龍造との出会い。~鳥居&金剛~
鳥居は龍一に向かって笑みを向けながら、面接官のように龍一の質問を待っていた。
「あの……なんで皆さん僕を魔術だなんだと引き入れようとするんですか? 確かに曾祖父は魔法遣い、いや魔法師と呼ばれる人だったかもしれませんけど……」
龍一の脳裏に魔術とは全く縁のない、優しい龍造の顔が思い浮かぶ。
「それに僕は曾祖父からも、まして両親からも魔術の事なんて全く聞いていませんし、後継者って言われてもピンと来ません。そもそも僕はつい数日前まで魔術なんて、それこそ漫画やゲームの中のことだと思っていましたから……」
溜まっていた鬱憤を、再び龍一は目の前の鳥居に吐き出した。
「……マジュツ部や生徒会からの君に対する非礼については上級生、そして”最年長”の生徒として申し訳なく思っている」
「最年長……?」
まるでその質問を想定していたように鳥居は答えようとするが、その前に左に座る金剛の様子を確認する。
「私は大丈夫だよ、珠美ちゃん……」
金剛は消えそうな声と笑みを鳥居に向けた。
「実は……私たちは学年は二年生だが、年齢は今年、十八になるんだ」
鳥居の目線は龍一の頭の上、いや過去に向かって伸びていった。
「私は中学を卒業したら、すぐお祓いの仕事を手伝わされてな。同年代の女の子が、やれおしゃれだのスイーツだの、アイドルや気になる男子の話題をしている中、《厄魔》、つまり妖怪、モノの怪の類だ。最近だと”あやかし”とも言うのか? そう言ったモノを祓ってきたんだ」
魔術とはまた違う別の世界の話に、龍一の怒りの興奮は徐々に冷めていった。
「そして私は龍造先生に出会った。こういう生業をしていれば庵堂龍造という人間が、例え”業界”は違っても、とてつもない大物だとなんとなくわかっていた。そんな超大物がいわばお社の”下請け”でお祓いをしている私の家にわざわざ訪ねてきたんだ。私はぽかんとしていたが、両親はまさに平身低頭でな。恐る恐る両親が用を尋ねたら、”青春”だの”恋愛”だの”友情”だの、歯の浮くような台詞を使って私や両親を説得し、最後にこう言ったんだ。
『ワシが新しく造る高校の生徒になって、ひ孫と”遊んで”やってくれ』とね」
”豪放磊落”
曾祖父、龍造を表す言葉を当然龍一も聞いたことがあった。
鳥居が話す龍造の様子や説得の光景を龍一は容易に想像できた。
再び鳥居は金剛の方を向き、目で尋ねるが、その答えを金剛は笑みで返した。
「こっちの珠洲……金剛はいわば、《口寄せ》だ。通常口寄せは”死者の”霊と語る巫女と言えばわかりやすいかな……」
「”死者の”霊? じゃあ”生きている人の霊”もあるんですか?」
なぜか頭に思い浮かんだ疑問を、龍一はすぐさま口に出した。
「よく気がついたな。正確に言うと金剛は《言霊師》だ。私たちの霊、つまり生きている人間の”魂”に向かって”語る”ことが出来るんだ。残念ながら一部の心ない人間からは”言欺し”だの”言騙し”などと、詐欺師みたいな扱いで呼ばれている」
「……? 普通にこうやって話すのとは、また違うんですか?」
その答えを鳥居が話すより早く、金剛は開きかけの蕾のような唇から儚い花の香りのような声を、龍一の耳に向けて風に乗せるように語り始めた。
「占いはね、未来を見せるんじゃないの……。迷っている人の魂に向かってね、進む道を教えてあげるの……」
なにやら見当違いな答えだと龍一は思っていたが、金剛の語りは終わらなかった。
「占いに来る人はね、もう進む道が見えているの……。お先真っ暗な人なんていない……。占いはその人が”進みたい道”に向かって、その人の魂を後ろから押してあげるの……」
