦労するものよね……
にしてもさ、わたしらにお鉢が廻ってくる辺り
教会の神官様達も随分だらしなかったみたいじゃないの」
アーノルド「そうですね…普段ならこういった場所は、教会で定期的に抑えて
魔物が外へと溢れない様にするべきだったのですけど…
はぁ、彼等では役不足だった以上
僕も最初から全力で行くべきだと思っていますよ」
骸の中に交じった神官や僧侶の出で立ちを思い返しつつ、アーノルドは少々冷めた物言いを交え、小さく気怠そうに鼻を鳴らした。
顔付きには役職が伴うべき慈悲の心など、微塵も全く感じられない。
アドン「まさか…ホーリーオーダーでいくんですかい?」
アーノルド「ええ、ターンアンデッドが魔力や加護に依存するからといって
”あれだけの数”の神官達も犠牲になっていますからね…
ターンアンデッドでは効果の薄い、霊としての格が高い相手なのかもしれませんし」
ホーリーオーダー。
詠唱にかかる時間は広範囲型以上の、霊体を滅する神の裁き。
上級レイスでも過剰戦力と言える程度には、Aランク以上の能力に踏み込んでいる高位術式でもある。
アデライン「でもさ、アンタの魔力ならターンアンデッドだって十分じゃない?
レイス以上の相手に使う様なもんで
手間と隙を増やすのはむしろマイナスだと思うんだけどね」
アドン「盾の加護が持つかも解りませんし…勘弁してくだせぇよ」
アドンやアデラインの言葉を受け、困ったような素振りでアバンを見やるアーノルド。
アバン「二人とも、アーノルド君を困らせないであげてくださいよ?
物事は常に油断大敵とも言いますからね。
一見レイスでも、それ以上の”ナニか”で在ったのなら…
損害を出す可能性も出てしまいますし。
それに……痛手なんかを負ってしまっては、
この後の祝杯も楽しくなくなってしまうでしょう?」
アデライン「ま、そこは賛成」
アドン「ッス。連中数も多いですし
オーバーキルなぐらいで丁度良いかもしれませんやね。
取り巻きが”ごんぶと魔法”の余波でぶっつぶれてくれたら、
俺も楽できますし」
アデライン「タンクが楽を求めんじゃないの
惹き付けてなんぼでしょうに。
ほら、働く喜びってのを見せてご覧よ」
魔法使いの杖で、乱暴に押し出されるアドン。
アドン「うひぃ、ブラック過ぎませすぜぇ」
アバン「はは、働かざる者”飲む”べからず。ですよ」
弾む会話の勢いがままに、ダンジョン内へと歩みを進めていく面々。
隙が多いと指摘されかねない態度だが、家の名に恥じぬよう鍛えられ、良い装備も与えられている彼等にとっては、本来コノ場所のモンスター達などは一歩見劣りする相手でしかない。
徐に現れるゾンビやグールをいなし、住み着いていた毒を有するスライムや、数で迫る吸血コウモリをも気軽に、容易な蹂躙にて一掃し突き進む。
アデライン「ボス部屋まで来ちゃったけど…」
アーノルド「ついでですし、リッチを相手に前哨戦と行きましょうか」
各自がイメージする、元術士のアンデッド。
犠牲者の成れの果てか、自ら屍術研究にて堕ちた末路か、不死者遺跡の常駐湧きボスモンスターは、Aランクといえど隙を見せてはいけない相手。
アドン「ですね。BランクやCランクじゃ厳しい相手ッスから
ダンジョンから出てこないように、定期的に狩っておくのも
我々の使命って奴でさあね」
強力なボスが現れ、暫く放置してしまうと、ダンジョンからモンスターが溢れてしまう。
冒険者には生活の糧を得る狩り場ではあるものの、同時に各地の迷宮は災害の元であり、由来も原理も様々な、自然の猛威に近い概念。
大半が、”魔王と呼ばれる存在にとっても”、持て余してしまうバケモノどもの住処。
アバン「アドン君も解ってきたようですね
我々は勇者として、国のためにご奉公しなければなりません」
アバンのわざとらしい言葉に続く様、小さな嗤いが各々より少しずつ零れる。
アーノルド「ふふ…物は言い様ですね」
アデライン「ま、その方がお宝がしょぼくても
