置き土産
「一体何が起きようって!」
目の前の事態に唖然としながら、それでも水橋の中の常識はまだ事態を己の手の内に収めようと無駄なあがきを続けていた。
恐ろしいほどの静寂だった。
気温が下がったかと水橋には思えた。
無意識に膝に置いた両手の平が膝の硬い皿の感触に「ここがまだ現実なのだ」という安心を得ていた。
「お嬢ちゃん、あんた何が起きてるのかわかってるんだろう?おじさんに少しでいいから何がどうなっているのか教えてくれないかな……」
自分が如何に情けない表情をしているのか自覚しながら、今の水橋にはそれを取り繕おうとする余裕も意志も無かった。
「私達にだって……決して全部わかってる訳じゃないんです」
見た目こそ何の変容も見せていない美咲だったが。
(この娘もなのか……)
耳の芯が痛くなるような静寂の中、水橋は眼前の少女に魅入っていた。
背後で動きを停めているあり得ない巨獣と霧の怪物にも慄きながら、水橋は目の前の少女が背後の存在と同じく霧の出現に呼応して変容を遂げた若者達の一員なのだという事実を認識して怯えた。
「アレを呼び寄せたのが他でもない私達自身だという事……」
正面を見据えたまま淡々と語る美咲。
「そしてアレを止められるのは私達だけだという事」
あくまで静かに、それが周知の事実だと言わんばかりの落ち着いた口様で語る美咲の佇まいに水橋はいつか見た最後の晩餐という壁画を思い出していた。
別に今目に映る光景が似ている訳でも無し。
何故今あの画を思い出すのかと訝しく思いながらも胸の内で呟くものもあった。
(今俺は福音を聞いているのか?)
何の根拠もなく。
何の謂れも感じられぬのに。
何故か水橋の心はそう告げていた。




