実り
第十五話 実り
⸻
数週間が経った。
⸻
畑が、育っていた。
⸻
最初の芽は細くて頼りなかった。
風が吹けば折れそうで、土に触れれば潰れそうで、そんなものだった。
でも今は違う。
茎が太くなった。
指で軽く押しても、しなって戻る。
葉が広がった。
太陽を受けるように、空へ向かって伸びている。
そして。
穂のようなものが、顔を出し始めていた。
⸻
(これ、普通に正解だったんじゃないか)
⸻
シンは畑の前に立って、しばらくそれを見ていた。
風が吹く。
穂が揺れる。
同じ方向に揺れて、同じように戻る。
その動きが、妙にきれいだった。
⸻
揉めた。
南が要求を高じさせた。
ミチヌシが来た。
色々あった。
でも。
育った。
ちゃんと、育った。
⸻
「でかくなったね」
⸻
ユナが隣に来た。
収穫用の器を抱えている。
⸻
「そうだな」
「食べられる?」
「今日あたり、いけるんじゃないか」
「本当に?!」
「たぶん」
「また、たぶんか」
⸻
ユナは笑いながら、穂を一本手で触った。
指先でつまんで、軽く押す。
粒の詰まり具合を確かめている。
⸻
「……ある」
「重さ?」
「うん。ちゃんとある」
⸻
ユナの顔が、少し変わった。
笑っているのに、目が潤んでいる。
泣いているわけじゃない。
でも、そういう顔だ。
⸻
(感動してる)
⸻
シンは少しだけ息を吐いた。
自分には、この感覚が薄い。
知識としては分かる。
価値も分かる。
でも、“感動”まではいかない。
⸻
(いいな)
⸻
そう思った。
⸻
収穫を始めた。
⸻
穂を摘む。
束ねる。
器に入れる。
単純な作業だ。
でも、誰も手を止めない。
⸻
コトも手伝う。
穂を雑に引っ張って、途中でちぎってしまう。
⸻
「コト、それは引くんじゃなくて」
「こう?」
「違う、もうちょっと根元から」
「むずかしい」
⸻
老人も来た。
腰を曲げて、ゆっくりと穂を摘む。
女たちが来た。
手際がいい。
無駄がない。
⸻
皆で、少しずつ穂を摘んでいく。
⸻
風が吹く。
土の匂いがする。
乾いた草の匂い。
汗の匂い。
⸻
作業の中で、ユナの腕がシンの腕に当たった。
狭い畑だから、仕方ない。
ユナは気にしていない。
⸻
シンも気にしないことにした。
⸻
(いやまあ、近いけど)
(文化の差)
(文化の差だから!)
⸻
汗が額を流れる。
ユナが袖で拭う。
ざらついた布が肌に触れる。
無造作な動作だ。
でも、その動作が妙に自然だった。
⸻
時間がゆっくり進む。
⸻
収穫が終わった頃、夕方になっていた。
⸻
器に集まった穂を、皆で眺めた。
多くはない。
山のようにあるわけではない。
でも、ある。
確かに、ある。
⸻
ゼロじゃない。
⸻
それが、重要だった。
⸻
老婆がその前に立った。
誰も喋らない。
風の音だけがする。
⸻
老婆が空を見上げて、短く何かを言った。
言葉は分からない。
でも、分かる。
これは祈りじゃない。
感謝だ。
⸻
借りて、返す前の。
受け取ったことへの、感謝。
⸻
シンは西の森を見た。
⸻
静かだ。
静かすぎる。
⸻
鳥の声がない。
風の抜ける音も弱い。
“何もない”静けさではない。
“抑えられている”静けさだ。
⸻
(ミチヌシ)
⸻
あの目を思い出す。
品定めするような目。
測るような目。
⸻
(見てるな)
⸻
どこかで、この収穫を見ている。
⸻
西の森は、何も言わなかった。
ただ、静かだった。
⸻
(第十六話へ)