後援者のお爺さま方にも受けが良いですものね」
仄めかされた、スポンサーの存在。
細めた目を少々険しく歪め、微かに黒い嗤いを漏らしてしまうアバン。
アバン「ふふ、”オフレコ”にしてもらいませんとですね
さて…では、存分に”愉しみましょう”か」
オフレコ。
不穏な自身の呟きを受け流すべく、指をパチンと鳴らして、やれやれ系の英雄を気取ったアバン。
彼はそのまま堅牢な巨大扉へと振り返り、レイスの間へと続く重い閉ざしを左右に開いて行く。
アドン「へ?」
―リッチは、居なかった。
ダンジョンの中から定期的に生まれる筈の固定ボスが不在なだけではなく、時折魔素が滞留して生じる、希少種モンスターすら見当たらない。
アデライン「…ココのレアってさ」
アバン「ドラゴンゾンビ…の筈なんですが」
巨大に蠢く龍の屍体。
ドラゴンゾンビと呼ばれる定番のレアモンスターも、巨体を鑑みれば見当たらない筈など無いのだ。
定番のストーリー、良く有る職種と技能に魔法、ありきたりなファンタジーの、遮蔽物に隠しきれない大怪物。
”いつも通り”も”稀に良く有る”も、ソコにはまるで居ない。
アーノルド「…先を越されてしまいましたか」
思いつく可能性は、”同業者”の通った痕。
だが―
アデライン「マジで?…うわ、最悪
Sランク以上が動いてるなんて話、聞いてないんだけど?」
アバン「ええ、その筈ですよ…当然我々以外のAランクも
今日は別の場所か、他の案件を”任されているはず”ですし、
”我々の活躍の場”を邪魔する者など……」
―見回しても、誰も居ない。
気配も感じられない。
アデラインが魔力探知を試みるも、霊体モンスターどころか、精霊の区分に類する存在が残滓も無い。
アーノルド「閑かですね」
アバン「確かに、静か過ぎますよね
我々の他に動く者も……」
アデライン「アバン?」
急に押し黙って、虚空の一点を見つめ始めたアバン。
返答無き様子に咄嗟の反射で、アデラインは魔法杖先端を向け身構えるも、闇の中に揺れ惑う輪郭は微塵も見られない。
アバン「……すみません、気のせいだったみたいです」
アデライン「ちょっとアバン…やめてよ」
忌避も剥き出しな視線。
不穏な感覚を共有してしまったのか、畏れをつい口にしてしまっていたアデライン。
Aランクの魔法使いとしての自負か、自尊心を己で抉る怖気を、払拭しようと振り乱される頭。
アドン「…坊ちゃま、リッチの気配はありますか?」
アーノルド「いや…レイス、も…ゴーストだって
存在が感じられない。」
動揺からついつい、抑えの効かない坊ちゃま呼びを行うアドン。
彼に問われつつ、神聖魔法による結界を試し始めたアーノルドでは在ったが、見える範囲にはやはり感知の痕も見られない。
アーノルド「……距離を広げます
ナニか居れば、神の威光が敵を穿つ筈……ですから」
アバン「手伝います、魔力を」
アバンの手がアーノルドの肩を覆う。
供与された魔力は探査用の結界を強め、広大なボス部屋いっぱいに広がっていく煌めきの薄膜。
残骸や、朽ちた柱の陰、壁を隔てた外周沿いに、霊体や不死者が潜んでいたとしても、それらを十分に炙り出せたであろう、神聖なる調査の目。
誰も居ない。
アバン「やはり…Sランクのどなたかが
先走ってしまった様子ですね」
神威でもやはり見つけられないというのなら、原因は不浄なる区分けを成されし者どもではない―と、言えるのだろうか。
消去法的に、他のPTが解決を済ませてしまったと考えうる以上、この場にいる彼等も落胆と脱力を宿すしか無い。
アーノルド「お爺さまも”遠見”越しに怒ってそうですね」
自分自身の瞳を左手で指差し、小首を傾げておどけてみせたアーノルド。
そんな彼の視界に歩み出て、”観ている”であろう相手に訴えるべく、仰々しい態度でアデラインは、ボディランゲージを伴う演技染みた”直訴”も試みる。
アデライン「どいつか知らないけど、ご愁傷様ね。
”教会の面子を潰したのと同じ”よ?
