垣間見える物
「で?何が掴めたんだい」
以前デパートだった頃にフードコートとして使われていたという広い空間に、まばらに配置されたテーブルの一つに陣取った水橋と立花は、紙コップの液体をゆるゆると廻しながら首を突き合わせる。
まばらなテーブルにはこれもまたまばらに職員が腰を下ろし、それぞれのひと時を過ごしている。
「霧の正体は分かりません」
取り付くシマもない立花の物言いに水橋は軽く頷く。
これは水橋も想定内だ。
放水車を霧と戦う兵器とみなした立花の思考回路は自分等凡人とは違うのだ。
今更お手上げ宣言なぞ聞かされてもそれをそのまま受け取るほど水橋も呆けてはいない。
「君の思ってる事だけでいいよ」
紙コップの微糖コーヒーを流し込んで水橋は話の続きを促す。
「今回の出来事がどんな結末を迎えるにせよ」
一拍置いて立花は続ける。
「いずれ又霧は発生しますよ」
未だ霧への対応も暗中模索のこの状況で、現状終了後の話しを始める立花の姿に、紙コップを揺する水橋の手が止まる。
「人間が変わらない限り、恐らく霧は何度でも出現します」
立花は続ける。
フロアの向こう、壁には窓が大きく広がっている。
フードコートとして使われていたからだろう、壁で囲まれていることが多い建物の一部が大きく外部に開かれて陽光をフロアに届けている。
話している内容が内容でなければ、男二人が陽光差し込むテーブルに向かい合う光景は滑稽な物とも言えた。
「まるで霧を発生させているのは我々自身だとでも言いたそうな…」
そこまで言って水橋は息を呑んだ。
水橋の頭の中で何かがグルグルと動き始めた。
形にはならない。
浮かんで動いているものの正体も朧で。
だが、確かにある方向へ向かって何かが動き始めている。
「予め言っておきますが確たる証拠がある訳でも、これといって皆さんを納得させる論拠を持ち合わせている訳でもありません」
陽光の差し込む窓に目を向けて、独りごとを聞かせてでもいるかのように淡々と話し続ける立花。
「詳しい話は八神さんが目を覚ましてからしますが」
言われて水橋も思い出す。仮眠を取りに行ったという八神を二人は起こしてきていない。
検査が終わったら直ぐに起こすとハッキリ約束しておきながら、まるでそんな約束などしていないかのように立花は八神の事など持ち出しもしない。
水橋も八神の事に思いを寄せたが、口に出さない立花の思惑を察してか口に出さない。
「この事態、収束するのかねえ」
もうほとんど残っていない紙コップのコーヒーを啜ると、誰に言うともなしに呟いてゴミ箱に立つ水橋。
空の紙コップを親指と中指でつまんでゆらゆら歩く水橋の視線の先に髪をかき上げながら近ずく八神の姿。
紙コップを燃えるゴミと書かれたポリ容器に放り込んだ水橋を追いかけるように立花の据わるテーブルに近づいた八神。
「どうして起こしてくれなかったのよ」
口を尖らせて立花を睨みながら水橋に続いてテーブルに着いた八神に。
「あんまり安らかな寝顔だったもんですから」
言って立ち上がる立花。
「ブラックでいいんでしたっけ?」
鼻に皺を寄せて頷く八神に水橋は苦笑する。
立花の奴。八神の様子なぞ観にも行っていない癖によく言う。
只のガリ勉だと思っていたがそうでもないらしい。
自販機から戻った立花は八神の前に紙コップを置くと水橋の前にも紙コップを置く。
水橋が手に取って匂いを嗅ぐとさっき飲んだのと同じ微糖。
ちゃっかり水橋が飲んで居たコーヒーの種類まで把握していたようだ。
やはり油断の出来ない男だと目の端で立花を見やり、寝起きの八神の疲れた姿に視線を戻す。
男二人に妙齢の女性一人、それぞれの妙な気遣いが交錯して静かなフロアに八神の啜るコーヒーの熱い音だけが小さく響く。
八神のほつれ毛に疲れを垣間見て水橋はため息をつく。




