第3話 僕は 男として 婚約者として エーレントに完敗した
挿絵差替えver.
第Ⅴ章開幕
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突然、
僕は黒い突風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
誰かがそばに立ったかと思うと、
額の刻印に鋭い痛みが走った。
「う…」
「『う』じゃねェよ!!!クソ鼠が!!!!!」
僕は思い切り蹴り飛ばされた。
その人影は…エーレントは、リヒトさんに近づく。
「おい、アンタ、生きてる?」
呪文を唱える、澄んだ声が流れる。
「お、効いた。やれやれ。」
その間、ようやく僕の恐怖が消え、身体が元に戻って行くのを感じた。
僕は転がるようにリヒトさんに近づ…
「来るな、クソ鼠!!!」
ユーリの顔をした…エーレントのオレンジの瞳が、
激しい怒りで強い光を放っている。
僕は覚えず、ピタリと立ち止まった。
エーレントは、僕から守るように、リヒトさんを抱えている。
リヒトさんは、虚空のようなポッカリとした目をうっすらと開けた。
エーレントは彼女の瞳孔を覗き、
僕に押さえつけられた箇所を確認し、脈をとる。
「ヨシ、問題ねェ。」
煙草を咥えると、指から不思議な火を出現させて、吸い始めた。
目を奪われるような仕草だ。
「リヒト…アンタ、火の誓約を迷惑がってんだろ?」
リヒトさんの左手をとって、自分の左手と共に、
彼女の瞳の前に持って行く。
「この誓約はなァ…アンタの居場所でもある。」
エーレントは、リヒトさんに当たらないように、
少し横を向いて煙を吐く。
「アンタ、これまでは逃げる場所がなかったろ?
この誓約で、アンタはいつでも、俺のところに逃げられるんだ。」
僕は、このエーレントの言葉に凍り付いた。
「アンタが、必死にやってることは知ってる。
…でも、最後に、【逃げる】ってことも、スゲェ決断の一つだ。」
エーレントは、リヒトさんの顎を優しくつまんで、
その目を覗き込んだ。
「200年前に、俺があるゴミ鼠に処刑されたから、
猫族は…特にアンタみたいな純血は、完全に居場所をなくした。
アンタも苦労して生きてきたのに、
十二支に利用されて、頑張っちゃってよォ…」
エーレントはため息のように、天に向かって煙を吐いた。
「ま、アンタのそんなところがイイと思ったのは否定できんな!
ハハハ!!!」
僕はただ立ちすくんでこのやり取りを見ているばかりだ。
足の先から砂のように崩れていきそうだ。
「お?しっかり目が覚めてきたな?
ちょいと秘儀も授けてるから、すぐによくなる。」
リヒトさんの腕が持ち上がり、エーレントの額を指さすようにする。
「ア?ああ、そこのクソ鼠に酒瓶でぶん殴られた傷さ…唾つけて治した。
猫だからなァ!!!ハハハハ!!!」
面白そうに煙草を吹かす。
「さて、そろそろ帰るか…
秘儀【空間旅行】」
ゆっくりと黒い渦がエーレントを取り巻く。
「そうだ、リヒト。
白状しちまうが、俺は200年前、女を抱きまくってる。
猫族好きのどこかのバカと、女を漁りまくったしな…」
ここでようやく、僕の方を横目で見た。
…暗く、寂しそうな目で。
「嫉妬してくれよ?」
黒い渦が広がって行く。
「そんときは、俺も嫉妬する。
『今、俺とクソ鼠を比べたのか?』ってな…」
そう言うと、煙草を持ったまま、リヒトさんの顔を引き寄せて、
舌で絡めとるように口づけした。
「何をする!!!」
とうとう僕は飛び上がって、
リヒトさんをエーレントから引き離した。
エーレントはほとんど黒い渦に消えている。
「来るの遅くねェ?」
捨て台詞を残し、黒い渦とエーレントは、完全に消えた。
訓練場には、
朦朧としているリヒトさんと
…男として、婚約者として、完全に敗北した僕が残された。
*****
黒い渦の消えた訓練場。
既に、リヒトさんの目ははっきりとしている。
…でも、黒い渦が消えた跡を見やったまま、何も言わない。
僕は、リヒトさんを抱き上げて、訓練場を出る。
人のいない、大王専用の、
ところどころに蠟燭が灯るだけの暗い廊下を、なるべくゆっくり歩く。
「僕は、もしかして、
貴女の身体を、
誰かと比べるような寝言を言ったかもしれません。
でも、僕は、虐待を勘定に入れなければ、
女性と関係を持ったことはありません。
僕が夢の中で比べたのは、
悍ましい記憶の中の汚い身体とか、
パーティでわざわざ見せつけられる身体と、
…貴女の身体です。」
僕の腕の中で、リヒトさんの身体が少し動いた。
僕は、リヒトさんをしっかりと抱え直す。
「貴女の胸の感覚が、あまりにも素晴らしくて、
これまでのうんざりするような記憶と違ったので、
夢中になりました。」
リヒトさんは顔を覆ったようだが、
僕はリヒトさんを見ることができない。
僕はさらにゆっくり歩く。
まだ、言うことが終わっていないから。
「目を覚ましたとき、夢だったのかと残念でした…
でも…寝ながら触っていたんですね、僕は。
リヒトさんは、不本意だったと思いますが、
僕は、手に感触が残っていたのが…嬉しくて…」
角を曲がれば、奥にリヒトさんの部屋が見えるところに来た。
「でも、同時に、火の誓約が反応しなかったことにホッとして…
ため息もついたと思います。
…残念だからため息をついたわけでは、
絶対にありません…」
リヒトさんの部屋の前に着いた。
僕は、胸がいっぱいのまま、そっと彼女を降ろす。
僕は彼女の顔を見られなかった。
僕はうつむいたまま、「おやすみなさい」と言う。
リヒトさんも、かすれるような声で「おやすみなさい」と返す。
僕は2、3秒、何かを待つように動かなかったが、
彼女は何も言わないし、僕も何も言えない。
…僕はそのまま、自室に向かって、廊下を戻り始めた。
後ろで、静かに扉が閉まる音。
部屋に戻ると、もう、たまらずに、
頭を抱えて近くのソファに突っ伏した。
(次話に続く)
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/
第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/
カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067




