束の間
「こういうの良く分からなくて」
上気した顔で有名なデパートの紙袋を幾つも部屋に持ち帰った少年はご丁寧にこう付け加えて行った。
「1階奥にバスルーム有ります。洗濯乾燥機もあるんで使ってください」
「あ、あとちゃんとレジにお金は置いてきましたんで」
「両親がお金だけは充分に送ってくれてるんで」
聞いてもいないあれこれをまくしたてるように言った。
逃げ出すように部屋を出て行った弘明を見送って、目の前に並べられた紙袋の列にまず明美は口をあんぐり開ける。
手始めに一番大きな紙袋を見れば、カーディガンやらサマーセーターの類。
何着も入っている。
次の紙袋には色とりどりのスカート。
次の紙袋に手を差し入れて明美は失笑を禁じ得なかった。
これまた色とりどりのショーツ。
一体どんな顔でこれらの商品を選んだのだろう?
まだどう見ても童貞と見受けた少年。
身体こそ明美よりずっと大きく、大人の身体はしていたが、明美も子供を産んだ経験を持つ女。
あの少年が、未だ女性も知らない事は感で分かった。
それに異性に対する知識も免疫もだ。
紙袋の中の衣類はどれもMサイズ。
号ではなく範囲の広いサイズ表記のものばかり選んできたのは女性を知らない男の子にしては上出来の選択だ。
少年が買い物?に行っている間に子供のおむつも変え、乳を与えたおかげで赤子は熟睡している。
「今のうちに汗を流して来よう」
呟いて少年の持って来た下着に手を伸ばす。
部屋に戻った弘明は、勢いで自宅に明美たちを連れて来たものの、この後どうしたらいいのか考えが有った訳でも無く、途方に暮れていた。
取り敢えず食料は有る。
元々独りでいる事を好む弘明に配慮して、一階のダイニングキッチンに置かれた業務用と見まごう巨大な冷蔵庫には弘明一人なら優にひと月は食い繋げるだけの食材は備蓄されている。
家政婦は食料の備蓄と宅内の清掃、洗濯を済ませて弘明の私生活にはほとんど干渉しない。
弘明がそう云いつけたからだ。
電気やガスは止まってはいないし、暫くは暮らしていくのに不自由はしないが、だからといってその後どうしようというのか。
いざそこまで考えが及んで如何に自分が考えなしに明美をこの家に招いたか悔やまれた。
だがあの時ここまで考えが及んだとして、その後の行動に変化はあっただろうか。
弘明はそれ以上自問自答するのを辞めた。
腹ごしらえでもしようかとダイニングに立ちかけて、2階から微かな赤ん坊の泣き声。
スーパーの倉庫で明美がしていた行為を真似ておむつの臭いを嗅ぐとまさしくそのものの匂い。
明美の姿が見えないところを見ると風呂に行っているのだろう。
おむつの変え方なぞ知らないが、変えてやらなければ泣き止むまいと覚悟を決めておむつを外しに掛かる。
倉庫で明美がやっていたのを真似てマジックテープを外し前を開く。
おむつを外そうと赤ん坊の上にかがんだ瞬間、迸る赤ん坊の小水に顔面をもろに打たれる。
驚いたが、同時に思っていたような匂いも感じず、嫌悪感も覚えない。
何故だ?弘明は自分で訝しむ。
赤ん坊の物とは言え、尿だ。何故嫌悪感を感じない?
ふと気づけば赤ん坊の泣き声が小さくなっている。
先程までのひきつけを起こす様なこえではもうない。
むずかる様な啜りあげるような泣き声だ。
不意に思考が覚醒する。
早く変えてやらなければこの子が風邪をひく。
ベッドの脇、紙おむつの横に置いてあったおしり拭きで可愛いお尻を綺麗に拭いてやり、新しいおむつでくるんでやる。パイル地の乳児服でつつんでやる頃にはすっかり静かになり、手足をパタパタやり始めた。
赤ん坊の様子に安心して弘明はその場にへたり込む。
「変えてくれたんだ」
声に振り向いた弘明の視線に、白いバスローブにくるまれた明美の姿。
どうやらバスルームのクローゼットに掛けてあった母のバスローブを着て来たらしい。
駆け寄った明美は首に掛けていたタオルで弘明の顔を拭く。
「今度は君が入ってきて」
上気した明美の後れ毛に気後れを感じながら、それでもしっかり頷いてタオルを受け取り立ち上がる弘明。
ドアを閉めかけ明美のうなじに一瞬弘明は視線を奪われた。