それじゃあこの辺にはいられなくなるでしょうし、
ねぇ?」
”罰され方”を誘うべく、想定される先人の存在が、彼等の後ろ盾を蔑ろにする暴挙だとあげつらう有様。
およそ、聖人君子の勇者PTとは言えない積み重ねが、各々から漏れ出す状況は、アバンの苦笑をも誘う。
アドン「っと、こっちにゃ振らないでくだせえ
うちじゃあSランク様に”どうこうする”のは
ちょいと厳しいんですぜ」
アデラインに同意を求められたアドンは、アバンやアルバートの”お家”に頼るべく、しどろもどろな視線を彷徨わせていた。
気心のおけない仲間内、気軽に気さくに、不穏な会話。
周囲の気配とは別ベクトルで、油断のならない怪しい背後関係を匂わせる、したたかな四人の気怠い愚痴が連なる。
アーノルド「……辞めにしましょう。映像を公開したとき
音声が乱れたとお伝えするには
教会の沽券にも関わる浪費です。
私たちの活躍を示すには、時間は有意義に使いましょう」
アバン「そうですね…では、犠牲者の方々を弔って
信仰を集めるターンとしましょうか」
アーノルドの打算的な打診に、手堅く物事を手打ちにする姿勢。
アバンは”彼の視界”を意識した所作で、勇者らしく在ろうと振る舞いを改めていた。
アーノルド「そう致しましょう」
目を伏せず、自身の十字を切る手付きを、骸との間に挟む。
アドンは嫌な顔をさも切な気な哀悼と装い、犠牲者を運んで一箇所に集めていく。
アデラインの魔法が穿つ、遺体を治める土壌の窪み。
彼等の教義では、土葬を採用している由来もあってか、殺菌消毒の浄化魔法を融かした聖水を振りまき、アバンは瓶を持っていない方の腕を胸元に当てて悼む姿勢。
勇者PTに依る、撮影に繕われている様な、視聴者を意識せし追悼儀式。
アバン「健やかなれ」
言の葉が後の自嘲。
嗤いの滲む口元を堪えた彼等の心根には、沈痛なる弔いの意識は欠片どころか露程も無い。
アドン「っと、これで”全部”っすかね、っとぉ」
骸を物扱いしながら辺りを見渡していたアドンが、端の方の一角へと近付く。
アデライン「ちょっと、まさかトイレじゃ無いでしょうね?
