土産
乳児を抱いて病室に戻った太一に、周囲の眼も気にせず唇をぶつける摩耶。
病室のベッドに横たわる美咲の隣の椅子に佇む順子が夢遊病者の様に立ち上がる。
摩耶の口づけを振りほどくように乳児を差し出す太一に、恭しく両手を差し伸ばす順子。
「どうやって」
赤子に頬ずりしながら訪ねる順子に、摩耶の肩を抱きながら太一は答える。
「俺にも良くは分かんねーんだけど」
ここで太一は一拍置いて、ベッドの向こう、潤に訳ありげな笑みを投げる。
「ピンと来たって言うのか」
学の無い太一には上手い表現が出来なかったのだろう。それでもなんとか伝えようと努める。
「お前と休んだバス停あんだろ?あそこで見つけたんだよ」
太一の様子に、潤は太一も何かしら掴んだのだと気付いた。
口下手ながらも奪還の様子を語る太一の話に耳を傾けながら、美咲は順子が抱く乳児に手を伸ばす。
「可愛い赤ちゃんね」
乳児を美咲のそばに寄せながら順子は言う。
「良平って言うんです」
聞いた様な名前に美咲は聞き返す。
「良平君?いい名前ね」
「ええ、お父さんから貰った名前なんです」
僅かに淋しさを覗かせる順子の言葉に、潤も美咲も静かに頷いてみせる。
伸ばした美咲の指を掴んだ良平と呼ばれた赤ん坊はその指を口に持って行くとしゃぶりだした。
「あ」
良平の可愛い舌が指先を舐める感覚に美咲の下腹部が反応する。
枕元の潤に目で合図する美咲に、潤はナースコールのボタンを押しながら頷く。
「来そうなのか?」
尋ねる潤に美咲はわずかに顔を顰めて頷く。
何もかもが急すぎて潤に考える隙を与えてくれないが、寧ろその事が悩む暇も与えず、勢いに任せて動く他ないので潤にとっては幸運とも言えた。
美咲の様子に、太一が肩を抱いた摩耶を廊下に促す。
「外に出て居よう」
廊下に出た太一は摩耶の手を取りゆっくり廊下を歩きだす。
「どんな子が産まれるんだろうな」
隣の摩耶に語り掛けながら太一は脇腹に微かな痛みを意識し始めていた。
太一もみんなと意識を共有することが出来るようになったようだ。
だが同時にもう一つの能力が自分に目覚めた事に気付き太一は臍を噛む。
もうあまり時間が残されていない。
残された時間でどれだけの事が出来るだろう。
明確なビジョンでは無いが、自分にはもうあまり時間が残されていない事だけは紛れも無く実感出来た。
予知能力か?
僅かな知識で考えてみるが詳しくは太一の頭では分からない。
微かに脳裏に浮かぶビジョンに太一は決意を強くする。
思い残す事だけは無いようにしないとな。
摩耶の手を握りしめる拳に力を一層込めて手を引く。
霧の中で異変を感じてからこの方、控えめだった太一の積極的な態度に摩耶は胸騒ぎを覚えた。
何処へ連れて行こうというのか?
心なしか歩を早める太一の足取りに何故か不安が頭を擡げる。
「何処へ行くの?」
摩耶の問いに、太一は指を絡めた摩耶の手を目の前にかざして言う。
「やり残してる事が有んだろ?」
言って微笑んだ太一の笑顔に摩耶は何故かぞっとした。
何故?
太一は微笑んでいるのだ。
なのに何故悪寒が走る?
思わず立ち止まり掛ける摩耶の手を、熱い太一の掌が前へと誘う。
嫌だ、嫌だと身体が叫んでいるのに、摩耶の身体は太一に引きずられていく。
引きずられながら摩耶は太一の事を考える。
家にも学校にも、心休まる居場所を見つけられなかった摩耶が、ようやく見つけたささやかな居場所。
それが太一だった。
粗暴だが根は単純。
あたしの太ももにご執心で、扱い方さえ覚えてしまえば忠実なしもべ。
そのしもべがあたしの元を離れようとしている。
理由はないが漠とした不安がそれを教えて摩耶を怯えさせる。
エレベーターホールに辿り着くと、太一は一般用では無く、職員用エレベーターの前に立ちボタンを押す。
到着したエレベーターに乗り込むと太一は迷わず最下層のボタンを押す。
太一と一緒に居るのに何故か不安に包まれた摩耶は階層表示が徐々に減り、B2という表示で止まるのを感じる。
開いた扉の向こうは只白いだけの廊下。
廊下の突き当りに大きな扉が見えるが廊下の左手にこれも大きな扉が見える他は、廊下の右手にベンチが数台おかれているばかり。
ヒンヤリとした廊下に摩耶を連れ出して太一は口を開く。
「落ち着けるとこここぐらいしか思いつかなくてさ」
苦笑しつつベンチに誘う太一に、諦めに似た寂しさを感じながら摩耶は太一の元へ歩み寄った。




