抱擁
風に舞う木の葉のように、目黒は龍堂学園コート上を転がっていった。
稲津を先頭にそれを追いかけるメンバー達。
「どうなった?」
「ライン上でダウンしたから、またビデオ判定か?」
観客席の問いに、神の眼はすぐさま回答する。
『レイダーダウンにより、レイド失敗!』
”あ~あ”
『うおおぉぉぉ!』
極小のため息と、特大の歓声が競技場内を満たす。
「武雄!」
「目黒君!」
「おい脳筋! くたばるんじゃねえぞ!」
「目黒君、私の四十八のマジックを堪能するまで死なないでください!」
稲津、甲斐、鳥居の声かけと、白鳥のどうでもいい励ましの言葉を背中に、金剛だけは目黒に声をかけず、大凶魔メンバーを注視する。
黒い煙を纏いながらゆっくりと立ち上がる大凶魔メンバー達。
鳥居のレイダーの時のように、夜長の闇の力に対して多少の抵抗力が備わっているのか、致命傷をうけた様子は見受けられなかった。
「ん……あぁ……あれ? 俺……どう……なった?」
半分まぶたを開け、何とか声を絞り出す目黒。
稲津はただ一人、目黒の様子がおかしいと気づいていた。
甲斐が淡く微笑みながら答える。
「残念ながらレイド失敗だけど、夜長さんの攻撃を他のメンバーに向けさせたから、無駄ではなかったわ」
「へっ……へっ! そうかい……”!!”」
体を半分起こし、まぶたをすべて開いた目黒は、唇をふるわせながら恐怖に包まれる。
自分を見下ろしている夜長率いる大凶魔のメンバーと、
”自身を取り囲んでいる、味方のメンバーに対して”
不意打ちとはいえ、大凶魔のメンバー全員に【カミナリ】を浴びせた、幼なじみの稲津。
おちゃらけた攻撃とはいえ、二点を取った白鳥。
自分を脳筋と馬鹿にするが、大凶魔キャプテンである夜長と一対一で渡り合い、相手の策略とはいえ五点を稼いだ鳥居。
たった一声で、大凶魔メンバー全員に【沈黙】を付与した金剛。
そして、味方を守りながら化け物である夜長との一騎打ちを制した甲斐。
気づきたくなかった。しかし、身をもって気づいてしまった。
この競技場には敵だけでなく、味方も化け物揃いであることに。
強がってはいるが、自分が一番弱く、そして足手まといなことに。
唇の震えは上下の歯から、手足の指先まで伝染していった。
「あ……あぁ……」
力を入れるどころか、体が固まってしまった目黒は、起き上がることも、もう一度倒れることすら出来なくなっていた。
甲斐から攻撃パターンを聞いているとはいえ、目黒はあっけなく四人のメンバーをダウンさせるが、本人が一番理解していた。
この攻撃は”ふかし”だと。
現に四人はダメージを受けた様子もなく立ち上がり、腰が抜けた目黒を見下ろしていた。
倉は、震える目黒に鋭い視線を浴びせる。
(甲斐や祓い師ならともかく、並以下のストライカーが夜長様と一騎打ちすれば、肉体は無事でも精神はそうではあるまい。奴もここまでだな……)
龍堂学園の他のメンバーもそんな目黒の様子に気づき始めた。
稲津はそんな目黒の前で腰を下ろし、右腕を横に広げる。
(気合いのピンタでも入れるつもり? その程度のことで夜長様が刻み付けた恐怖は取り除けやしないわ)
別の意味で火室にピンタをお見舞いした氷耶麻は、稲津が行おうとしていることを鼻で笑う。
しかし、稲津の右腕はゆっくりと目黒の頭を包み込んだ。
『お~よ~ちよち。こわかったでちゅねぇ~。もうだいじょうぶでちゅよ~。まりちゃんがついていますからねぇ~』
稲津は自身の胸に目黒の頭を押しつけ、汗で濡れた髪を手でなで始める。
目黒の耳元でささやくのではなく、ここにいるすべての人間、そして神の眼にすら聞かせるように、稲津の声は歌劇の女優のように競技場内を響き渡っていた。
これまで何回も行われた、ごく当たり前の、二人の間で行われる儀式。
およそマギカ・バディの試合、いや、あらゆるスポーツにおいてもっとも不釣り合いな、赤子をあやすような稲津の言葉に、龍堂学園のメンバーのみならず大凶魔、そして観客の体すら固まる。
それはある意味、金剛の言霊より強力な二人の情景であった。
稲津の甘いにおいと暖かいぬくもりを伴う抱擁、そして優しい声は、目黒の体のすみずみまで行き渡り、震える体を温め、肌から血色を取り戻していた。
「……すまねぇ真理。もう大丈夫だ」
力強い目黒の声を聞いた稲津は、ゆっくりと体を離す。
「よっとぉ!」
ネックスプリング(首跳ね起き)で立ち上がった目黒は、体中をコキコキ鳴らすと、次は仕留めるとばかりに指ピストルで夜長に狙いをつける。
しかし、射線上に倉が立ちふさがった。
唇の端をつり上げる二人。
申し合わせたように二人は同時に背を向けた。
(マギカ・バディは個々の力のみで勝てるほど簡単な競技ではない。メンバーの間で守りたい、助けたい力、そしてそれを受け入れる心がなければ、やがてチームは崩壊する。我らは夜長様への忠誠心を力の源にしているが、少なくともあの脳筋にもそれが備わっているようだな)
倉は闘志を燃やしながら心の中でつぶやき、氷耶麻は氷のような表情のまま、心の中で叫ぶ。
(な、なによあれはぁ~! 公衆の面前でなんと破廉恥なぁ! で、でも、あんなコトが出来るあいつら、ちょっとうらやまし……な、なにを考えているのよ! 次のレイダーはあたしなのよぉ~!)
