禁忌
気が付けば既にテーブルの上の食材はほとんど無く、椅子を寄せた弘明と明美がボトルを眺めつつグラスを傾けている。
明らかにウォッカに呑まれている弘明の身体が心なしか揺れている。
突然グラスを置く弘明。
様子に驚いた明美の問う眼差しに弘明が答える。
「赤ちゃんが泣いてる…」
母親である自分が先に気付けなかったことにわずかに恥を感じながらも立ち上がる明美。
「お乳あげて来るから」
心配そうな目を向ける弘明に言葉を続ける。
「大丈夫、まだ母乳まではアルコール回ってないから」
明美の言葉に根拠が有るのか知らないが、そもそもアルコールの所為で思考も濁っている弘明は頷く。
「一応お湯は沸かしておきますから」
弘明の言葉に微笑んで明美は2階に向かう。
明美が消えたダイニング。
弘明は電気ケトルにミネラルウォーターを入れるとスイッチを入れる。
普段一人きりの弘明。その気になればアルコールだろうがタバコだろうが思いのままなのだが、世の中のあらかたを馬鹿にして、人々の楽しみすらも下種の行為とせせら笑っていた弘明は、そのプライド故にアルコールもタバコも手にした事が無かった。
自分でも酔いが回っている事には気付けたが、だからどうすればいいのかなぞ弘明に分かるはずも無く、揺れる頭でお湯だけは沸かしてポットに入れておかねばと、ふらつく足でポットを探す。
念の為おむつも確認してから母乳を与える明美。
母乳を与えながらいつにも増して乳が張る事に気付く明美。
思い当たる事はあるのだ。
暫く押し込めていた疼きが身体の中で罪悪感と共に頭を擡げていた。
あの男とあんなことになって以来、封印していた「女」が外へ出たがっている。
自分はあの少年の善意を利用しようとしている。
あまつさえ、それを利用して自分の身勝手な欲望さえ叶えようとしている。
むくむくと抑えきれぬ疼きに身を委ねようとする自分が醜い娼婦の様に感じて吐き気を覚える。
だがそれと同じく、いやそれ以上の渇きを訴えるおのれのいやらしい身体。
相手は無垢な少年。成熟した明美の手に掛かれば容易く篭絡出来るだろう。
飢えた明美の身体は若い弘明の肉体に組み敷かれる我が身を想像して震える。
おかしい。
理屈では辻褄が合うようだが、湧き上がる疼きが尋常ではない。
何時から自分はこんな風になったのか?
あの男と別れてから大分経つが身体の疼きなど感じた事は無い。
それが今この時になって何故急に沸き上がった?
自分の気持ちに違和感を覚えながらも、子供が熟睡していることを確かめると明美はダイニングに降りる。
頭の中で鐘が鳴る。
そんな幻聴に目を覚ました弘明は、自分がベッドに仰向けていることに気付く。
ダイニングでお湯を淹れて居た筈。
いつ部屋に戻って何時ベッドに倒れ込んだか覚えていない。
これが酔っぱらうと言う事なのかとぼんやり考える。
明美はどうしたんだったか?
赤ん坊はどうしたんだったか?
部屋がぐるぐる回る様な感覚に目をつぶる。
どれぐらいそうしていたのか、ベッドが揺れる感覚にかろうじて目を開けて横を見る。
バスローブ姿の明美がベッドに腰掛けている。
「御免ね、飲ませすぎちゃったよね」
言いながらゆるゆると動く明美の姿を、不思議な眠気と戦いながら弘明は見つめる。
あり得ない。
こんな事はあり得ない。
茫洋と揺らめく意識の中でも弘明は明美の言葉を必死に聞きとめようと意識を集中する。
自分はどうかしている。
バスローブの腰紐を緩め、バスローブを肩から外しながら明美は弘明にのしかかる。
自分は何か得体の知れない者に憑りつかれている。
明美の脳裏に、外でもない目の前の少年に引き裂かれる自分の姿が浮かぶ。
自分の未来を観ているのかもしれないと思いつつ弘明に絡みついた。




