覚悟
ビジネスホテルに着いた潤達はフロントで咎められる事も無かった。
美咲の姿に一瞬動きが止まったフロントマンだが、格別身元を確かめられることも無かった。
4人とも制服のままなのだが、フロントマンもそれどころではなかったのだ。
人混みでフロントはごった返し、一部屋だけでも取れたのは幸いだった。
行くあてがあった人は既に鉄道の上なのだろうが、あての無い人達はせめて脱出しやすい駅周辺に留まる事を望んだのだろう。
部屋のキーを受け取った太一が一同を促す。
促されて太一の後を追いながら、潤は太一の妙な挙動を訝しんだ。
なんだ?今俺達を見た太一の視線が泳いでいた。
なんだ?太一は何を見た?
太一に続いて小さなエレベーターに乗り込む。
太一に続いて潤、摩耶に、手を取られながらお腹を抱える美咲。
小さな室内に身を寄せ合うように乗り込んで、4人の息吹が重なり合う。
該当階に着くと太一が潤にキーを差し出した。
「先に部屋行っててくれ」
何故か潤に目配せする。
訳が分からないながら、太一の言葉に従う。
エレベーターの扉が開くと、再び太一が口を開く。
「俺ちょっと寄るとこあるから先に部屋に行っててくれ」
唖然と見守る潤達3人の目の前でエレベーターの扉は締まり、階層表示が小さくなっていく。
「こんなとこいてもしょうがないし、部屋行こ」
行動力のある摩耶に引っ張られて部屋のカギを握りしめる潤。
部屋に入ると早速部屋の物色を始めた摩耶。
大きいとは言えないが確かにベッドは二つある。
太一は利用したことが有るんだろうか?潤の脳裏にさっきの太一の戯言が蘇る。
「まあ、観光じゃ無いんだから充分よね」
ベッドの一つに腰掛けて足を組む摩耶。
腰の部分を捲っているのか膝上がかなり見えて、潤は目のやり場に困る。
窓際に移動して外の様子を見ようとするが、立地条件が悪いのだろう、窓の外に見えるのは隣のビルの外壁。
トイレのドアが開く気配に振り向いた潤は美咲の姿に凍り付いた。
ゆっくりベッドに歩み寄り、腰を下ろした美咲。顔面が蒼白だ。
自分も蒼白になりながら、潤はゆっくり美咲に歩み寄り、覆いかぶさるように無言で美咲を抱きしめる。
「車を借りた!すぐ病院に向かうぞ!」
ドアを乱暴に開けた太一が叫んだ。
太一の叫びに潤はたった今見た現実を再認識する。
美咲の腹が膨らんでいた。
喫茶店ではそんな気配は無かったのにここに着くまでのわずかの間に成長したというのか。
太一が最初に気付いたのだ。
美咲が瘧を起こしたように激しく震えている。
そのくせ美咲の身体はひどく冷たい。
我が身で美咲を温めようときつく抱きしめて頬を摺り寄せる潤。
美咲を抱えるように一回に降りた潤達はホテル前に止められたワンボックスカーに乗り込む。
一見の高校生に良く車を貸してくれたものだと潤は思ったが、運転席の太一の肝の据わった眼光に頷かされる。
霧のもたらす不思議な力に、この世ならぬ異能の力を与えられた潤、摩耶、美咲。
一人取り残された太一の覚悟は如何ばかりか。
スライドドアが閉まるのとタイヤが鳴るのが同時だった。
「あんまり揺らさないで!」
太一の乱暴な運転に摩耶が怒鳴る。
「わかってる!わかってるんだけど」
言い淀んで太一が続ける。
「霧が、また湧いてきてるんだよ!」
太一の青ざめた横顔の向こうに、車を追いかけるように湧きだした霧。
「美咲!」
叫んで太一が尚もアクセルを踏み込む。
「病院に着くまでだ!そしたら後は何とかする!」
少年少女の思惑を無視して事は冷徹に進行していく。




