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ブクマ・誤字報告感謝です。
担任の教師が入ってきた頃には生徒は全員揃っていた。
担任の名はアドナン・ズライト。
5大公爵家の三男だ。
王族が所属するクラスでは、その時に勤めている教師で最高位の者がそのクラスの担任を務める。
今年の場合、第1王子と第2王子が入学したので、5大公爵家のアドナンが第1王子を担当。第2王子のクラスは侯爵家の者が担当する。
そんなアドナンの自己紹介の後、くじの番号順に生徒たちの自己紹介がはじまる。
ちなみに、王子もキッチリくじを引いて席を決め、エレンの隣になった。王子を挟んで反対側の席には、イーチェ・オライトが座っている。
その後の取り巻き女生徒たちの醜い争いからすると、エレンが5大公爵家と明かしていなければ、席を譲れと迫られていたかもしれない。
実際、取り巻きのうち3人は王子の前後の席と右後方の席を交渉で譲ってもらっている。
さて、自己紹介の一番目はそんな座席争いにひとり敗れた取り巻きのご令嬢。
くじを引き当てることもできず、さりとて男爵令嬢故に交渉もうまくいかなかった娘だ。
「ミランダ・マーキスです。席替えはいつですか?」
名前しか言わずに早速席替えを望む発言に担任教師のアドナンは嘆息するが、暫くは予定は無い。と一蹴した。
2番目はシャルトリューだ。
灰色の猫のような魔族──ビーストの娘だ。
「名前はシャルトリュー。種族はビースト」
立ち上がっての自己紹介で、それだけ言って座ってしまった。
流石にそれではマズいとアドナンも思ったのだろう。魔族との不要な軋轢は避けなければならない。
「あー、シャルトリューは銀灰商会の娘ということだ。そうだな、次からは家の爵位や家業くらいは言ってもらおうか」
銀灰商会という言葉に、教室内が一瞬ざわついた。
当然だろう。世間知らずのエレンですら知っている大商会だ。なるほど、あの商会は魔族が経営しているが、南の大陸の珍しい食べ物や香辛料などで大成功している。そこの娘ということは、並の貴族よりも影響力がある。そこまで考えが及ばない者も、ただの魔族の平民というわけではない事は理解した。
そんなシャルトリューの後は特に特筆することのない自己紹介が続く。平民でもそれなりの商会の子弟のようだ。
むしろ、最後尾の男爵令嬢の方が庶民のような雰囲気を醸し出しているくらいだ。
たしか、エレンが教室に入って最初に声をかけてきた娘だ。
そうこうするうちに、エレンの番になる。
「先ほど何人かの方には既に名乗りましたが、改めてまして。南方辺境領より参りました。エレン・クアマリンでございます。もったいなくも我が父は5大公爵の地位を賜っております」
そう言い切り、着席するエレンの言葉に、先の騒動の時に教室内に居た者は苦笑いを浮かべ、そうでない者は5大公爵の名に畏れを抱いた。
──もしかしたら、何割かはエレンの眼光の方をこそ、怖れたのかもしれない。
そしてその様子から、どうやら既に何かやらかしたらしいと察したアドナンは、改めてエレンを警戒する。
噂は噂だと割り切ってはいる。
割り切っているので、妙な襲撃があるとは思っていない。
思っていないが……それとは別に、目の前の少女があの男の娘である事を、強く感じざるを得ない。
性別は違うのだが、その黒髪黒眼、悪人顔の容姿と、その一挙手一投足があの公爵と重なるのだ。
あの、「悪役公爵子息」と呼ばれた現当主と。
こちらは噂ではなく、実際に目にし、また被害を被った事例がある。タチが悪い事に、受ける被害よりも恩恵の方が僅かに大きいので、微妙な距離感の関係を切れないのだ。
そんな男と重なる振る舞いの少女。
──何かやらかしても不思議はない。
当然ながら、そんなアドナンの警戒とは関係なくその後も紹介は続き、ついに王子の番となる。
「エイアンド・ローラシアだ。一応、第1王子となっているが、この学園では1学生として過ごすように父上からも云われている。皆もそのように接してくれ」
……と言われて、はいそうですか。という者はいないだろう。──どこぞのピンクを除いて。
そして、そのまま自己紹介は続き、最後の大物の番となる。
「イーチェ・オライトだ。5大公爵家の、一応嫡男という事になる」
それだけ言って着席した。
その言葉は冷たく他人を拒絶するような温度感であったが、女生徒の何人か……特にすぐ後ろのアリア・メーズト嬢などは顔を赤らめていた。
──彼女は王子の取り巻きであったはずだが。
ちなみに、先のミランダ・マーキスと、このアリア・メーズト。そして、王子の前の席のトーリア・アザルト。そして、後ろの席のムースル・リリアールの4人が王子を追い回すチェイン……もとい、取り巻きの令嬢たちである。
それはさておき、ルシアナの語る弟像とは随分と異なるイーチェの様子にエレンは戸惑いを覚えたが、もしかすると緊張しているだけかもしれない。と思い至った。
何にせよ、友人候補なのだ。
シャルトリューとは仲良く出来そうな手応えを感じたが、彼女は女性だ。それなりに楽しそうではあるが、エレンは男同士の友人というものも欲しいと考えている。
──自分が女装している事で相手がどう思うかなど、考えもしない辺り、自覚している以上に世間知らずで常識外れなエレンであった。
次回から金曜更新になります。




