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第8話 『小人族の工房』

 老人の家は遺跡いせきの中でも最も大きな家屋であり、廃墟はいきょと化している他の建物と違って生活している現役感があった。

 家の中は広々とした空間が広がっていて、居間や寝室といった生活空間がひと間に収まっている。

 そして室内に入ると金属の臭いが充満していた。

 思わずネルは顔をしかめる。


「鉄くせえな。じいさん鍛冶かじ屋か」

「ああ。ワシらは先祖代々鍛冶(かじ)屋の一族じゃからな。昔はこの集落全体に鉄のニオイが充満していたらしいぞ。ワシはもう毎日()いでるから鼻が麻痺まひしてよく分からんが」


 そう言うと老人は自分の所定の椅子いすらしい鉄拵てつごしらえのそれに腰を下ろす。

 そしてネルにも対面の椅子いすに座るようにうながした。

 見ると椅子いすだけでなく、机やたななどすべてが鉄で作られている。

 びないように表面に皮膜処理がされているようだ。


「木材は使わねえんだな?」


 そう言いながらネルは冷たい鉄の椅子いすに腰を下ろして部屋の中を見回す。

 長く座っているとしりが痛くなりそうな椅子いすだ。


「この地下には木が生えん。地上に木を取りに行くことはあるが、ワシらにとって木は燃やして火を得るためのものだからな」


 そう言う老人の背後ではナサニエルがせわしなく動いている。


「今、お茶をれますね」


 ナサニエルは台所に立ち、手早くかまどに火を入れると、茶をれるための湯をかし始めた。

 弟子だけあって勝手知ったる振る舞いだ。

 

「自己紹介がまだじゃったな。ワシはレギン。ここで生まれてもう70年ほど生きておる」

「アタシはネル。ダニアの国を飛び出して好き勝手に放浪している身だ。じいさん。ここで生まれたってことは、その頃には親がいたんだな」

「それはそうじゃろ。土から生えてきたわけではないぞ。ワシが生まれた頃は父も母もおったが、それ以外に村の者は誰もおらんかった。両親が子供の時分には数世帯が暮らしておったらしいが、今はこの通り、ワシが最後の生き残りじゃ」


 滅びゆく種族。

 小人族はそう言われている。

 ネルは実際にその一族の男が目の前にいるという運命の悪戯いたずらを面白がりながら言った。


「そうか。ま、そういうのも人生かもな」

「ネルはどうして国を飛び出したんだ? 家族はいないのかい?」


 そうたずねるのは急須に茶葉を入れているナサニエルだ。

 別に隠すようなことでもないのでネルは気楽に答えた。


「まあ……一言で言えば窮屈きゅうくつだったからだな。国の民としてのしがらみ。軍の規律。そういうのが性に合わなかったんだよ。あとアタシの家族はクソ人間しかいなくて崩壊した」


