応報
八神の逡巡は向かいの立花には伝わらなかったようで、うっすら無精ひげが浮かぶ顎に右手人差し指の第一関節を押し当てた立花は改まったように言葉を繋いだ。
「お二人に僕の推論をお話する機会を逸してしまいましたが」
急かすように八神が口を挟む。
「あのホワイトボードの事ね」
僅かに身を竦めた立花が小さく頷いた。
「はい」
要点が掴めない八神が焦れたように詰め寄った。
「気付いた事があるんならあんなボードを持ち出すまでも無く……」
「それではお二人に信じて頂けないと思ったんです」
語気を強めて話を遮ったのは今度は立花の方だった。
立花の勢いに八神は気を呑まれて口をつぐむ。
「説明するだけなら容易に出来るんですよ」
顎にあてていた指を外して立花は気弱げに頭を振ってみせた。
「でもそれじゃ八神さんも水橋さんも絶対信じない!」
不意に沸き起こった激情を押しとどめようとするように、立花は八神に視線も向けずに拳を強く握りしめた。
時計の針はとうに10時を回り、カウンターを預かっていた店員も奥に控えてがらんとした店内には自分達以外は居ない事を百も承知していながら。
八神はほんのわずかではあるものの、立花の語気の強さに周囲を窺ってしまった。
「立花さん……立花さんの心配もわかるけど……あたしや水橋さんだってど素人じゃないわ」
眼差しに僅かな異議を匂わせた八神に、立花が抑揚のない冷たい声色で告げた。
「あの霧。対抗できるのは子供達だけですよ。僕等大人には何も出来ない……」
異議を唱えかけた八神は思いもかけない立花の言葉に反論する術を失ってしまった。
(子供だけ?)
顎が引き攣り、悪魔の様な笑みが自分の顔に浮かびそうになるのを八神は苦渋を飲みながら耐えた。
「どうして?何故私達じゃダメなの?」
堪えきれずに八神は声に出してしまっていた。
「霧を産み出してる張本人がですか?」
ガクリと頭を下げた立花が今度は額を拳で支えた。




