宰相の仮面
メイの調査が実を結び始めていた。
「セラフィーナ様。厨房の食材仕入れ記録ですが——不自然な点が見つかりました」
自室で、メイが持ってきた記録を広げる。
「月に一度、宰相閣下の名義で『特別食材』が届いています。品名は『薬膳香辛料』とされていますが、受け取りは宰相府の使用人のみ。厨房の誰もこの食材を見たことがない、と」
「つまり、厨房を通らない食材ルートが存在する」
「はい。そして——その配送日と、毒が検出された日が一致しています」
パズルのピースが嵌まる。
ダリウスは「薬膳香辛料」の名目で毒の原材料を宮廷に持ち込み、自分の手下に調合させ、食事に混入していた。厨房のチェックを通さない裏ルート。
前世では気づけなかった構造だ。
「メイ。この記録の写しは取れる?」
「はい、すでに——」
メイが封筒を差し出す。手際がいい。
「もう一つ。宰相府に出入りしている人物の中に、元薬剤師がいるそうです。名前はガスト。五年前に王都の薬局を追われた男で——」
「毒物の調合ができる人間ね」
「はい」
証拠が揃いつつある。「薬膳香辛料」の仕入れ記録、毒の検出日との一致、元薬剤師ガストの存在。
あと少しで——ダリウスを追い詰められる。
しかし。
「セラフィーナ様」
メイの声が低くなる。
「もう一つ、気になることが。最近——私たちの部屋の前を、見慣れない使用人が何度も通っています」
「見慣れない?」
「宰相府の制服を着た男です。用があるわけではなさそうなのに、一日に三回は廊下を通ります」
背筋が冷たくなる。
監視されている。
ダリウスは、すでに私の動きに気づいている。ルシアの件で私を警戒し、メイの動きも把握した。
前世とは違う状況だ。前世のダリウスは三年間、私を「無害な道具」として放置していた。今世では——一ヶ月で「危険な存在」として認識された。
私の行動が、前世のタイムラインを変えた。良い方向にも——悪い方向にも。
「メイ。しばらく調査は控えて。目立つ動きは危険よ」
「でも——」
「証拠は十分ではないけれど、手がかりは揃った。ここからは私が動く」
メイが不安そうに頷く。
翌日。
毒見の後、廊下を歩いていると——ダリウスが待っていた。
いつもの場所ではない。人気のない回廊。窓からの光が彼の影を長く伸ばしている。
「セラフィーナ嬢。少しよろしいですか」
穏やかな声。だが——今までとは何かが違う。
「もちろんです、ダリウス様」
「最近、お忙しそうですね。毒見のほかにも、あちこち足を運んでいるとか」
厨房の件だ。メイの調査が伝わっている。
「毒見師として、食の安全を確認するのは務めの一環です」
「ええ、もちろん。ただ——務めの範囲を超えているように見受けられます」
ダリウスが一歩近づく。
「食材の仕入れ記録を調べたり、宰相府の使用人について聞き回ったり」
知っている。全て。
心臓が跳ねる。しかし顔には出さない。
「それも毒見師の仕事の延長線上です。食材の出所を把握しなければ、毒の混入経路を——」
「面白い令嬢ですね、セラフィーナ嬢」
ダリウスの声が変わった。穏やかさの下に、鋼が通る。
「任命されて一ヶ月。毒を見事に検出し、ルシアの菓子の罠を見破り、今度は食材ルートの調査ですか。——普通の伯爵令嬢にできることではありません」
「買いかぶりですわ」
「いいえ。むしろ——過小評価していました」
ダリウスの目が、初めて仮面を外した。
穏やかさはない。知性だけがある。冷たい、計算する目。
「セラフィーナ嬢。忠告です」
「はい」
「宮廷には、知りすぎてはいけないことがあります。毒見師の仕事は毒を見つけることであり、毒の出所を探ることではありません」
「出所を知らなければ、毒は止められません」
「止める必要はないのですよ。あなたは——見つけて、取り除くだけでいい。それ以上のことは、あなたの仕事ではない」
つまり——黙って毒を見つけ続けろ。根本原因には触れるな。
前世の私は、この忠告に従った。三年間、黙って毒見を続けた。従順な道具として。
今は——
「ご忠告、感謝いたします」
頭を下げる。従順に見えるように。
ダリウスが微笑む。だがその目は笑わない。
「賢い選択です。宮廷で長生きするコツは——知らないふりをすることです」
去っていく。
一人残された回廊で、壁に手をつく。膝が震えている。
怖い。
前世で殺された恐怖がよみがえる。あの穏やかな微笑みの裏で、この男は人を殺す。私を。エドワルドを。
だが——もう後には退けない。
証拠はある。あと一押しで、ダリウスを追い詰められる。
問題は——その「一押し」をする前に、私が消されないかどうかだ。
自室に戻る。メイの顔が強張っている。
「セラフィーナ様、ダリウス様と——」
「大丈夫。まだ大丈夫よ」
自分に言い聞かせるように。
窓の外は夕闇に沈みつつある。中庭のエドワルドの姿は見えない。
一人で戦うのは限界だ。
エドワルドに——全てを話すべき時が来たのかもしれない。
宰相の正体に近づくセラフィーナ。
しかし、敵もまた動き始めました。




