激情
「太一何処に行ったの?」
問いかける摩耶に潤は言い淀む。
「ちょっと用を足してくるって」
言って首を竦める様に摩耶の視線を外す潤。
「又太一ってば、こんな大事な時に」
口振りは咎めるようだが摩耶は満面の笑みを浮かべて腕の中でむずかる潤と美咲の子供を見つめる。摩耶の笑顔が潤の心を抉る。
摩耶に何と伝えればいいのか。
この異常な事態の中、潤達一同の中で一人だけ爪はじき状態だった太一。
その太一と人より早く心を通わせながら、潤と美咲に自分達が欲しくて堪らなくても手に入らなかった家族を持つことを先んじられた悔しさを、ようやっとその身の内に新たな命の息吹を感じたばかりだというのに。
廊下で交わした太一との会話を今の摩耶に伝える事など出来ない。
悪者になろう。
潤は辛うじてそれだけ心に決めた。
今のこの状況で、太一の動向を摩耶に伝えたりしたら。
それを想像して潤は色を失う。
ちらりと横へ向けた視線がベッド上の美咲と絡む。
気付かれた!
潤は自分等のうちに目覚めた伝心能力を呪った。
美咲の顔面から血の気が引いていく。
歪む美咲の表情に潤は懸命の目配せを送る。
今摩耶に気付かせてはならない。
摩耶に気付かれぬよう、小さく、けれど強く首を横に振り美咲に思いを伝える潤。
赤子を摩耶に預けた美咲の表情が限界まで歪む。
それでも美咲は声を押し殺し潤に向けて首を傾げて見せる。
その美咲に潤は優しく、そして残酷に首を縦に振る。
美咲が静かにシーツに顔を埋めた。