見えないとこでおやりなさいな
穢らわしい」
アドン「酷え…てか姐御、まだあそこに」
指差したままの姿勢。
アデラインに振り返ったアドンが顔の向きを戻した瞬間、沈黙と共に固まる。
アデライン「ナニがアソコよ…溜ってるとか言わないでしょうね
セクハラで査問委員会に突き出すわよ」
アバン「……アドン君?」
アデラインの態度を他所に、様子のおかしさを感じ取ったアバンが、人差し指の先を目で追った。
アバン「……」
アドン「い、今…ソコに
アバン「誰も居ませんよ」
アドンの呟きを制する様に、アバンは紋切り口調で動揺を遮る。
アバン「……アーノルド、気配は?」
アーノルド「…簡易感知には、ナニも」
感知結界の限定版。
局所への察知だけなら、秒で済ませられるとの算段。
だがアーノルドの対応に小さく舌打ちを重ねたアバンは、周囲を見やりながら顔を向けずに指示を出す。
アバン「全体でもう一度…アデライン、
今度は貴女も魔力供給を。
君は精度を優先でお願いしますよ」
アーノルド「ええ…」
アドン「け、警戒に当たります」
三人分の魔力。
合わせれば当然、魔法の精度も上がるし、詠唱も短縮できる。
探知だけなら局所収束を伴う、威力増加は必要無い。
捜査能力を優先し、即座に発動の上、自分たちの周囲へとゆっくり広げていく、彼等の警戒陣形。
アーノルド「……いませんね。」
アデライン「ちっ、デクゴリラ、あんた
びびって幻覚でも見たんじゃないでしょうね?」
アバン「口が過ぎますよ、撮影にも調べるにも
無駄は止しましょう」
アデライン「集中はしてるっての。
アバンの小言はお母様みたいで
そっちの方が口うるさいったら」
アーノルド「集中してください、アデラインさん」
アドン「……」
イライラの伝染を背後に、不安を加速させてしまっていたアドン。
だが彼が文句を言えるほど、PT内の他の面子は、位が低いわけでも無いのだ。
頼れる状況では無くなっているのかと思えてしまう事態に、壁役の立ち位置を煩わしく思う、戦斧を握りしめた汗まみれの手。
アデライン「…気のせいだったんじゃないの」
アドン「そう…かもしれないっすけど」
アバン「いえ、少々気になります。
隠蔽を扱う上位の魔族と言うのも、噂には聞きますし…
侯爵級の吸血鬼か、はたまた魔神の庇護を受けし手合いか…」
更なる大きな脅威への想定。
されど、考えれば考えるほど、アバンの既知とはかけ離れてしまう。
アバン(誇り高きを詠う輩が、暗殺者ギルドみたいな真似をするとは思えませんが…
かといって並のアサシンでは、我々の力を結集した結界には隠蔽スキルも役立たずな筈)
アデライン「未知の希少種…噂のレイス様は
元暗殺者だったのかしらね」
生前の技能を有するレイス。
調査対象がナンだったのかを思えば、想定できない類いでもない。
アドン「で…でも
教会の結界なら」
アバン「ええ…霊体で在る限り、”この状態”の結界には
生前の技能ではどうしようもなく感知できる筈です。
なにより、噂になるほどですから
”観ること”自体は容易な面も無ければ…」
犠牲者の数を鑑みるに、十分な準備を整えていた”元”先陣も、幾分かは在ったのだろう。
だが戦力差以上に、感知が極端に難しい相手だったとすれば、骸の数にも合点がいってしまう。
そうやって思考したところで、容易に捉えられるなどとはもう思えない。
アバン「引いた方が
アーノルド「っ」
アデライン「ぁ」
居る。
瞬きの重なった瞬間。
三人の目と鼻の先、アドンの背後に割り込み佇む、髪の毛に覆われた視線。
アーノルド「ターンアンデッド!!!」
アドン「ぶへっ?」
三人分の魔力を強引に引きずり出し、アーノルドが咄嗟のターンアンデッドを放っていた。
背後から霊的存在への浄化光を突然浴びせられ、ダメージは受けないまでも面食らうアドン。
だがつんのめった身体を、戦斧の長い柄で杖の様に支えた直後、曲がりなりにもAランクの重装騎兵である彼は、後方の仲間達を切り裂かない様、短く持ち替えた得物で、すぐ真後ろを薙ぎ払う。
ブオン!と、空圧が三人の目に強要する瞬き。
過ぎた力で振り抜いた斧に、自ら体幹を崩されたアドンも、一瞬垣間見えた霞の霧散に焦点を合わせるべく、見開いた瞳孔でPTの中心を見やるばかり。
アドン「ぁ、へ?」
アデライン「嘘…でしょ?」
ナニも無い。
集団幻覚か?