そしてチラッと火室に目をやる。
(火室が五点取ったんだ。あたしもここで結果を出さないと、一年のレギュラーを下ろされちゃう)
――大凶魔では中等部、高等部、そして大学でも、学年混成ではなく各学年ごとでチームがいくつも造られ、その中で一軍、《Sチーム》のみが対外試合に出場できる。
夜長率いるこのチームは全員、前年度全国中学覇者のメンバーであり、一年の一軍、Sチームでもある。
ちなみに二年の一軍はSSまたは2S。三年はSSSまたは3Sチームと呼ばれている――。
”ポン!”
氷耶麻の両肩に誰かの手が置かれる。
”!”
慌てて振り向くと、火室が微笑みながら軽く両肩をもんでいた。
(そうだ。夜長様がおっしゃっていたのは我が大凶魔學院の完全勝利! あたしがレギュラーでいられるかなんてちいさなコトにとらわれてはいけない……火室はそれを察してくれたの?)
氷耶麻は火室の右手甲の上に左手を重ねようとするが
『大凶魔學院レイダーは相手コートのアタックサークルへ 十……九……』
神の眼のアナウンスに、火室はすぐさま肩から手を離す。
心の中でずっこける氷耶麻であったが、気を取り直し龍堂学園コートのアタックサークルへ向かう。
「なぁ、大凶魔のメンバーってまだ【沈黙】したままなんだろう? あのレイダーはどうするんだろうな?」
「さっきのアンティ時みたいにネイティブスキルで戦うか、【沈黙】が解けるまで時間稼ぎで逃げ回るか……人身御供になるかだな」
マギカ・バディのメンバーとして試合に出場している以上、男女の区別はない。
レイダーは全力でアンティを攻撃し、アンティは全力でレイダーを撃沈する。
龍堂学園を応援している男子学生A、Bであったが、解術のための時間稼ぎで人身御供となる氷耶麻に、わずかな哀れみの感情がわき上がってくる。
チームのために自らが犠牲になるのは、マギカ。バディに限らず団体スポーツでは当たり前の光景であるが、格闘の心得も、防御のネイティブスキルを持っていない氷耶麻の未来は、控えめに言って人間サンドバックだろうと、観客達は想像していた。
当初、龍堂学園は氷耶麻のレイダー時のシフトを、火室と同じように考えていた。
しかし、大凶魔メンバーが未だ【沈黙】が解けていないと見るや、最初に倉と相対したシフトに移行する。
両サイドライン前には鳥居、目黒と白鳥、稲津のペア。
デッドエンドライン前は金剛。
そして、ミッドライン前は甲斐。
それを確認しながら氷耶麻はアタックサークルの中心で立ち止まると、洞と同じように顔の前で腕を交差し、足を少し開いてやや腰を落とした。
『サークルイン。大凶魔學院レイダーはカウントテン以内に攻撃を……』
覚悟を決めたかのように微動だにしない氷耶麻。
『……早く、楽にしてあげたいから』
洞がレイダーの時に甲斐がつぶやいた言葉が、皆の脳裏に浮かぶ。
武士の情けと鳥居や白鳥、そして目黒は一気に決着をつけようと力を蓄えながらカウントテンの終了を待っていた。
そんな中、真正面で向かい合う金剛は氷耶麻の異変に気づく。
交差した腕の隙間からのぞく氷耶麻の唇がわずかに動いていた。
恐怖ゆえの震えと最初は思っていたが、言霊師の血は無意識に唇の動きを読んでいた。
『……真紅の地より来たり緋色の精達よ。我が身、我が魂に宿りて我に業火の恵を与え給え』
『三……二……』
『みんな気をつけて! 【沈黙】の効果がなくなっている!』
突然、金剛は警告の叫びをあげる。
それは逆に、メンバーに向かって体の硬直と戸惑いを与える結果になった。
『……一……』
「遅い! 【十戒の業火よ。愚民共に慈悲の浄火を!】」
氷耶麻は両腕を左右に開くと体をコマのように回転させ、十指から無数の【魔炎弾】を機関銃のように発射させた。




