表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「この程度の毒なら」毒殺された令嬢は、二度目の宮廷で微笑む  作者: 凪乃
毒の記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/24

薔薇

 任命から二週間。宮廷の食事から三回、毒を取り除いた。


 厨房の者たちは私を畏れ始めている。舌一つで毒を見破る伯爵令嬢。噂は広がる。


 ——だが、この噂は諸刃の剣だ。


 目立てば目立つほど、ダリウスにとって私は邪魔になる。前世では三年もかけてじっくり私の味覚を潰してから殺した。今世で同じ手は使えない。


 彼がどう動くか。それを見極める必要がある。


 答えは——思ったより早く来た。


「セラフィーナ・エールステッド様にご挨拶に参りましたわ」


 控えの間の扉が開き、華やかな令嬢が入ってきた。


 金髪を高く結い上げ、薔薇色のドレスに宝石を散りばめている。完璧な微笑。だが目が笑っていない。


 ——ルシア・ヴァルトハイム。侯爵令嬢。


 前世の記憶が蘇る。彼女は前世では私が毒殺された後、次の毒見師として任命された。つまり、私の「後任」だった。


 しかし今世では——私がまだ生きている段階で、宮廷に現れた。


「初めまして、ルシア嬢。どのようなご用件でしょうか」


「用件だなんて。同じ宮廷に仕える者同士、仲良くしたくて」


 ルシアが控えの間を見回す。毒見師の部屋は質素だ。彼女の装いとは釣り合わない。


「素敵なお部屋ですこと。——少々寂しいですけれど」


 棘がある。だがまだ序の口だ。


「毒見師に華やかさは不要です」


「あら、でも味覚だけでなく見た目も大切ですわ。宮廷は、見た目が全ての場所ですもの」


 ルシアの目が私を値踏みする。地味なドレス。飾り気のない髪。伯爵家の令嬢としては控えめすぎる身なり。


 前世の私なら、この視線に怯んだかもしれない。侯爵家と伯爵家。家格で言えば彼女が上だ。


 だが——私は三年分の毒を知っている女だ。令嬢の棘など、毒に比べれば花びらのようなものだ。


「おっしゃる通りですわ。では、何かお菓子でもいかがですか」


 テーブルの上の菓子皿を示す。焼き菓子が三つ。厨房から届いたもので、もちろん私が毒見済みだ。


 ルシアが一つ手に取り、ぱくりと食べる。


「……美味しいですわね。毒見師がいらっしゃると安心ですこと」


「安心していただけて何よりです」


 表面的なやり取り。だがこの訪問には目的がある。


 ルシアが去った後、メイが控えめに言った。


「セラフィーナ様。ルシア・ヴァルトハイム嬢は、宰相ダリウス様のご推薦で宮廷に上がった方だそうです」


 やはり。


「それと——第一王子アレイン殿下の婚約者候補だとか」


 ダリウスの推薦。第一王子の婚約者候補。


 パズルのピースが嵌まっていく。前世では見えなかった構図が、今ははっきり見える。


 ダリウスはルシアを二つの目的で使っている。

 一つ目は、第一王子アレインとの婚姻で王家への影響力を強化すること。

 二つ目は——毒見師の座を入れ替えること。


 私が優秀すぎると、毒を仕込めない。

 だからルシアに毒見師の座を奪わせ、都合のいい「見逃す」毒見師に替える。


 前世ではそれが三年後だった。今世では——計画が前倒しされている。


 私が初日から毒を見破ったせいだ。ダリウスにとって、予想外に厄介な存在になっている。


「メイ。ルシア嬢の行動を少し気にかけておいて。誰と会い、どこへ行くか」


「……はい」


 メイの表情に不安が滲む。しかし、もはや黙っている段階ではない。


 翌日。


 宮廷の大広間で、ルシアが王に直訴した。


「国王陛下。わたくし、ルシア・ヴァルトハイムは、毒見師としてお仕えしたく存じます」


 広間がざわつく。


 私はその場にいた。毒見師として控えていた。


「すでにセラフィーナ嬢がおるが」


 王が困惑の表情を浮かべる。


「ええ。ですから、わたくしを副毒見師にしていただければと。二人体制のほうが安全ではございませんか? セラフィーナ様お一人にご負担をおかけするのは心苦しいですわ」


 美しい論理だ。表向きは私への配慮。実際は——私の横に入り込み、やがて私を追い出す布石。


 ダリウスが広間の奥で微笑んでいる。脚本通りなのだろう。


 王が私に目を向ける。


「セラフィーナ嬢、どう思う?」


 前世の私なら、「もちろん喜んで」と答えただろう。波風を立てたくなかった。従順だった。


 今は違う。


「陛下。毒見は、一人の舌が一貫して行うからこそ意味がございます」


 広間が静まる。


「複数の者が味わえば、微量の毒の蓄積変化を追えなくなります。一杯ずつの比較ではなく、時系列での変化を捉えることが毒見の本質です」


 ルシアの表情が一瞬硬くなる。


「毒見師を増やすことは、一見安全に思えます。しかし実際には——責任の所在を曖昧にし、毒を見逃すリスクを高めます」


 ダリウスの微笑みが消えた。ほんの一瞬。だが私は見逃さない。


 王がゆっくり頷く。


「……一理ある。では現状のまま、セラフィーナ嬢に引き続き務めてもらおう」


「畏まりました」


 ルシアが唇を噛む。悔しげに——だが、私が見たのは別のものだった。


 彼女の指先が、かすかに震えている。悔しさだけではない。あれは——怯えだ。


 ダリウスへの。任務に失敗した自分への。


 前世では敵だと思っていた。しかし今、見える。ルシアもまた、ダリウスに利用されている駒の一つなのだと。


 広間を出る。長い回廊を歩く。


 背後から視線を感じる。振り返ると、柱の陰にダリウスが立っていた。


「見事な弁論でしたね、セラフィーナ嬢」


 穏やかな声。だがその目は笑っていない。


「恐れ入ります。毒見師として、正直に申し上げたまでです」


「正直——ですか。それは美徳ですね」


 ダリウスが踵を返す。去り際に、かすかに呟いた。


「美徳は、時に命取りになりますが」


 聞こえなかった——ふりをする。


 心臓が速い。だが、足は止めない。

宰相ダリウスの影。

セラフィーナの前には、前世以上の困難が待っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