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「この程度の毒なら」毒殺された令嬢は、二度目の宮廷で微笑む  作者: 凪乃
毒の記憶

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9/24

毒杯の夜

 王宮の大広間が燭台の光で金色に染まる。


 外交使節団の歓迎晩餐会。国王、第一王子アレイン、第二王子エドワルド、そして宰相ダリウス。宮廷の重要人物が一堂に会する夜だった。


 私は毒見師として広間の隅に控えている。王と王太后の食事は全て事前に毒見を終えた。問題はなかった。


 しかし——嫌な予感がする。


 ダリウスが穏やかに微笑みながら、使節団と談笑している。数日前に私に「警告」をしてからダリウスの態度は表面上何も変わっていない。


 それが逆に怖い。


 あの男が何もしないはずがない。


 晩餐が進む。料理が運ばれ、杯が満たされる。私の管轄は王と王太后の食事のみ。第一王子と第二王子の食事は、それぞれの侍従が管理している。


 エドワルドの侍従。前世の記憶を探る——ダリウスの配下に入れ替えられたのは、いつだっただろうか。


 前世では二年目だった。しかし今世では、全てが加速している。


 三皿目のデザートが運ばれてきた。ワインが注がれる。


 エドワルドの前に、赤い果実酒の杯が置かれる。


 距離がある。私の位置からでは——匂いは分からない。


 だが、侍従の手が——少し、震えていた。


 前世の記憶が閃光のように走る。


 最後の夜。果実酒。甘い香り。そして——喉が灼ける。


 同じだ。同じ構図。


 エドワルドが杯に手を伸ばす。


 体が動いていた。


「お待ちください、殿下」


 広間を横切る。貴族たちが驚いて道を開ける。エドワルドの手が杯に触れる寸前——私の手がその杯を掴んだ。


「セラフィーナ嬢? 何を——」


 国王の声。広間中の視線が私に集まる。


「申し訳ございません。毒見師として——確認させてください」


 杯を鼻に近づける。


 赤い果実酒の香り。その奥に——甘い。花のような。睡蓮花の根の毒。


 だが濃度が違う。今までの遅効性ではない。これは——致死量だ。


 手が震える。これを飲んでいたら、エドワルドは今夜——


「どうされましたか、セラフィーナ嬢」


 ダリウスの声が背後から聞こえる。穏やかに。


 ここで「毒です」と叫ぶのは簡単だ。しかしそれは——ダリウスに直接疑いの目を向けることになる。まだ確定的な証拠を王の前に示せる段階ではない。中途半端な告発は、逆にこちらが潰される。


 一瞬の判断。


「——申し訳ございません。果実酒の醸造に用いた添加物が、殿下のお体に合わない可能性がありまして」


 嘘だ。だが、この場を収めるには必要な嘘。


「毒見師として、念のため別の杯をご用意させていただきます」


 エドワルドが私を見ている。灰色の瞳に——理解の色。彼は馬鹿ではない。私が何を防いだか、察している。


「……分かった。別のものをもらおう」


 エドワルドが静かに頷く。


 新しい杯が用意される。今度は私が確認した果実酒。安全だ。


 晩餐は再開された。だが空気は変わっていた。


 ダリウスが私を見ている。穏やかな微笑み。だがその奥に——


 怒りだ。計画を邪魔された怒り。


 晩餐が終わり、貴族たちが広間を去る。


 廊下に出ると、エドワルドが待っていた。


「……あの杯に何があった」


 低い声。周りに人がいないことを確認して、私の前に立つ。


 嘘をつくべきか。


 エドワルドの灰色の瞳が、逃げることを許さない。


「……致死量の毒が含まれていました」


 エドワルドの目が見開かれる。そしてすぐに——険しくなる。


「誰が」


「まだ、確証がありません。ですが——」


「宰相か」


 直感で当てた。この人は、薄々気づいていたのだ。自分が狙われていることを。


「殿下——」


「なぜ、そこまでする?」


 エドワルドの声が——わずかに震えていた。怒りではない。困惑だ。


「管轄外の王子の杯を奪い、宰相に目をつけられるような真似をして。お前にとって、俺は何だ」


 答えに詰まる。


 「前世で救えなかった人です」——とは言えない。


「……あなたを死なせたくないからです」


 言葉が口をついて出た。嘘ではない。私の中にある、最も純粋な動機。


 エドワルドが息を飲む。


 しばらくの沈黙。


「……馬鹿だな」


 エドワルドが、小さく呟く。


「お前が死んだら、誰が毒を見つけるんだ」


 それは——不器用な、心配の表現だった。


「死にません。二度とは」


「二度と——?」


 失言だった。しかしエドワルドはそれ以上追及しなかった。


「……明日、薬草園に来い。話がある」


 背を向けて去っていく。


 一人になった廊下で、壁にもたれる。心臓がうるさい。


 エドワルドを救った。前世では救えなかった夜を——変えた。


 しかし代償がある。ダリウスは、もう私を放置しない。


 時間がない。決着をつけなければ。

エドワルドの命を救えるか——手に汗握る毒杯の夜。

「なぜ、そこまでする?」

セラフィーナが選んだ答えは——

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