愛ありて
潤の左手がもたらす焦熱が、周囲の気体を膨張させて体の周囲に気流を巡らした。
潤の身体を中心に、あたかも台風が芽吹く様に渦を巻き始める霧。
左手から湧きだす膨大な熱量がみるみる上昇気流を産み出して、邪悪な黒霧を上空に巻き上げる。
水橋の眼前であり得ない光景が出現していた。
(星が!見える!)
今夜は霧の猛攻に晒され街は漆黒に呑み込まれていたはずだ。
至近距離の光なら兎も角。離れた光なぞおよそ届きはしない。
(空なぞ見える筈が無い!)
心の中の水橋の叫びを、眼前の少年が差し上げた左手が起した暴風が薙ぎ払った。
霧を。夜を。少年が起した上昇気流が諸共に星空に巻き上げているのだ。
巻き上げられた霧が、宇宙に四散する。
「馬鹿な……」
呻くような水橋の言葉を背後の美咲が否定する。
「アレが……潤君の手に入れた力……」
振り向いた水橋が両目を限界まで見開いて少女の顔を信じられないようなものを見る目で凝視する。
「何を……何を手に入れたって?……」
掠れた声の水橋の問いに美咲が静かに答えた。
「人の身と引き換えに……」
一息継いで続ける。
「人間を捨てることで……あたしたちに力は与えられました……」
美咲は神託を告げる巫女の様に、厳かな口ぶりで水橋に語り掛けた。
車の外では。かつて少女であり、今は暴走する銀の龍と化した摩耶と、その摩耶の暴走を食い止めようと対峙するかつての上級生弘明の変化した翼竜が組みあい。
その両者を呑み込まんと押し寄せる黒霧の翼が蠢いているのに。
車中の水橋と摩耶は、そこだけ時が止まった様な空間で向き合っていた。
「何が起きているのか……」
再び息継ぎをした美咲が続ける。
「何故あたし達だったのか……。あたしにも潤君にも……。ううん、きっと巻き込まれたあたし達みんな、なにもわかっちゃいないけど……」
見つめる水橋の眼前で少女は滂沱と涙を流していた。
「感じるんです……理解はできないけど……どうしてこんな事が起きたのか。どうしてあたし達若者だけに戦う力が与えられたのか」
呆然と見守る水橋の前で、少女は項垂れて苦渋の表情を浮かべる。




