憐憫
人の形を捨て、翼竜へと姿を変えながらも。
弘明は自らの内に沸き起こる悲壮な情感に心を揺さぶられていた。
獣の様な激しい破壊衝動に突き動かされていながら、同時に湧き上がる周囲に対する激しい憐憫の情。
突き上げる激しい情動に逆らえずかつての後輩の変化した巨大な銀色の竜の喉笛に牙を突き立てその肉を引きちぎろうとするように咢を振るう。
自らの口腔が溢れさす涎と銀竜の喉が噴きだす血潮に牙を濡らしながら弘明は涙無くむせび泣いた。
(なんで彼女を守れなかった。なんで両親は寄り添えなかった。なんで俺は力なんて欲しがった)
口腔からとめどなく溢れ落ち己が喉元に滴る飛沫の感触が弘明の後悔をいや増し、潤のおこした気流が払った暗霧の遥か上に鮮やかに瞬く満天の星たちの煌めきが責める様に狂暴な翼竜へと変貌を遂げた弘明の眼を刺した。
(なんで邪魔するの!)
最早身体は完全に巨竜へと変身を完了していながら、まだ少女の一途さを微かにとどめている摩耶の意識が誰に言うともなく口走る。
(あたし達自分の居場所が欲しかっただけなんだよ?なんでそっとしておいてくれなかったの?)
巨大な銀の竜へと姿を変えた身体は行き場のない怒りに支配されて摩耶自身にもどうにもならない災厄へとなってしまっていながら、摩耶の奥底でずっと燠のように燻り燃え残っていた純粋な思いが周囲に吐き出されていく。
「只愛し合って寄り添っていたいと思う事がいけない事なの?」
不意に耳に飛び込んできた聞きなれない少女の声に水橋は愕然とした。
咄嗟に周囲を見渡すが当然誰も居ない。
「なんだ、今の声……」
助けを求める様に水橋が目を向けた美咲の視線は車の外、激しい格闘を続ける銀色の竜に向けられていた。
「摩耶……」
口を半開きに開けたままそのとぐろの中心に青白い光を携えた銀竜の放つ淡い燐光が美咲と水橋の乗るバンの車内も青い燐光で染め上げた。
美咲と水橋が見つめる銀竜のとぐろの隙間から燐光に包まれた人影が垣間見えた。
人影は一つとも二つとも判然とせず、男女の区別もままならぬほどぼやけたものだったが美咲にはそれが誰だかわかるようだった。