二人がキョロキョロと首を振るう。
アバン「上!」
アーノルド「!ターンアンデッド!ターンアンデッド!ターンアンデッド!」
彼等の直上に踊る、下方に髪を垂れ下ろしたナニモノか。
大慌てで反魂の連射を繰り返すも、直撃した輝きは相手を滅する気配どころか、ひとひらの影響も示し得てはいない。
アバン「アーノルド!!」
アデライン「わっちょっ
アバンが魔力を放出し、アデラインも引っ張られる形で、アーノルドへの力が供給を余儀なくされた。
直後―
アーノルド「ホリーオーダー…グランツ!!」
ホーリーオーダーの最大火力。
圧縮レーザーが如く解き放たれた光の束が、天井をも穿つ勢いで迸る。
アーノルド単体では使えない、対霊術式の最高峰。
その効力は元来実体無き相手に限られたものの筈だが、エネルギー流である以上、遺跡の壁を轟音に揺らし、パラパラと粉塵を振り溢させていく。
アバン「…」
アデライン「やった…の?」
アドン「それ…フラグっすよぉ」
しばし沈黙の後、アデラインの呟きを怖々と揶揄してしまっていたアドン。
恐怖から逃れるための必死な軽口ごっこは、彼女から睨まれて竦まされるには、十分過ぎる呼び水でもあるだろう。
アーノルド「……見えなくは、なり…ました、が」
アバン「…気配は?」
探知が叶わぬ相手故、解らない。
アーノルドの沈黙を察したかの様に、アバンの瞳孔だけが恐々としつつも、どうにか上下左右と縦横無尽に彷徨う。
数分?
十数分も経っては居ないだろうが、より永く感じられてしまう経過。
アデライン「ね、ねえ…もぅ…さ!
……大、丈…夫?よね?なのよねっ?」
アデラインに捕まれた左肩が痛み、アーノルドも煩わしさを覚える。
されど、”触れ合い”を離してしまうにはどちらにも耐え難く、驚異の再来に現実的な即応も求めるなら、互いを解放してしまうのは畏れが呼び水にしかならない。
アバン「……」
アドン「うう、勘弁してくだせえ…」
冷静で在ろうとするアバンも、狼狽に呻くアドンも、警戒や握りをほどくことはできない。
アーノルドの右肩も、戦斧の柄も、汗が滲んでストレスを加速する時間。
ぽつ…ぽつ…ぱらら。
遺跡ダンジョンの奥地。
地下水が浅い層との間に流れ出ていたのだろうか?
大きな崩落は無くも、僅かな欠片が零れ落ちた隙間より、秒針が如き水滴が奏でられる。
癇に障る。
微かな音にさえ、肩が振るわされる。
湿った掌が煩わしい。
膝が震え、武器がただの杖と化す。
アバン(……!
我々は、Aランクだろうに!)
得体の知れない相手。
斯様なモノがナンであろうと、怯まされてしまったと認めるには”勇者が廃る”。
アバンは苦虫を噛み潰しては己が有様に怒りを擡げ、キツく閉じた眼をすぐさまかっと見開く。
アバン(居ない…モノを、いつまでっ!)
小さな溜息。
アデラインとアドンが、アバンの次なる言の葉を待つ。
アバン「攻撃も有りません…少々構え過ぎ、でしょう」
アデライン「じゃ、じゃあ」
誰も手を、離せない。
アバン「”次”が現れても面倒です
魔力供給はもう、やめていいでしょう」
アデライン「そ、そうだよ…は、ははは」
まだ、握られている両肩。
アバン「アデライン」
アデライン「あ、うん」
頷き合い、同時に溶き解す、恐怖の象徴足る握力。
アーノルドの左右から薫る、男女の汗ばみが交じった香華。
緊張は、融けない。
アドン「…へ、はは
さ、さすが坊ちゃんですわ
も、もう…しまって、も
平気っ、ス…よ、ね?」
アーノルドは前衛の声音に、恐怖の燻りを感じ取ってやまない。
そんな中、前方を仰々しく見渡しながらで、初心者が持て余すかの如くに、戦斧が長柄を持ち替えていくアドン。
彼が背中に懸架すべく、そぞろに手を震わせているのを見やり、アバンもアデラインも自身を見つめ直しては肘の強張りを抜いてしまう。
おそるおそる下がっていく、右と左の腕。
代わりに、下げられた手と手の狭間、左と右の掌が、アーノルドをふわりと包み込む。
アーノルド「っと、アデライ
ン
ねぎらいに、抱擁でもしてくれるのか?
