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女装令嬢の日常  作者: マルコ
女装令嬢の戦闘実習

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22/42

2-8

前回のあらすじ。

「ヤベぇ奴がダンジョンに居る」

「クアマリン嬢、今日はよろしく頼む」


 王子が微笑みつつ手を差し出したので、エレンはそれを握りながら、告げた。


「エレンで構いません。学園では家名で呼び合う事は無いと聞いていますので」


 平民に基本的に家名はない。シャルトリューもそうだ。だが、平民に対してだけ名前を呼ぶようにすると、仲が良いように錯覚する事がある。なので、あえて誰に対しても名前呼びをするのが定着していた。


「では、エレン。私の事もエイアンドで良い」

「はい。エイアンド殿下」


 ──殿下も不要。とはエイアンドも言わなかった。少し寂しい気もするが、5大公爵家とはいえ、王族と貴族では身分が違うのだから。


「エレン。その、 ずっと気になっていたのだが、その服装は……?」


 エレンの格好は測定の時と変わらず体操服とブルマーだ。

 男子生徒の視線を集めているその脚や臀部の曲線を惜しげもなく晒すその衣装について聞いた。


「恥ずかしながら、お姉様との賭けに負けてしまいまして、今後この衣装で実習を受ける事になってしまいまして……」


 エレンが頬に手を当て、顔を赤らめてそんな経緯を伝えた。


「ああ、でも、見た目ほど寒くはないのですよ? 温度調整の魔法もかかっていますし」


 脚を出し、半袖の衣装ではあるが、秋も深まったこの時期でも寒くはない。おそらく、夏場では涼しく過ごせるだろう。

 賭けに負けたという事は、無理やり着せられたという事なのだろうが、本人がそれなりに気に入っているようならそれで良いかとエイアンドは気にしない事にした。


 ちなみに、当のエイアンドの格好はシャツとズボンに軽鎧、マントを身につけた冒険者スタイルだ。

 とはいえ、見た目は駆け出し冒険者の装備のように見えるが、その素材と性能はさすがに王族の物といったところだ。


 そして、ダンジョン探索という事で、武器も携帯している。

 王子の武器といえば剣を連想するが、エイアンドは片手持ちのハンマーを所持している。


「エレンは武器の用意は無いのか?」


 エイアンドがそんな事を訪ねた。

 いかに女子でも魔法使いでも、魔法の補助と護身用に杖くらいは携帯するものだからだ。


「いえ、私は格闘主体ですので」

「そ、そうか」


 その答えは予想外だったので、エイアンドは少々怯んだ。エレンの外見は目つきが鋭く、冷たい印象を与えるものだが、手脚は細いので、格闘をするとは思えなかった。


 もちろん、身体強化によって補う事はできるのだが、それにしても鍛えれば身体に反映されるものなのだ。

 エイアンド自身、細身ではあるが、引き締まった身体をしている。エレンの様に細くしなやかな肢体はそれほど鍛えているようには見えない。


 だが、ダンジョン実習に選ばれるなら、それなりの実力はあるはずだ。しかも、あのイーチェを差し置いて選ばれたのだ。第2王子よりも魔法の才のある、かの公爵令息よりも成績が上であるならば、それなりの戦力を有しているのだろう。と判断した。


「あの、エイアンド殿下?」


 黙り込んだエイアンドを不審に思ったのか、エレンがそんな声をかけた。


「ああ、すまない。そろそろ入ろうか」

「はい」


 いけないいけない。とエイアンドは自制する。


 つい、女性の柔らかそうな手脚や豊かな胸元にはつい目が行ってしまう。取り巻きの娘たちにもそれは知られているようで、徐々に挑発的な格好が増えてきているように思える。……エレンほどではないが。


