第34話 澪の呼び出し
放課後、奏太は澪に連れられて教室を出た。
このところは授業が終わるといつメンと遊びに行くか家に帰るかの二択だったので、昇降口に向かわないのは随分と久しい感覚である。
澪の先導でやってきたのは屋上だった。
昨今の学校としては珍しく、戸神高校では生徒に屋上が開放されている。
校内の密かな人気スポットの一つであった。
「今日は暖かいわねー」
フェンスで覆われた広々とした空間に出た途端、澪は気持ちよさそうに伸びをする。
ここ最近は秋雨前線がやる気を出していて、しとしとと冷たい雨が降っていたが、今日は雲ひとつない青空でぽかぽかしていた。
「どうしてここへ?」
奏太が尋ねると、澪は伸びをやめてこちらを振り向く。
「別に屋上に来た事に意味はないわ。二人で話したかったの」
「内緒話をするにしては随分とオープンなんだね」
乳繰り合うカップルや楽しく駄弁る友人グループなど、ちらほらと点在する先客を見遣りながら奏太が言うと。
「あら、図書準備室の方が良かったかしら?」
心臓が飛び出るかと思った。
驚きが分かりやすく表情に出た奏太を見て、澪は「やっぱりね」と小さく笑う。
「……知ってたの?」
「放課後、いそいそと図書準備室に向かう奏太を何度か確認しているわ」
「ということは……」
高速で回転する頭が、ある一つの可能性を導き出す。
「もしかして把握してる? 俺と、文月のこと……」
「放課後によく二人きりで図書準備室にいる、くらいなら」
「それはもうほぼ知っていると同じなんだよね……」
この時点でもう、何か隠そうとか誤魔化そうとか、そういう気持ちは霧散した。
不思議と焦りはなかった。
そもそも、バレたらその時はその時くらいのテンションでいたし。
(とはいえ、まさか澪に知られるとは……)
苦笑を浮かべる奏太に、澪は尋ねる。
「付き合ってるの?」
「べふっ!!」
突然のぶっ込みに思わず吹き出してしまう。
「大丈夫?」
ごほごほと咳払いしつつ、澪に掌を向けて大丈夫の意思表示。
「つ、付き合ってないよ! どういう関係かと聞かれると……友達、だと思う」
文月が自分を友達として見てくれているかどうかは別として。
「なるほどね。それは本当のようね」
顎に手を当てて頷く澪に奏太は尋ねる。
「というか、なんで気づいたの?」
「気づいた、というか……初めにあれっと思ったのは、街で奏太と文月さんが二人で歩いているのを見かけた時よ」
「あれかー」
いつかの休日、文月と二人でカフェで読書をした帰り。
塾帰りの澪とたまたま出くわして、奏太は必死に誤魔化す羽目になった。
「初めて話したという割には、二人の空気感が初対面のそれじゃなかった気がしたの。それに、文月さんは嘘がバレた子供みたいに挙動不審だったし、奏太に至っては完全に顔に出てたわ」
「俺ってそんなに分かりやすい?」
「何を今さら」
「デスヨネ」
「それから、悠生のボウリングの誘いを家族との用事で断る事があったじゃない? その時も、奏太の目が泳いでた。なんか怪しいなと思って尾けてみたら、奏太は図書準備室に入っていくし、中からは文月さんの声がするしで確信を持った感じかな」
「探偵みたいなことするね!?」
「分からない事を分からないまま放っておきたくない性なの。知ってるでしょう?」
「重々承知でございます」
「一応言っておくと、会話内容までは聞いてないわよ? やっぱり、二人は仲が良かったんだなって合点がいって満足したし。あとこの事は誰にも言ってないから、安心しなさい。人の目を気にする奏太が文月さんとの関係を公にしたくないのも察してたから」
「何から何までお見通し過ぎる……」
「元カノを舐めないことね」
ふふっと、澪は悪戯っぽく笑う。
今まで奏太が何度もときめいた、可憐で色っぽい表情。
しかしすぐに澪は初めな顔に戻って。
「今日、時間を貰ったのは、文月さんの事についてよ」
本題とばかりに、澪が尋ねる。
「文月さんが学校に来なくなった理由、知ってるわよね?」
「……うん」
こくりと頷く奏太の目に曇りが生じたのを、澪は見逃さない。
「奏太がここ数日元気ないのも、それが原因よね?」
「…………うん」
本当にお見通しだなあと、奏太は戦慄さえ覚える。
「理由、話してくれないかしら?」
「いや、でも……」
澪に時間を取らせてしまうのは申し訳なさがあった。
しかしそれもお見通しとばかりに、澪がずいっと迫ってくる。
「知ってるわよね? 私、分からないことを分からないままにしておくのは我慢ならないの。それに……」
奏太の目を真っ直ぐ見て、力強い声色で澪は言う。
「私たち、友達でしょう? 力になりたいの」
その言葉に、奏太の胸に温かい気持ちが到来した。
知りたいから話してほしいと澪は言ったが、一番の理由は奏太を心から心配しているからだろう。
付き合いが長いから、わかる。綾瀬澪という人間はクールでサバサバしているように見えて、とても優しい女の子なのだ。
(……本当に、澪には助けてもらってばっかりだ)
中学の頃に付き合っている時、慣れないエスコートをして失敗した自分を澪は何度もフォローしてくれた。
昔のことを思い出して、自然と笑みが溢れる。
「……そう、だね」
ここまで知られているのであれば、今更隠す事もない。
それに正直なところ、話せるのなら誰かに話したい気持ちではあった。
ここ一週間ずっと、文月の事で悶々としていて日常生活に支障が出始めていたから。
澪の善意に甘える事にした。
「少し、話が長くなるかも」
「今日は暖かいから、大丈夫よ」
そう言って、澪は余裕げな笑みを浮かべた。