”アバンの前”では、控えた方がイイなどと、窘めようともしていた。
アーノルドの視界は、アドンの背中ではなく天井へとスライドされている。
聞こえない。
視界を判断する意識だけが、闇へと掻き消える。
アバン(だ…)
「 」
アデライン(れ?…)
下げかけた状態で静止した己の腕。
アバンとアデラインの間から伸びた青白い腕は、直立した身体から130度ほど後ろに傾けられた頭部を、閑かに掴んだまま。
アドン「……坊、ちゃん?」
武装を懸架し終えたアドンが、振り返って異常に気付いた。
彼の呟きに鞭を打たれたかの様に振るえたアバンとアデラインは、咄嗟に左右へと散開すべく鋭く飛び退く。
ちらと見えた、長い髪の白いワンピース。
アバン「レイ!……ス?」
アデライン「ファイっっ……ひぇ?」
消えた。
唐突に。
瞬きも関係無く。
アドン「ぼ、坊ちゃん!嘘だ!嘘…で
「 」
叫びが途切れた瞬間、二人が振り向いた頃にはもう、アドンは”ナニか”の陰。
アデライン「ろっ、ろろっ…」
アバン「つっ!!」
アデライン「ック、ジャベリン!」
アデラインの呂律が回らない。
刹那の間に業を煮やしたアバンが斬りかかろうとするが、周囲の見えていない魔法が岩の槍と化して、地中より激しく天を突く。
巻き込まれた勇者に、滴る冷や汗。
一瞬見えたナニモノかはもう、視界のドコにも居ない。
アバン「っ…アデライン!落ち着きなさい!」
アデライン「ごっ、ごごっ、ごめっ…」
アドン「うひ」
叱責と反省。
どちらもが、声音に振り向かされていた。
アドン「あ…ひ、あひ、あひゃヒ、ハ、ヒャヒハ、フヒ
ひぎぃっ!?オビヒャぁア゛ア゛あ゛ぁガヒィィ゛っッ!?!?!?」
既に正気ではない。
無常な笑いの滴りと、続く嘆きの絶叫。
苦悶。
苦痛。
衝動的な、嗚咽。
アデライン「ひっ…」
岩槍の向こうを想像し、腰を抜かしてしまったアデライン。
彼女の精神が怯んだことで、魔力による結実が解け、崩れた岩の向こう側に露出する、涙と涎にまみれしのたうつばかりの大男。
まるで無慈悲な虐めに喘ぐ、小さな小さな小坊主めいた醜態。
アバン「ちぃっ!!アデライン!!!!」
アバンは咄嗟に、アデラインを強引に引っ張り立たせ、そのまま走り始めていた。
バランスを崩す彼女を煩わしくも引寄せ、投げる様に手を離してから背を押し、疾走をも強要する。
アデライン「痛ぅ゛っっ…っ!」
肩も腕も、引っ張られて痛むし、背中を叩かれた辺りも赤くなってしまいそう。
だがそんな事にはかまけている余裕など無いと、本能が彼女を魔法使いにあるまじき速度で、健脚へと導く。
中級アサシンやシーフの様に、足下の段差や障害など何のその。
アバン「急ぎましょう!…はぁっ…”相手”はっ…ドコ!から、来るっか…」
アデライン「ナンなのよ!アレぇ!転移魔法っなんってぇ…ぜひっ…
聞いて、なっ…ひぃっ…ああっ…もおおおお゛っっ」
転移魔法?
