灯火
「あたしにも」
美咲の枕元、客観的に見れば決して可愛いとは言えない、サルの如き産まれたての美咲と潤の子供に、摩耶は激しく心を揺さぶられる。
「あたしにも抱かせて…」
いう声が自分でも震えているのが分かる摩耶。
憔悴しきっていると見えた美咲の顔に血色が戻りつつあり、静かに頷く美咲の顔が美しく輝いて見え、摩耶の心に激しい嫉妬心を呼び起こす。
壊れ物でも触れるように差し出した摩耶の手に収まる新生児。
摩耶の腕の中でむずかる乳児。
元気よく泣きだす赤子の泣き声に摩耶の顔面が大きく歪む。
下腹部に激しい痛みを感じて思わず前に屈みそうになりそうになる。
あたしの赤ちゃんがこの子の呼びかけに答えている!
激しい痛みが教える真実に摩耶の表情が大きく歪み、双眸から熱いものが溢れ出す。
摩耶の表情に、事態を理解した美咲が両手を差し伸べる。
産まれたての赤子を間に挟み抱擁する美咲と摩耶。
二人の様子に潤は病室を後にし廊下へ出る。
廊下に出た潤の元に近ずく太一。
太一は美咲の赤ん坊との面会を許された病室へは入らず、何故か廊下で待っていたのだった。
「赤ちゃん元気か?」
落ち着いた声で潤に問う太一に潤が聞き返す。
「元気だよ、そんな事より太一、お前」
「うん、解ってる」
言うだけ言って太一は廊下の壁に背中を預けたまま潤に告げる。
「なんとか男としての最低限の務めは果たせたと思う」
「最低限って、まだまだこれから…」
言いかける潤に太一は淋し気な顔を向け答える。
「すまん、俺にはもう大して時間が残されてないみたいなんだ」
太一の言いぶりに冗談や思い付きでは無いと察せられて潤は口をつむぐ。
「予知能力ってのか?頭悪くて良くわかんねーけど」
既にあきらめがついているのか至って落ち着いた口振りに潤は言葉も無い。
「美咲が無事に出産出来たって事は、俺と摩耶の子も」
潤に向かってウインクしてみせる太一。
「せっかくお前等みたいに凄い能力身に着けたってのに、身についた能力が自分の最後を見る能力だとはね」
自嘲の笑みを浮かべて太一は脇腹を押さえる。
「なんとかならないのか?せっかく子供が出来るってのに摩耶を一人にするつもりなのか?」
問い詰める潤に太一は苦し気な笑みを返す。
「あの子を取り返す時、霧の作った偽坊主に何かされたらしい。内臓の痛みがだんだん大きくなる」
慌てて駆け寄る潤。
「直ぐに先生に!」
優しく首を振る太一。
「もう見えてるんだ…」
太一の笑顔は優しくてそして凄惨。
「これから俺は皆の為に最後の勤めを果たしに行く」
「勝手な頼みだが摩耶を頼む」
太一の言葉に潤は答えられない。
太一の様子に、太一の言葉が全て真実で避けようの無い事だと確信出来ていながら、潤の良心がその事実を認める事を拒んでいる。
拒めるはずもない事実に抗う潤。
「なんとか、何とか考えよう」
「まだ終わっちゃいないんだ、まだ方法があるかもしれないじゃないか」
無駄と知りつつ言わずにはいられない潤は言葉を絞り出す。
廊下の壁に背を預けた太一はそんな潤の姿を優しく見つめている。
「不思議だよなあ、お前の事良く知りもしなかったのに、残していく女の世話頼むことになるなんてなあ」
もう達観したような太一の物言いに潤が反論する。
「頼むなよ!良く知りもしないんだから頼むな!自分の女位自分で守れよ!」
責めるような潤の言葉に太一が笑いながら呻く。
「ひでぇ奴だなお前、大人しそうな顔して不良の俺に意見するとか」
痛みが増しているのか笑顔が引き攣っていく。
「これから死地に赴こうってんだ、嘘でも守るって言ってくれよ」
太一の目じりにはもう光るものが有る。
「嫌だ、俺はお前の女なんか守らない。だが男の情けだ、お前が戻って来るまで彼女を預かっといてやる」
滲んで太一の顔も良く見えない潤は、せめても精一杯の嘘で太一に約束する。
「ありがとう親友」
滲んだ視界の向こうに歩み去る太一の姿に潤は声も無く立ち竦んでいた。




