昇天
「止めて!!」
校庭の中央に聳えるそれを目の当たりにして、水橋はこれ以上踏みようもない程踏み込んだブレーキの反発に足首に痛みを覚えた。
「なんだこれは……」
見栄も外聞も蹴散らされた。
フロントガラスを埋め尽くす銀龍の巨体。
フロントガラスに顔を近づけて見上げても、鱗に覆われた胴体が見えるだけでその咢までは見えない。
「なんだこれは……」
顔面を蒼白に染めて水橋は再度呻いた。
「こんな物が居る訳が無い……」
現に目の前にある事象も、固定観念に凝り固まった水橋の意識は拒絶する。
とぐろを巻いた銀龍の胴体の半分は、校庭を埋め尽くしてそのとぐろの隙間から幽玄な青い光を周囲にばらまいていた。
隙間から漏れ出た光は周囲を取り巻く黒い霧を払って校舎の壁に鮮やかな閃光を閃かせた。
「あれは!」
後部座席から前方を覗き込んでいた美咲が隣の潤に問う。
「間違いない!弘明先輩だ!」
潤の言葉に前方を再度確認した水橋は、巨大な銀龍に対峙して宙にある翼竜を視認する。
(あれが?!あれがさっきまで病院に居たあの高校生だというのか!馬鹿な!!)
水橋は、これまでの人生で積み上げてきた己が人生が、音を立てて崩れていくのを感じていた。
(冗談じゃない……やっと……やっと娘が待望の孫を産んでくれたというのに……)
「美咲はここに!」
早口で美咲に言い置いた潤が躊躇う事無く後部座席のドアを開け校庭に躍り出た。
「何を!!!」
水橋が叫んだ。
「生身で!……」
一言言って後が続かない。
「踏み潰されるぞ……」
消え入る水橋の言葉を受けて、美咲が呻くように、それでいてドスの効いた声色で答えた。
「潤君なら……潤君なら止めてくれます……」
水橋は、生身で怪物に対峙する少年と。その少年の無事を信じて疑う風も無い後部座席の少女の有り様に言葉を失って前方に眼を戻した。
(なんだ?なんだあの少年は?)
前方の巨竜も、周囲の霧も気にも留めない少年の左手が、いつの間にか燐光を帯びていることに水橋は気付いた。




