貴方が思うよりずっと。手を離さないで。
誤字報告ありがとうございます
――夢を見ていた。
風通しがいい丘の上に立っている。
美しい花も、咲いている。
ああ、ここは中庭だ。
グランディの学園の。
私は学校の制服を着ている。手も足もほっそりとしている。16歳の少女だ。
風が私の横を擦り抜けて行く。
「さっきまで猫の目食堂にいた気がしたのに。」
ぐるりと周りを見回す。
目の前の木には大きな枝があって、そこに黒いものがいる様に見えた。
「 ? 」
目を凝らして見上げる。
それが動いてコッチを見た。
「あれ?アンタ、ワタシがここに潜んでるのがわかったわけ?」
ああ、これはアンちゃんだ。
今より若い、全方位に尖ってたアンちゃんだ。
触るモノをみんな傷つけるような。
カレーヌ様と王家(アラン様、王妃様)以外には誰にも気を許さない。
私をじっと見て、目を細めて口を片方だけ上げて笑う。
皮肉屋の笑みだ。今のアンちゃんが私に決して見せないものだ。
以前のアンちゃんは確かにこうだったんだ。
そのままするりと、身を捻って音もなく降りてきた。
黒い髪、黒い服、しなやかな動き。
まるで黒い猫のようだな。
「ふん、素人のお嬢に見つけられるなんてワタシも焼きがまわったワね。」
そのまますっとかき消えた。
その動きに思わず見惚れた。なつかない猫のような、美しい残像を目で追っていた。
この何日か後には、空き教室で座ったまま寝ているアンちゃんを見た。
腕組みをして椅子に深く腰掛けている。
窓から日差しが差していて暖かそうだ。
さわやかな風も吹いている。
寝顔が年相応で可愛いじゃないか。
疲れてるんだな。
目を閉じたら垂れ目だってわかるなあ。
普段は目つきが悪いからわからないけど。
じっと見ていたら、いきなりバネ仕掛けのように身体を起こした。
「いっけねえ、寝ちゃったかあ。アラ、お嬢。王妃様のところに行くの?
フン、ワタシが寝てサボってたなんて、言うんじゃないワヨ。
……何笑ってるのよ、調子狂うわね。」
私は中身おばさんだから、若い男の子がすごんでも可愛いだけだ。
「アンタ、ワタシが怖くないの。変わってるワ。」
そして年相応の笑顔でくしゃっと笑った。
これは本当にあった事だったのか。ただの夢なのか。
その後、流れに巻き込まれるように映像が流れていく。
図書館委員から助けてくれたアンちゃん。
カレーヌ様を庇って這いつくばるアンちゃん。
エリーフラワー様のところで失恋の傷を、すき焼きとエドワード様とで癒すアンちゃん。
一緒に食堂をやらない?って言ったら
いいね。それは。
と満面の笑みを浮かべたアンちゃん。
そして亡き家族の名前を夜毎叫ぶ、うなされるアンちゃん。
それから、式を挙げて子供も産まれて、その後……
……重い瞼をこじ開ける。
眩しい。
「レイカちゃん!目が覚めたのっ!」
そこには泣き顔のアンちゃんがいた。
うん、6年分老けている。
「あの後倒れて、熱を出して二日間寝込んでたのよ!
意識を取り戻したって、お義母さんに言ってこなくっちゃ。何か欲しいものある?」
差し出された水を飲む。
喉がカラカラだ。
「…ずっとついててくれたの?」
「当たり前じゃないのっ、御義母さんだってお義父さんだって、メアリアンさんもランド義兄さんも、それにカレーヌ様や、エリーフラワー様も交代で見に来てるのよ!」
そこで息を切って、
「もちろん、シンゴやラーラや、サマンサにイリヤにショコラも。ミルドルだって。
マーズさんだって王妃様だって、顔出しはご遠慮されてるけど、心配されてるの!」
ありがとう、皆様。
「メアリアンさんが言うにはレイカちゃんの二重の魂はピッタリとくっついて一体化してきてるそうよ。
龍太郎みたいにね。」
そしてタオルを洗面器の中で絞りながら、
「……前世の御家族の魂の一部とレイカちゃんの記憶のかけらが、一緒に上に昇っていったそうなの。
そしてね、綺麗な花火になったと。」
と言いにくそうに付け加えた。
そうか。あの家族は残留思念みたいなものだったのか。
でも、いいの。幻でも会えたのだから。
「ねえ、アンちゃん。」
「何?」
濡れタオルで私のおでこや首周りを拭いてくれている。
「私、学園の木の上で見張りをしてるアンちゃんを見たことあったっけ?」
アンちゃんの手が止まる。
「はあ?何で?え?学園の話?
…あーああ、そんな事もあったね。あそこは学園を見張るのに良いポイントで。
レイカちゃんに見つかったから場所を変えることにしたんだけど。」
目をパチクリするアンちゃん。
「さっきまで夢を見てたの。そこで思い出して。
夢か現実がわからない事が続いてたから、確かめたくて。」
「ああ、そう。」
「空き教室で寝てたアンちゃんを見つけたことは?」
「それもあったわ。寝落ちしちゃったのよね、恥ずかしいことに。
今でも座って寝てるでしょ。」
「うん。」
ちょっと恥じらう顔にこちらも思わず微笑んでしまう。
ああ、そうか、そうだったのか。
自覚なかったけど、そうか。
私の胸に温かいものが広がる。
あの時、鎮魂の為踊ろうと決めて王妃様に宣言する時、アンちゃんの方を見た。握って来た手。
チカラが満ちてきたと思った。
「アンちゃん、私さあ。」
「何?」
「私、結構思ったより前からね、思った以上に貴方のことが好きだったみたい。」
ばさっ。
濡れタオルが落ちましたけど?
目と口を見開くアンちゃん。
胡桃割り人形みたいじゃないか。
「何、それえええええ!!!」
濡れタオルを床に落とし、少し固まった後、
アンちゃんは真っ赤になって、顔を覆って絶叫した。
オフコースのYES YES YESからですね。




