渡る世間は狭いね。そして鬼がいるかもね。
学園の生徒は二人。まだ13か14くらいか。
声変わりって中学生の時だよね。だいたい。
この二人はあれか、声変わりしてデカくなってエメリン先生をアラエルから助けた子達か。
本当はもっと上の学年のはずなんだけど、言葉がまだ話せないからみんな初等科からだと聞いた。
でも、成績が上がり次第中等科に編入出来るそうだ。
この二人はミルドルのクラスメートじゃなかったっけ。
エメリン先生の授業の後にまとわりついてると言ってたな。
じゃあ、中等科のAクラスに入れたのか。
努力したんだなあ。
おや、二人ともベソをかいている。
「ご、ごめんなさい。」
「紫陽花を送ったらエメリン先生が喜ぶかと。
今日、紫陽花の花のペンダントとイヤリング付けていて。とても似合ってたんだ。」
「ふうん。だからと言って盗んだらいけないよ。」
「ごめんなさい、マーズ様。」
「道の花を勝手に摘んだら怒られるとは思って無かったんです。以前、孤児院に居たときは山で綺麗な花を摘んで売ったりしてたから。」
なるほどねえ。
「オマエらさ。ミルドル坊ちゃんと揉めてたよな?
家を突き止めてなんかしようとしてたんじゃねえか?そう思わねえか?ハンゾー。」
「そうだな、セピア。」
ほう。この庭師に扮してる兄ちゃんはセピアというのか。ふむ。手拭いの下の毛がセピア色だ。
「ミルドル……坊ちゃん?」
ポカンとする少年達。どっちがドンでどっちがリッキーかな。
「知らなかったのか?ここはミルドル君のお婆さんの家だよ。彼はここから通ってる。
私の婚約者はミルドル君の親戚なのさ。」
マーズ様が言い放つ。
「……え。」
「ドン、俺らまずかった?」
「マーズ様の婚約者のご親戚とは知らなかったんですよ。
エメリン先生に付き纏う、余裕こいてるいけすかない貴族の坊ちゃんだと思って。クラスの女に人気あるくせに、そっちには見向きもしないし。
色々ムカついて突っかかってました。」
「俺ら、マーズ様にはご恩がありますから。地獄のような孤児院から救っていただいて。」
二人とも焦っている。
目が涙目だ。
ふーん、目がデカくて身体もデカいほうがドンか。焦茶の髪でクマっぽいな。
そして赤茶けた髪でキツネっぽいのがリッキーか。
この子も背は高いな。
「…ねえ、何やってんの。」
「おや、ミルドル君、お帰り。」
「マーズ様。それに忍びの兄ちゃんたち。
うちのクラスのリッキー達がなんでここにいるの?」
目を丸くしてるミルドルだった。
「あら、ミルドルお帰り。」
「ただいま、おばあちゃん。レイカおばさん。」
いつの間にか母も玄関まで来ていた。
「その子たちはお友達なの?」
「違うけど。」
バッサリだな。
「紫陽花泥棒未遂なんだよ、なあ。」
セピア君がジロリと二人を見る。
「へえ、そうなんだ。」
ミルドルは興味無さそうだ。
二人は下を向いて震えている。
「もういいから。離してあげなよ。」
見かねて口を出す私。
「ま、レイカ姉さんがそう言うんなら。」
「まだこの国に来てちょっとなんだろうから、良くわかってないんだろうが、誰が誰と繋がってるか気をつけた方がいいぞ。
俺らはな、オマエらが学園で坊ちゃんと揉めてるのを散々見て来てるんだ。」
脅しつける忍び達。
ああもう。少しクールダウンさせるか。
「あのね、多分根は悪くないんじゃないの。この子達。だって青い光に貫かれてないでしょ、玄関近くまで来ても。」
チラリと玄関に埋め込まれているサファイアを見る。
「神獣様達の加護で、悪心を持つものは弾かれて、それでも強行突破するものは焼かれるのよ。」
「 ! 」
「え。そうなんだ、便利だね。
弾かれないから良かったじゃない。
それにさ、あんたらは音楽コースなんだろ。俺はこの後騎士コースに進むからさ。
そのうち接点なくなるだろ。もう絡んでくるなよ。」
ミルドルは白けた顔で言って家の中に入った。
少年達はそこに座り込んでいる。
おや、顔色が良くないと思ったら?
「ねえ、この子たち熱中症おこしかけてるんじゃないの。今日暑かったし。」
「かもですね。水をぶっかけてやりますか、姉さん。」
「とりあえずお水を飲ませないと。さ、中に入って。」
「そうね。」
母も同意する。
「仕方ないな。ほらセピア、ソイツに肩をかせ。」
彼らを中に入れたけど、青い宝石は軽く光るだけで彼らを弾きとばしたりしなかった。
「へえ。本当に大丈夫だったんだ。」
ミルドルが冷たい顔で舐めつける。
だけどその手には濡れたタオルと水があるぞ。
優しいな。
「ほら、飲めよ。あとこれ使いな。」
「ミルドル、おまえ。」
「割と良いやつ?」
はああっ、とため息をつくミルドル。
「あのさぁ、オマエら。
俺だけじゃなくて貴族みんなに突っかかってたでしょ。
聞こえよがしに悪口言っちゃってさ。
成績だって貴族だから水増しされてるだあ?
んなことねえし。
学園の1番は平民の女の子だろ。」
そこで水のおかわりを渡す。
うむ。優しい。
「俺とかさ、ザックのやつなんか男爵家だっていうのに。そんなに目の敵にされる程豊かじゃねえよ。
ここだっておばあちゃんや叔母さんが凄いから住まわせてもらってるんだ。」
「ザックって?」
「俺の隣の席の親友だよ、おばあちゃん。今度連れてくるね。」
ああ、では学年3位の子か。
「ミルドル様、お帰りなさいませ。冷たいアップルジュースをお持ちしました…って、オマエらなんでここにいるんだ?」
「え、ドギーさん?えっえっ、そしてマギーさん?」
「どうして二人がここに?孤児院からいなくなったのは、どこかに攫われたかと。」
目を見開くドン熊とリッキー狐。
「馬鹿言うなよ。ここで働かせてもらってるんだ。」
「そうよ、とても良くしてもらってるの。」
そこに黒い影が、すっと立つ。
「ふうん、そうかあー。ドギマギと同じ孤児院だったわけネ。
ま、グランディの孤児院出身なら、言葉はOKだなあ。
学力さえつきゃ、上にあがれるわな。」
「すみません!オレの後輩たちがっ、ご迷惑を!」
「…あ!あなたは。伝説の人!忍びになったというヤマシロさん?」
ドン少年が声をあげる。
「あら、ヤマシロくん。お久しぶりね。
アンちゃんお帰り。もうアラン様の御用は終わったの?」
そこには顔を青くしていて、冷や汗をびっしょりかいてるヤマシロ君と、任務でしばらく留守にしていたアンちゃんがいた。
そうか。ドギマギはヤマシロ君の後輩だったね。
孤児院の中で見どころがあるやつを連れてきたって言ってたもの。
じゃあ、彼等と知り合いのドンとリッキーも同じく孤児院出身という事になるのね。
世間は狭いわ。
「ただいま。レイカちゃんにお義母さん。
で、何、こいつら?
俺の可愛い甥っ子に意地悪して、オレの手下が丹精こめた紫陽花を折ろうとしたって?
ねえ、しめちゃってイイ?
…クスクス。ね、伝説の人、ヤマシロさん?」
うわあ。アンちゃん。笑顔が怖いよ。
…そしてヤマシロ君。汗が次から次に流れ落ちてきてます。




