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第35話 自分という人間の正体

 澪とフェンス沿いに腰掛けて、これまでの経緯を話し始める奏太。


 文月との書店での出会い、それをきっかけに読書を始めた事。

 文月にお薦めされた本を、放課後一緒に図書準備室で読むようになった事。

 

 それを踏まえて、文月が学校に来なくなった理由……悠生との一件のあと、文月が言った「一人でいたい」の事。


 文月の過去については、小学から中学時代にいじめを受けていたという、彼女が「一人でいたい」という発言に至った事がわかる触りの部分だけ説明した。

 

 文月自身、あまり人には知られたくないだろうという配慮からだった。


「……なるほど、そういう事だったのね」


 奏太が話し終えると、澪は深く息を吐き頷く。

 改めて話してみると、あまりに濃い一ヶ月半だったと実感する。


「とりあえず思ったのは、悠生が大戦犯ね」

「それは本当にそうだと思う」

「悠生のマウント癖が無かったら、こうなる事も無かったと」

「悠生を懇々と説教したくなってきたよ。起こった事をとやかく言っても仕方がないけど」


 ただ今回の一件がなくても、いずれこうなっていたのではという予感もあった。

 集団に対する強い忌避感がある限り、遅かれ早かれ文月は一人を選択したのではないだろうかと、奏太は思う。


「まあ、今は悠生の話はいいや、それで……」


 じっと澪が見つめてきて、奏太に問う。


「奏太はさ、どうしたいの?」

「文月の意志を尊重するべきかなと、思っている」

「ふうん」

「な、なに?」

「それ、本心?」

「…………」


 もやっと湧き出た不快感は、それが自分の総意ではない事を表している。


「頭では……文月の意志を尊重するべきだと思ってるけど……気持ちとしては、学校に来てほしいって、思ってる」

「でも今は、尊重するべき方に傾いてる、という事?」


 こくりと奏太が頷くと、澪は「なるほどね」と小さく笑った。

 

 校庭から聞こえてくる運動部の掛け声、時たま吹き抜ける秋風がどこからかあるファルとの匂いを運んでくる。

 少し間を置いてから、澪は口を開いた。


「奏太らしい葛藤の仕方ね」

「褒めてるの、それ?」

「褒めてるわよ、半分は」

「もう半分は?」

「自分勝手だと、思ってる」


 きゅっ、と胸が締まる感覚があった。

 どういう意味かと目で尋ねると、静かに、しかし妙に響く声で澪は言葉を紡ぐ。


「他人を思い遣るのと、自分が傷つきたくないから思考停止するのは、違うと思うの。奏太は昔から、自分を抑えて他人に合わせる癖があるけど、それをしてしまう理由は……ようするに、嫌われたくないからしょう?」


 澪の言葉の一言一言がグサグサと刺さって抜けなくなるような感覚は、それが図星である事を明快に示していた。


「人に合わせていれば、衝突しなければ、とりあえず嫌われる事はない。だから、自分の本音や意見に蓋をして、イエスマンに徹している」


 自分という人間がバラバラに解剖されているような心持ちだった。

 どうやら人は図星を指されると怒りを抱くらしい。


 行き場のない熱い感情が心臓の付近を暴れ回って息が詰まりそうになる。

 自分がいかに薄っぺらい人間である事を証明されているようで、耳を塞ぎたくなる。


 だが、ここで耳を背けるわけにはいけないという強い気持ちもあった。

 ようするに、と澪は前置きして、結論を口にする。


「文月さんの意志を尊重するというのは建前で……本当は単に、文月さんと衝突するのが怖くて、自分を押し込んで苦しんでいるだけ。違う?」

「……違わない」


 半ば反射的に、奏太は答える。

 名探偵に全ての犯行内容を言い当てられた犯人が白状するみたいに、奏太は言う。


「心の中では、わかってたんだ。俺のことは、俺が一番よくわかっているから……澪の言う通り俺は……単に文月と向き合うのが、怖かっただけなんだと思う」


 思い返すと昔から、自分は好みや主張が乏しい人間であった。


 正確には、あるにはあるのだが、それを周囲に主張するほど強くは無かった。


 それよりも、皆がいつも笑顔で仲良しの世界観が良いという欲求が強く、衝突を避け、誰に対しても同調するスタンスをとっていた。


 その結果、お前は結局誰の味方なのかと疑念の目を向けられ、八方美人だと詰められたのは思い出したくない苦い記憶だ。


「奏太はもうちょっと、我が儘を言ってもいいと思うの」


 子供に言い聞かせるみたいに、澪は言う。


「自己主張をしないと言うのは一見、角が立たないから接しやすくはあるんだけど、人によっては自分に心を開いてくれないとも感じ取れて、寂しい気持ちになるわ」

「それは……もしかして実体験?」


 恐る恐る尋ねると、澪は少し拗ねたように口を尖らせた。


「私は、寂しかったわよ。せっかく付き合ってるのに、デートでどこ行きたいかとか、何を食べたいかとかも私ばかり言って、全然我儘言ってくれないんだもの」


 言われてみればと、数々の思い出が苦味を伴って頭の中を溢れ返った。


(というか、別れた原因ってそれが理由じゃ……)


 さーっと血の気が引いていく。


「うああああ……ごめん! 本当に、色々と……マジでごめんなさい」

「もう過ぎたことよ。あの時は私も色々と未熟だったから、お互い様だわ」


 ペコペコと頭を下げる奏太に、澪は涼しい顔をして答えた。


「話を戻すわ。纏めると、奏太は文月さんに本音をぶつけたほうが良いと思うの。このままだと、モヤモヤしたまま時間を過ごすだけでしょう?」

「それはそうだと、思う……けど……」

(仮に本音をぶつけても……無駄なんじゃ……)


 そんな気持ちがあった。

 文月と会おうと思えば、たぶん会える。


 文月のバイト先の書店に行けばいい。

 だが会ったとて、どうする?


 論理に筋が通っていないと文月は納得しない。


 自分の気持ちを明かしても、『清水くんの考えはそれでいいと思います。でも私は違うので』ときっぱり拒絶する文月が容易に想像できた。


 そんな煮え切らない奏太の胸中を察したのか。


「これはあくまでも私の想像でしかないんだけど……」


 顎に手を添え、澪は核を突いた言葉を口にした。


「文月さん、実は寂しがり屋なんじゃないかしら?」

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