99.今日も絶好調の雑魚っぷりだ
四日目、昨日と同じだけやったらまた死にそうになるなと思いつつ、朝から走り込み。
「もうやだ……むり……しぬ……」
ネニトスはずーっとぼやいているけど、走りながらぼやけるだけ余裕がある。その余裕を愚痴を吐く以外のことに回せばいいのに。
ネニトスは根性はないけど、体力は僕よりあるし体格も恵まれてるから、真面目にやればもっと早く上達するだろうに、無駄な顔の良さと同様、己の才能をぜんぜん活かせないやつだ。
僕なんか走りながらずーっと吐きそうになってる。今日も絶好調の雑魚っぷりだ。
黒革のベストとグローブのおかげでなんとかこの訓練について行けていると言われたけど、これらのせいで余計に疲れている部分もあると思う。なにせ革製だから通気性が終わっている。絶対にランニングで着るものじゃない。
でも、魔力を常時安定させるには、魔法の訓練以外でも身に付けていた方がいいんだって。それに、ダンジョン内でベストを着たり脱いだりするわけにもいかないのだから、この馬鹿みたいに熱くて蒸れる格好で長時間動き回る訓練はしておくべきなのだ。
僕が余計なことを考えいるうちに、ネニトスがズベッと転んだ。ネニトスは根性と並んで集中力もない。
「足止めてんじゃねえぞ!!」
途端にベンドレンドさんの大声が飛んできた。
ギルド本部の最上階にいるのに、訓練場すべてに響き渡るような声だ。常に見ているわけじゃないはずなのに、何故かこういう時はしっかり指摘してくるとこも恐い。
「もしかして、僕らを監視するために、執務室の壁を直さないでいるのかな」
「ただの人手不足だろ」
泣く泣く立ち上がったネニトスのツッコミで、僕も泣く泣くランニングを再開する。ギルマスの執務室は相変わらず開放的だった。
ベンドレンドさんについては、仕事中でもよく行方を晦まして街中歩き回っているという困ったギルマスだったが、僕らの訓練を監督するためなのか、ここ最近はそこそこギルド本部に留まっているらしい。
そのおかげで、ギルド職員に有難がられて頑張ってくれと言ってもらえるけど、僕らはギルマスの放浪癖を直すために訓練をしているのではない。今のところギルドに貢献できることがこれくらいしかないことも悲しい。
今日はグレンさんもスイルーさんも第一ダンジョンの方へ赴いているそうなので、完全に自習と言う状態だけど、例によって腕輪があるので逃げられない。僕らの成長度合いもバレバレだからサボってはいられない。
次の素振りをしていたところで、スイルーさんがやって来た。
「第一ダンジョンどうでした?」
「まだぜんぜんだよ、キラーアントは少しずつ減ってはいるけど、まだ巣を探し回れるほどじゃない」
殺虫剤と毒餌を撒いて数を減らしている段階だという。
それだけならD級以上の冒険者を全員駆り出さなくてもいいんじゃないかと思うけど、実際はそれだけではない。
ダンジョンの中では、モンスターの死骸を放置してもそのうちダンジョンに吸収され、新たなモンスターを生み出す肥やしになるから、普段は運びきれないモンスターの死骸は放置しても問題ない。
しかし、今は下層のモンスターが増えられるのは困るから、キラーアントの死骸はダンジョンに吸収される前に回収して外で燃やしているという。その死骸の量が尋常じゃないから人手は多いに越したことはないのだ。
「うえ、ひたすら虫の死骸集めかー、嫌な仕事」
「しかも、集めたところで売れないしね」
「精神に来そう」
「でも、それだけなら低級冒険者でもできそう」
「殺虫剤が充満していて視界が悪い中、全身防護服に身を包んで、他のモンスターがまったくいないわけではないし、変動も続いているダンジョン内を、あんたら進めるのかい?」
「無理っすね」
「無理っすわ」
即座に返答した僕らはスイルーさんに鼻で嗤われたけど、身の程はこの四日で嫌というほど弁えた。
三階層の変動も続いているから、今から巣を探しに行ったとしても翌日には位置が変わっている可能性もある。
だから今は、地道に殺虫剤撒いて、死骸を回収して燃やす、すごく地道な作業を続けるしかないわけだ。やっぱり、モンスター討伐と言うより害虫駆除と言う方が合っている。
こんな話しを聞いていると、僕らは低級雑魚冒険者でよかったと思うけど、訓練がしんどいのは変わらない。
スイルーさんに指導されながら、腕が上がらなくなるまで素振りをする。スイルーさんだってここにサボりに来ているわけじゃない。ちょっと息抜きに来ている感は否めないけど。
「これ、全部やる必要あります?」
「はぁ?」
僕は休憩の間にずっと思っていたことを聞いてみた。素振りで腕が上がらなくなっても、喋れないほど息が上がらなくなったのは成長だろう。でも、スイルーさんに睨まれてめちゃくちゃ竦み上がったから、微々たる成長だ。
「やりますよ、やりますけど、全部やるより、一つに絞って鍛えた方がいいんじゃないかなって」
僕は割と同じことを一日中やるのは苦にならない性格だ。逆に、今の訓練メニューみたいに、あれもこれも全部やるっていう方が忙しくて嫌になる。
「えー、一つのことって、一日中素振りとか俺は絶対無理」
「一日中じゃなくても無理だもんな」
ネニトスは飽きっぽいので短時間で色々なことをやる方がいいらしい。とは言え、そもそもの根気がないので、色んな事をしていても飽きる時は飽きる。
しかし、スイルーさんも無暗に詰め込み訓練をしていたわけではなかった。
「これは私の経験則だけどね、七日、徹底的に基礎訓練をして一番伸び率の高いもんが、そいつに一番向いてることだ」
だから、最初の七日間は満遍なく全部の基礎を只管繰り返す計画だという。
通りで、向いてないと思うけど、僕も一応は剣とか槍とかの訓練をやらされているし、ネニトスも剣だけじゃなく弓やナイフを待たされているわけだ。何を持っても、やることはとにかく基本動作だけの反復練習だった。
「でも、僕は初心者講習の時と比べれば魔法の伸びが良かったから、既に向いてるのわかってるじゃないですか」
「自主的に嫌いなことに取り組める奴はあまりいない、あんたも魔法を伸ばそうと思って伸ばしただろ」
返って体力作りなんかはしていない、とスイルーさんに言い当てられてしまった。
はい、魔法の訓練はまあまあ面白いからやってたけど、体力作りとか筋トレなんか、好きじゃないからぜんぜんやってませんでした。
「自分で思っている好き嫌いと、実際の向き不向きは、必ずしも一致しない、それを把握するための七日間だ」
最初の七日間で変化した計測結果に応じて、その後の訓練メニューを考えるという。
なるほど、ただの根性論ではなく、それなりの理論に基づいた計画があるなら、僕も従うのは吝かじゃない。
どうにも、ベンドレンドさんの声の大きさが昭和のスポコンみたいで、もしも精神論だけでやってるなら逃げ道を探ろうと思ってたんだ。
「はぁ~、俺は戦うのとか向いてないと思うな」
「は? おま、なに言って、は?」
「いや、俺って平和主義だから」
「パン屋で働かないでダンジョン潜ってるやつが、は? 何言ってんの?」
ネニトスはたぶん今の訓練が嫌でぼやいているだけだ。ダンジョンでモンスターと遭遇した時とか、かなり活き活きしているくせに何が向いてないだ。体格だって羨ましいほど戦士向きだ。
何言ってんだコイツ、と思ったのは僕だけではなかった。
「こういうポンコツの精神を叩き直すための七日間でもある、いつまで休憩してんだい!! さっさと動きな!!」
「「はい!!」」
僕のお喋りで時間を潰そう作戦は、スイルーさんにバレバレだったらしい。体術訓練の太極拳もどきでは、両手両足に重しを追加されてしまった。
ちなみに、午後の魔法訓練で、グローブを付けた状態と付けない状態で影の中から玉を投げてみたが、グローブを付けている方が飛距離が二メートルほど伸びた。喜ぶよりも、グローブを着けない投球がヘロヘロ過ぎて泣きたくなった。
スイルーさんはここにサボりに来ています。
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