金剛の語りが終わり、わずかながらの静寂が部室に漂う。
軽く咳払いをした鳥居が補足するように口を開いた。
「うちは女子が多いから、当然占いも恋愛がらみが多いんだ。好きな男子に告白するとか、理想の男性を教えてくれとかな。金剛の元にそういった女子が多数やって来る。だけど、
『告白したくないのに、告白したらどうなるか?』
なんて占いに聞きに来る女子なんているわけがない。そんなのただの罰ゲームだ」
苦笑を浮かべて、鳥居は両肩をすくめた。
「つまり、告白したいけど勇気が出せない魂に向かって、金剛の力で望む道へ魂を後押しし、やる気を引き出させ、あまつさえ物事を成功へと向けさせる力があるんだ。だがそういった”薬”のような力は、裏を返せばいわば”毒”となる……」
鳥居の声のトーンが徐々に下がり、やがてゆっくりと唇は閉じられた。
「……もしかして、悪い道にも?」
鳥居は金剛へ顔をと向けるが、金剛は水晶玉を見つめながら無言でその表面をなでていた。
安心の吐息をゆっくりと吐き出した鳥居は、再び龍一へと顔と唇を向けた。
「……正に君の言ったとおりだ。しかし、世の理はあらゆる思惑が複雑に絡み合っていてな、例え言霊師と言ったところで、そう簡単に特定の人の道を悪い方へ導くことはできない。自暴自棄にもならない限り、人は最善の道を進みたいと考えるからな」
鳥居は金剛が入れてくれた紙コップを手に取り、喉を湿らせた。
「しかし金剛は中学の時に、『変えることができる力』を自分が持っていることを知ってしまった。さらにこの世の悪しきことは全て自分のせいだととらえてしまって、彼女は中学を卒業したら心を閉ざし、よく言う引き籠もりになってしまったんだ」
隣に座る金剛を注意深く観察しながら、鳥居は話を続けた。
「金剛の先祖にはそういう力を持った人がいたらしいんだが、両親は普通の家庭でね。金剛の力はいわば先祖返りだ。それに金剛自身の口から、自分はそういう力を持っていると話したところで、”はい、そうですか”と両親が信じるのはさすがに無理があった」
昨日、一昨日の馬鹿騒ぎと違い、二人の重い境遇を聞かされることに、龍一の顔にはわずかながら苦痛の表情が浮かぶ。
「すまないな。もうすぐ終わる。そこで再びどこから聞きつけたのか知らないが、ここで龍造先生の登場だ。金剛の両親が、うちではないが”同業者”に相談してたみたいだから、そこから知ったかもしれない。そして私の時と同じような事をいい、両親を説得し、金剛もこの学校に来たって訳だ」
窓から差し込む夕日も薄暗い色に変わった為、金剛は立ち上がり、音も立てずドアの横へと歩み、部屋の明かりを付ける。
天井から放たれる白い光は部室の中に漂う重い空気をわずかに軽くしたかのように龍一には感じられた。
唇も軽くなったと感じた為、龍一はゆっくりと呟いた。
「……それで、僕にどうしろとおっしゃるんですか? 正直、僕はお二人や生徒会、それにマジュツ部の方達のお役に立てるとは思えません。例え、僕がひい爺、庵堂龍造の後継者というものであったとしても……」
「むしろ『庵堂龍造先生の後継者』としてデンと構えていてくれればいい。それで十分だ」
「……おっしゃる意味が、よくわかりません」
「言葉通りだ。そうすれば、いや、あくまで私の願望だが、君が庵堂龍造の後継者としてこの学校にいてくれさえいれば……」
鳥居は軽く息を吸い、龍一の耳に一字一句しっかりと言葉を届けるように魂で語った。
『私たち六人を含むこの学校の全生徒は……救われる』