否、断じて違う。
アバン(痕跡など…まるで
アレは転移魔法とは完全に別物…
魔力の流れも、痕跡も…
いや、そもそも霊体が、アーノルドの首を)
物理的なへし折り。
霊体が魔術的に体内へと浸透し、干渉するのとはナニかが違う。
だからといって、吸血鬼や魔人の様な実体も感じられず、大いなる魔神と伝え聞く様な存在が如く、巨大な存在感とて露程も無かったのだ。
アバン「っ…急ぎましょう、アデライ
どさっ…
呼び掛けを遮る鈍い音。
ずざざ、と続いた奏でに、伴奏が如く彩られる魔法杖の乾燥した旋律。
足取りへの急停止は、指揮棒に招かれた変調の様でもある。
勇者の走力で開いてしまった距離を確かめるべく、振り向いたアバンが見たモノ。
「 」
アデライン「 」
肩と後頭部を取り押さえた、華奢に見える両腕。
アデラインの顔には、実体無き”ナニか”の顔が、半分だけ混ざっている。
手遅れだ。
察してしまったアバンは、幾度かの夜を共にした幼馴染みを、容赦無く見限るのみ。
アバン「っ……くぅっ…」
喉が渇く。
鍛えた筈の足が、膝が腿が、ふくらはぎが、振動に軋まされて痛む。
鈍痛の折り重なりは広がるドミノの様に脳髄を埋めてしまい、仲間達を悼む姿勢など微塵も感じられない。
アバン(くそっ…くそっ!!!
アブサルティ司教にも!アンスロポウセント家にも
どう”いいわけ”をしろと!!!)
勇者としての後ろ盾。
PTメンバーの分を失ってしまえば、王族の血としても妾の子に過ぎないアバンでは、立場も危うくなろう。
権力と装備にブーストされたAランク。
Sランク以上の存在が如くに、”多少の失態”も目をつむって貰えるほど、彼は秀でてなど居ない。
何より、アーノルドの【目だった物】には、逃げ出した彼の背中も、”映し出されている”筈だ。
アバン(仕方ないだろう!くそっ!
教会連中だろうが、子爵風情だろうが
アンナのドウにもできるわけがっ…っ!)
額から垂れた汗。
目に染みて、右瞼を閉ざす。
アバン「くっそがぁっ…」
「 」
絞り出した怒り。
沸騰した頭に、凍り付く存在感。
右頬の側―
アバン「ああああああああっ!!!」
思い切り振るった剣が、手応えも無く空を切る。
遠心力に振り回されて、もんどり打って倒れる、世間に名高い勇者サマ。
背中が痛い。
痛覚に歯を軋ませながら、思わず閉じた両眼。
―イル。
アバン「コノっ…バケモ ノ
遺跡の出口。
雨はそぞろ。
雨音を弾く、アバンの鼻から上。
ソレから、六日が経った。
アゲレ「ココまでが、司教様の孫…アーノルド坊ちゃまの顛末になります」
王国の正教会が一室。
事件担当として説明を任されていたアゲレ司教は、言葉を切ってから長椅子に身を委ねる。
一目で分る豪華な造りと、深く沈んだ壮年終盤の体は、決して安い調度品では無いのだとも伺わせていた。
正面に座るのは、椅子に対してどこか窮屈そうな、大柄の鎧姿。
リュウレイ「成程…解りました。…ご遺体の方は?」
・・・1-2へ、続く
どーも、作者のエイジです(゜∀。)よろしゅう
突発でいきなり書き始めた、思いつきも甚だしい本作。
ホントはタイトル、なろうにあるまじきシンプルさで漢字四文字にしたかったんやけどね・・・
(´・ω・`)先越されてたの。第二案もさるゲームの1EPに・・・
まあ内容の方向性は両者と異なったんで、ごり押しのタイトリングですわん| ˙꒳˙)トホホ