 ふたりでダンジョンに足を踏み入れる。

 特段普通の洞窟と比べて異様な気配がするといった事はない。ただ、ダンジョン全体が魔力を帯びて薄く光っているだけだ。


 これが生物──ダンジョンワームの体内というのは、知識としては知っていてもとても信じることができない。

 そんな感想を抱きながら歩くエイアンド。

 傍にいるエレンを見やると、平常心で前方を見ている。

 この娘は今まで会ったことのないタイプの人物だ。


 今まで出会った人は皆、多かれ少なかれ自分に媚を売る者ばかりだった。

 男は取り入ろうとするし、女は誘惑してくる。


 だが、彼女は特にそうしたそぶりを見せない。

 もちろん、彼女は最高位の貴族令嬢なので、権力欲など既に満たされている可能性もある。だが、だとしても、王族として敬ってくれてはいるが、権力に興味なく接してくれる相手は希少で好感が持てる。

 それに同年代の女性で言い寄って来ない者は、はじめてではないだろうか?


 自惚れではなく、エイアンドの容姿は整っている。

 故に女ならば誰もかれもがエイアンドに言い寄ってきているのだ。チェインの様に付き纏う令嬢たちには少々どころではないほどうんざりしているのだ。言い寄ってこないエレンはその点でも好ましかった。


 ……色々ズレているエレンだが、単に男は恋愛対象にしていない。というだけだという事実をエイアンドは知らない。──少々バイ寄りではあるが。


 そんな事を思いながらエイアンドはエレンを見つめる。

 表情はキツいが、美しい顔をしている。

 体も手脚も細身で柔らかそうである。

 それに、その黒髪。


 これほど見事な黒い髪は珍しい。闇の女神に祝福された証だと言われれば、素直に信じられるだろう。

 そして、その黒髪を長く伸ばした姿は女性らしく可憐と言えるだろう。


 短めの髪を好む者もいるし、長い髪は面倒も多いと聞く。

 それでもエイアンドとしては髪は長い方が好みだ。しかも、これほど長く美しい髪なのだ。つい魅入ってしまう。


「あの……何か?」


 エレンの問いかけで、エイアンドは己が魅入るどころか、無意識のうちにその髪に触れていた事を認識した。


「ああ、すまない。その……そう、埃がついていたもので」

「まぁ、それはお見苦しいモノを……」

「いや、大丈夫だ。もう取れたしね」


 エイアンド自身、苦しい言い訳だと思ったが、エレンは素直に信じたようだった。


 こういう所も珍しい。

 貴族というものは程度の差はあれど、騙し騙されの関係なのだ。

 先ほどのような苦しい言い訳など通用するものではない。いや、平民の間でも無理だろう。


 だが、この公爵令嬢は信じたようだ。

 人から言われれば、なんでも信じてしまうのだろう。

 だからだろうか? 5大公爵家の令嬢でも各所のパーティに出席していない理由は。

 なるほど、一気に食い物にされる様が目に浮かぶようだ。


 学園でも政治的な騙し合いが無いとはいえないが、現役の貴族当主とやりとりする可能性のあるパーティに比べれば、何百倍もマシだろう。


「エイアンド殿下」


 不意に、エレンがエイアンドに呼びかけた。


「何か?」

「魔物の肉は食べますか?」


 なかなかに奇妙な質問ではあるが、食べるかと聞かれれば、


「食べる」


 とエイアンドは答えた。

 普通の動物よりも、魔力を多く帯びた魔物の方が味が良いことが多いのだ。

 キラーラビットなどがよく出回る。とはいえ、魔物というだけで嫌う者も多いのが実情だ。だが、エイアンドは素直に美味いものは食べる主義だ。


「良かった。ちょうどこの先に獲物がいるようなので」


 そんなことをエレンは言った。

 だが、ダンジョンの通路も直線ではないし、ほんのり光っているとはいえ、先まで見通せる光量ではない。


「分かるのか?」

「はい。魔力探知で」


 そんな技術まで使えるクラスメイトを頼もしく思いつつ、エイアンドは獲物(・・)がいるという先へと進んでいった。


次回27日です。

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