産声
「ご主人でいらっしゃいますか?」
差し出された真っ赤な顔をした赤子に潤は凍り付く。
「2995グラム、立派な男の子ですよ」
美咲の寝ている病室の廊下にいた潤が呼ばれて来た病室の前。
出て来た年嵩の看護婦は潤を見初めるなり、我が意を得たりとばかりの微笑みでメリヤス地にくるまれた赤ん坊を潤に差し出した。
膝に抱えていた潤と美咲の子供に、愛おしそうに頬ずりして摩耶が席を立ったのは小一時間前。
「話の続きはちょっと後でね」
立ち上がった摩耶は赤子を潤に返すと言った。
「考えてみたらあたしまだ一度もお医者さんに診てもらってないのよね、ちょっと行ってくるから」
詳しい事情を聞いていないのだろう年嵩の看護婦は只医師に言われるまま産まれて来た子供を取り上げここに連れて来たのだろう。
潤を呼びに来た看護婦に自分の子供を預けた潤に今度は太一と摩耶の子供。
「それで、母親の様子は」
事情も言い辛くそれとなく聞く潤に看護婦はポケットから取り出して見ていたPHSの画面にちらりと目をやり潤の方に向き直る。
「至ってお元気ですよ、早くお父さんに見せたいっておっしゃってましたよ」
屈託ない看護婦の物言いが潤を苦しめる。
この子の本当の父親はもうここには居ない。
潤の腕の中で微かにむずかる幼子の温もりに胸を温められながらも、潤の背中はその事実に冷たい悪寒を感じずにはいられない。
自分と美咲の子供をこの手に抱いてから僅かな時間しか経っていないというのにこの事態の進行の早さはなんなのだ?まるで事態の進行速度が加速しているような気配だ。
「あの、彼女に会いたいんですが」
問う潤に微笑み返す看護婦。
「もちろん、労わってあげてくださいね」
言って潤を病室へ誘う。
カーテン越しに柔らかな陽光が差し込む病室に入った潤の目に、真白なシーツが敷かれた綺麗なベッド。
「あら、どこいったのかしら。いままでここで休んでいたのに」
辺りを見渡す看護婦だがもとより部屋にはベッドの他にはサイドテーブルと液晶テレビを乗せた棚が置いてあるだけで、隅に置かれた丸椅子も所在無げ。
ふとベッド上に目を向けた潤はシーツの上に小さな紙片を認める。
「命名、太一」
紙片を拾い上げる潤の手が震える。
こんな物を残して摩耶は何処へ行った。