 父はネルが幼い頃に外に女を作って出て行ったきり病気で早々に死んでしまった。

 母は酒(びた)りとなり、ヒステリックに娘のネルをののしってはなぐりつけていた。

 兄弟姉妹はおらず、ネルは酔っ払いの母親に嫌気が差して12歳の頃に家を飛び出して兵舎に住むようになったきり一度も帰っていない。

 今はダニアの都も飛び出してきたことだし、もう二度と会うつもりはなかった。

 ナサニエルは余計なことを聞いてしまったというように目をせる。 


「そうか……余計なことを聞いてごめんよ。まあ、僕も家族とはりが合わないから何となく分かるよ」


 それからナサニエルとレギンは湯がくまでの間、自分たちの話をした。

 ナサニエルは首都シスタリアに実家があるが、家は長兄が継いでいるため三男坊の彼は自活のために家を出てこの辺境へ来た。

 元々この山のふもとの街にはナサニエルの実家が所有している土地と別荘があり、彼はそこをゆずり受けてこの地に住み、自分の技術と知識で地元の産業に貢献しているらしい。


「へぇ。で、ナサは何でレギンじいさんと知り合ったんだ?」


 ネルは特に興味があったわけではないが、暇潰ひまつぶしにそんなことを聞いた。

 しかし彼女の目はこのレギンの工房に置かれた工芸品の数々に向けられている。

 そうこうしているうちにちょうど湯がいたので、ナサニエルは急須きゅうすに湯をそそぎ茶葉の味が染み出すのを待ちながらそれに答えた。


「子供の頃に家族でここに遊びに来た時、親にだまって山を散策していたんだ。そしたらさっきのやぶから洞窟どうくつに落ちてね。足をひねって泣いていたところに先生が通りかかって助けてくれたんだ。先生とはその時からのご縁で、色々と教えてもらって今の僕がいるってわけ」


 そう言うとナサニエルは茶をそそいだ湯呑ゆのみをネルとレギンの間の鉄の机に置いた。

 さすがに湯呑ゆのみは陶器とうきだ。

 レギンとネルは茶に手を伸ばすが、ナサニエルは席につかずに工房の奥に向かう。

 そしてそこでガラガラと音を立てて何かを取り出し、戻って来た。

 彼が手にしているのは……鉄の矢だ。


「これは僕が作ったものなんだ。弓の達人である君の目から見て出来栄できばえはどうかな?」


 そう言うナサニエルから鉄の矢を受け取ったネルはそれをしげしげと見つめたが、すぐに興味を失ったように言った。


「いいんじゃねえの? 工芸品としては一級品だと思うぜ」

「……工芸品としては? 実戦では使えないってこと?」

「ああ。弓を知らない奴が作った矢だな。アタシなら使わない」


 ネルの辛辣しんらつな言葉にナサニエルは落胆し、対照的にレギンは笑い声を上げる。


「ウォッホッホ。まだまだじゃな若造。真に良い品はそれを使う者の気持ちが分からねば作れはしない。弓兵の貴重な意見が聞けて良かったではないか」


 ネルは悄然しょうぜんとするナサニエルに鉄の矢を返す。

 ナサニエルはそれを受け取るが簡単には引き下がらなかった。


「どの辺りがダメかな。君がこれを使いたくない理由は?」


 そう言うナサニエルにネルは面倒くさそうに椅子いすにふんぞり返りながら答えた。


「矢は重量が大事なんだよ。鉄の矢はただでさえ重い。そんな太い矢じゃなおさらな。それにアタシの弓は鉄の矢を撃つには適していない」


 ネルの弓は木と少量の金具で作られている。

 簡単にはへし折れないかたい木だが、それでも鉄の矢を放つには弓側の負担が大きかった。


「すまないのう。ワシの工房では金属製ばかりで、木製の品は作っておらん。弟子の不出来さのび代わりに、ワシの作った物を見せよう」


 そう言うとレギンは立ち上がり、工房の奥の壁際かべぎわに置かれた鉄製の筒の中から1本の矢をつかみ取った。

 レギンに差し出されたそれを受け取ったネルは目を見開く。

 ナサニエルが作ったものと同じく矢羽根以外は完全に金属製だが、レギンの作った物はそれはおどろくほどの出来栄できばえだったのだ。


 まず矢が細い。

 そしてかたやじり以外は金属とは思えないほどやわらかくて軽かった。

 金属製でもこのくらいの軽さの矢であれば、ネルの弓にもそれほどの負担はかからないだろう。


「じいさん。こいつはすごい。これならアタシの弓でも撃てそうだ。試してみていいか?」


 思わずウズウズしてそう言うネルにレギンは苦笑する。


「外にくずれかけた建物がいくらでもある。どれに当てても構わん。どうせ誰も住むことはないからな」


 レギンの了解を得るとネルは弓を手にして外に出るのだった。

今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

次回、第9話『鉄の矢』は

6月7日(日)21時10分に掲載予定です。

次回もよろしくお願いいたします。

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