ある教師の憂鬱
アドナン・ズライトは憂鬱な想いで廊下を歩いていた。
原因は今年受け持つクラスの面々にある。
まずはじめに、シャルトリュー。
家名は無い。
外国人であるのだが、その外国というのが南の大陸。魔族の国、ゴンドワナだ。それだけならまだしも、本人自身が魔族だ。ビーストという種族らしい。
魔族がクラスにいるなど、これだけでも十分に頭の痛い話だ。
なのに、同じクラスに第1王子のエイアンドも組み込まれている。
(普通、魔族と王子は一緒のクラスにはしないだろ……)
アドナンはそんな風に内心で愚痴を吐く。
──クラス割りが決定した後から何度となく抱いてきた不満だ。
(何かあったらどうするんだ。……いや、何かを期待しているのか?)
第1王子と第2王子の仲が悪いのは周知の事実だ。より正確には、第2王子の派閥が過激な手段で第1王子を追い落とそうとしているらしい。
クラス割りの担当教員は第2王子派という噂だし、言動の端々にもそのようなフシが見え隠れしている。さらに、自身はしっかりと第2王子の担任におさまっている。
まったくもって、嘆かわしいとアドナンは嘆息する。
派閥争い大いに結構。
貴族であるならば、他の有力貴族を追い落とす事もするだろう。
自分より格上の家の者を火薬庫に放り込んで引きずり下ろすなんてのは、日常茶飯事だ。
(だが、神聖なこの学園でやるな!)
アドナンはこの国の貴族の例に漏れず、学園の卒業生だ。
それ故に学園に愛着はある。
だが、その程度の事は貴族であれば当然である。
貴族の子弟は全てこの学園に通う義務があるのだ。
貴族を教える教員は全て貴族だ。卒業生でない方がおかしい。
だが、アドナンほどの愛着……否、信仰を持っている者も同じ程度に珍しい。
王族が通う年はこのような陰謀がある事が普通なのだから。
(さらには、今年は問題児になりそうな者が2名いる……)
悪いことに、その2名がどちらも5大公爵家なのだ。
家格の事は問題ない。
ズライト家も5大公爵家なのだ。
それに、5大公爵家というだけならば、2年のルシアナ・オライトのように積極的に生徒たちをまとめ上げる中心人物になることもある。
悩む事ではない。
……まぁ、今年の1年は王子2人に加えて5大公爵家が3人と、派閥がいくつできるか予想できないというのは、それはそれで問題ではある。
それとは別の問題として、それぞれ個人の出生に問題があるのだ。
ひとりはソニア・メジスト。
5大公爵家メジスト家の一人娘だ。
長年、かの公爵家には跡取りが生まれず、当代で断絶かと言われていたのだが、先日突如として娘がいた事が判明した。
いわゆる、隠し子だ。
この国では隠し子というものは少ない。貴族に限っては、皆無と言っていい。
なにせ、一夫多妻が法的に認められて、むしろ推奨されていたからだ。戦時中の慣習ではあったが、妾の数が正妻のステータスにもなっていたのだ。コソコソ隠す必要もない。
だが、戦争は終わった。一夫一妻の機運が高まっている昨今では妾を認めない正妻も増えてきている。
メジスト家もそんな家だったのだろう。
それで家の存続が危ぶまれる状況になったのだから、愚かとしか言いようがない。一般市民ならともかく、貴族で5大公爵家なのだ。
だが、そんなメジスト家の当主が、正妻に隠れて作った子が見つかった。
その子の生母が死んだ事で明るみに出ることになったようなのだ。
アドナンなどは偽物なのではないかと疑っているが、本物だと証明されたらしい。
……まぁ、このままでは家が断絶するのだ。偽者だろうと、血筋を引いていることになっている子を受け入れる事にしたのだろう。
そこまでは良い。
問題は、そんな平民の暮らしで何ら教育を受けていなかった娘が、この学園に通うということだ。
先にも触れたが、娘の存在が知れたのはほんの数日前。
そこからこの学園に入学するに相応しい教育など施せるはずもない。
急遽開かれた、クラス編成会議でも、アドナンは自分のクラスへの編入を強固に反対した。
都合よく人数が少ないクラスがあったので、無理矢理ねじ込まれる事は無かった。
ここ数日、寮でやらかした問題行動を耳にするにつれ、アドナンは件の娘が自分のクラスに組み込まれなかった幸運を神に感謝する。どの神か? ひとまずは──今日の守護神の火の神にだ。
同時に、アドナンは自分のクラスに組み込まれてしまった問題児のふたり目の事も思い出す。
エレン・クアマリン。
こちらも5大公爵家クアマリン家の令嬢だ。今まで一度も社交界に出てきていないことも、先のソニアと一致する。
だが、こちらはハッキリと間違いなくクアマリン家の令 嬢だ。
単に社交界に出ていなかっただけで、出生届けは生まれた時にクアマリン家から出されている。
社交界に出ていないということも、珍しくはあるが、無いというほどのこともない。
病弱などの理由で出てこない者は年代毎に5人はいる。
では、何が問題か?
実は、クアマリンの現当主とアドナンは学園の同級生だった。
それほど仲が良かったわけではないし、当主と三男という違いはあるが、同じ5大公爵家ということでそれなりに交流がある。……不本意ではあるが。
そんなクアマリンの当主から、娘が入学するので頼む。といった内容の手紙が届いた。
それだけなら、よくある話だ。
毎年そういった手紙は届くし、今年も他に3通届いた。
問題は、その娘が妾の子供だということだ。
(あの男の妾という事は……つまりは彼女ということだ)
アドナンと同年代以上で、その武勇を知らぬ者は居ない。
その名を聞けば竜が逃げるとも伝えられる、殲滅武姫。
ロマノア王国の首都で起こったと伝えられる惨劇は、当時の彼の国の騎士団長が彼女のお尻を触った事が発端だと伝えられている。
現在のクアマリン夫人はロマノア王国から人質として差し出されたという噂まである。
そんな人物を、どうやってかの公爵は妾にしたのか? この国最大の謎だ。
もっとも、こんなのは噂話だ。
今の若者で知る者などいないだろう、古い話だ。
殲滅武姫の逸話など、どれほど爪や翼がついているかわかったモノではない。
信じている貴族などいない。──アドナンもだ。
だが、クアマリンの当主からの手紙には……公文書であることを示す魔印が押された手紙には、こんな一文があった。
『ウチの妾がちょっかいかけるかも知れないから気をつけてくれ』
──彼のタチの悪い悪戯だ。そうに決まっている。
そう唱えながら、アドナンは担当する教室の扉を開けた。
2話とかであった家庭の事情はエレン視点のお話。
今回は第三者視点のお話。
……親のハナシでも鵜呑みにしてはいけません。
ストック確保できそうなので、次回は5日です。




