74.二人して馬鹿を晒している
転移したら直ちに柵の外に移動せよ、と看板も立っている通り帰還場所から離れようとしたが、ネニトスがまともに歩けない状態だ。
「おやおや、どうしたんだ」
僕がよたよたとネニトスを担いで運ぼうとしていたら、近くにいた冒険者が手伝ってくれた。怪我を負って帰還する者もいるから、動けそうになければ手を貸すのが冒険者のマナーだ。
「ありがとうございます、あの、ちょっと……混乱の魔法に当たりまして……」
アイテムを仲間に誤爆したと言いづらくて、僕はごにょごにょとテキトウに嘘を吐く。
「へえ、サテュロスでも出たか」
「ええ、まあ、そんなとこで……」
「じゃあ、しばらくすれば元に戻るだろ」
帰還場所から少し離れた木陰にネニトスを横たえると、親切な冒険者は笑顔で去っていった。僕はなんとなく申し訳ない気分になった。
サテュロスとは二足歩行の羊みたいなモンスターだ。僕はまだ遭遇したことがないけど、この第一ダンジョンにはたまに出没するらしい。
好色の悪魔、という異名を持っているが、別に淫魔みたいに人を誘惑するわけではない。混乱魔法を使って相手がヘロヘロになっているところを食うらしい。混乱魔法を使われた人が、花街で泥酔している連中に似ていたから、好色の悪魔と呼ばれるようになったのだ。
サテュロスの混乱魔法も十分くらいで切れるらしい。とりあえず、人に何か聞かれたら、サテュロスに遭遇したことにしておこう。
僕もネニトスの横に腰を下ろして、毒消しをちょびっと飲む。片腕が少し痺れている程度なら全部飲む必要はない。毒消しって結構高いんだ。
効くのを待っているうちに、ネニトスが正気に戻った。
「大丈夫か?」
「うん、すごい酔っぱらった時みたいな感覚だったけど、二日酔いみたいな症状はなさそうだな」
起き上がって頭を振ってみるネニトスだが、もうすっかり酔いも醒めて、頭痛や吐き気はなさそうだ。
「ごめん、ネニトスに当てるなんて」
「避けられなかった俺も悪かった」
ネニトスは水を飲んで身体をあちこち確認する。煙を食らった意外に怪我もなさそうだ。
「でもこれなら、毒消しで何とかなったんじゃないか?」
「あ」
そうだった。煙玉の中の粉は薬の一種なんだから、毒消しで解消できるはずだ。混乱魔法と同じ症状だから失念してた。魔法の効果には毒消しは効かない。
失敗続きでバツの悪い僕の隣で、ネニトスも微妙な顔で笑っている。モンスターに投げた武器が跳ね返されることは戦闘中よくあることだ。それを避けられなかったことが大分間抜けだったと思っているようだ。
「まあ、でも、下級毒消しは二千イェンだし、あの場で目が覚めても立て直せたかというと……」
「うん、微妙だな」
毒消しもすぐに効くわけではない。モンスターへの投擲を外すやつと、味方の攻撃を食らってしまうやつで、即座にミスをカバーできるはずもない。
だったら、五百イェンの使い捨て帰還の輪で離脱したのが正解だった。いやいや、まず煙玉誤爆したのが大失敗なんだけど。
「効果範囲が広いのも使いづらいな」
「黄色の煙玉は駄目だな」
一狩りの反省点だ。まあ、僕の投擲スキルとネニトスの回避スキルをもう少し上げれば使えるだろうけど、今すぐは無理だ。
まだ時間も早いから、僕らは帰還の輪を買い直してもう一度ダンジョンにアタックする。
なんせ、まだ今日の収穫はない。新しいアイテムと毒消しを消費しただけの赤字状態で、すごすご帰れるほど僕の懐は温かくない。
「それで気付いたんだけどさ、死角からの攻撃が僕の取り柄じゃん」
「そうだな」
のんびりしている時間はないので、一階層を歩きつつ食事にする。今日の昼飯は美味しくない下級回復薬と、硬すぎる冒険者ギルド特製ビスケットだ。ビスケットも美味しくないけど、腹には溜まるし安い。
「でも目潰しは顔に当てないと駄目じゃん」
「あ、そうか」
ネニトスももちゃもちゃ携帯食を食べている。
餅に下級回復薬を混ぜたようなもので、回復と栄養補給がいっぺんにできるという優れもの。だと言うけど、僕はその薬と芳香剤を混ぜたような甘ったるさが苦手だった。ネニトスは結構好きな味らしい。
「結局目の前で投げないといけないから、僕の取り柄がぜんぜん活かせないわけだ」
「赤い煙玉も駄目だな」
これは買う時に気付くべきだった。二人して馬鹿を晒している。
「あ、僕が気を引いている隙にネニトスが投げるのは?」
別に投げるのは僕じゃなくてもいい。特に目潰しなんて、どうせ正面から投げないといけないのだから、隠れて投げる必要もないのだ。
「あのなヨナハン」
ネニトスは携帯食をもちゃもちゃ食べながら不敵に笑う。携帯食は餅みたいな触感だから、口いっぱいに頬張ると喉を詰まらせる危険性があると思う。顔が間抜けになるし。
「俺のボールコントロールは、ヨナハンと良い勝負だ」
「あ、そう」
二人して投げるの下手くそなのにボール型アイテム買ったのか。僕らはもう少し話し合いと熟慮が必要だったようだ。
そもそも使い方が難しいとわかったから、出来ればクローラビットとかで実験してみた方がいいと思うけど、一階層のクローラビットがよく出る場所には他の冒険者も多い。
今さっき仲間に誤爆したばかりだ。他人に当たったらもっと面倒なことになるから、僕らは結局二階層へとやって来た。
こういう時ほど手頃なモンスターは出てくれない。
暗がりからのっそりのっそり現れた巨体を見て、僕らは揃って顔を引き攣らせた。
ネニトスが食べている携帯食は冒険者ギルドが開発した新商品です。
冒険者ギルドは美味しくて栄養満点で回復効果もある安価で完璧な携帯食の開発を目指してたまに新商品を出しますが、毎回美味しい部分は失敗しています。ネニトスはとりあえず新商品は買っとくタイプです。
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