薔薇
任命から二週間。宮廷の食事から三回、毒を取り除いた。
厨房の者たちは私を畏れ始めている。舌一つで毒を見破る伯爵令嬢。噂は広がる。
——だが、この噂は諸刃の剣だ。
目立てば目立つほど、ダリウスにとって私は邪魔になる。前世では三年もかけてじっくり私の味覚を潰してから殺した。今世で同じ手は使えない。
彼がどう動くか。それを見極める必要がある。
答えは——思ったより早く来た。
「セラフィーナ・エールステッド様にご挨拶に参りましたわ」
控えの間の扉が開き、華やかな令嬢が入ってきた。
金髪を高く結い上げ、薔薇色のドレスに宝石を散りばめている。完璧な微笑。だが目が笑っていない。
——ルシア・ヴァルトハイム。侯爵令嬢。
前世の記憶が蘇る。彼女は前世では私が毒殺された後、次の毒見師として任命された。つまり、私の「後任」だった。
しかし今世では——私がまだ生きている段階で、宮廷に現れた。
「初めまして、ルシア嬢。どのようなご用件でしょうか」
「用件だなんて。同じ宮廷に仕える者同士、仲良くしたくて」
ルシアが控えの間を見回す。毒見師の部屋は質素だ。彼女の装いとは釣り合わない。
「素敵なお部屋ですこと。——少々寂しいですけれど」
棘がある。だがまだ序の口だ。
「毒見師に華やかさは不要です」
「あら、でも味覚だけでなく見た目も大切ですわ。宮廷は、見た目が全ての場所ですもの」
ルシアの目が私を値踏みする。地味なドレス。飾り気のない髪。伯爵家の令嬢としては控えめすぎる身なり。
前世の私なら、この視線に怯んだかもしれない。侯爵家と伯爵家。家格で言えば彼女が上だ。
だが——私は三年分の毒を知っている女だ。令嬢の棘など、毒に比べれば花びらのようなものだ。
「おっしゃる通りですわ。では、何かお菓子でもいかがですか」
テーブルの上の菓子皿を示す。焼き菓子が三つ。厨房から届いたもので、もちろん私が毒見済みだ。
ルシアが一つ手に取り、ぱくりと食べる。
「……美味しいですわね。毒見師がいらっしゃると安心ですこと」
「安心していただけて何よりです」
表面的なやり取り。だがこの訪問には目的がある。
ルシアが去った後、メイが控えめに言った。
「セラフィーナ様。ルシア・ヴァルトハイム嬢は、宰相ダリウス様のご推薦で宮廷に上がった方だそうです」
やはり。
「それと——第一王子アレイン殿下の婚約者候補だとか」
ダリウスの推薦。第一王子の婚約者候補。
パズルのピースが嵌まっていく。前世では見えなかった構図が、今ははっきり見える。
ダリウスはルシアを二つの目的で使っている。
一つ目は、第一王子アレインとの婚姻で王家への影響力を強化すること。
二つ目は——毒見師の座を入れ替えること。
私が優秀すぎると、毒を仕込めない。
だからルシアに毒見師の座を奪わせ、都合のいい「見逃す」毒見師に替える。
前世ではそれが三年後だった。今世では——計画が前倒しされている。
私が初日から毒を見破ったせいだ。ダリウスにとって、予想外に厄介な存在になっている。
「メイ。ルシア嬢の行動を少し気にかけておいて。誰と会い、どこへ行くか」
「……はい」
メイの表情に不安が滲む。しかし、もはや黙っている段階ではない。
翌日。
宮廷の大広間で、ルシアが王に直訴した。
「国王陛下。わたくし、ルシア・ヴァルトハイムは、毒見師としてお仕えしたく存じます」
広間がざわつく。
私はその場にいた。毒見師として控えていた。
「すでにセラフィーナ嬢がおるが」
王が困惑の表情を浮かべる。
「ええ。ですから、わたくしを副毒見師にしていただければと。二人体制のほうが安全ではございませんか? セラフィーナ様お一人にご負担をおかけするのは心苦しいですわ」
美しい論理だ。表向きは私への配慮。実際は——私の横に入り込み、やがて私を追い出す布石。
ダリウスが広間の奥で微笑んでいる。脚本通りなのだろう。
王が私に目を向ける。
「セラフィーナ嬢、どう思う?」
前世の私なら、「もちろん喜んで」と答えただろう。波風を立てたくなかった。従順だった。
今は違う。
「陛下。毒見は、一人の舌が一貫して行うからこそ意味がございます」
広間が静まる。
「複数の者が味わえば、微量の毒の蓄積変化を追えなくなります。一杯ずつの比較ではなく、時系列での変化を捉えることが毒見の本質です」
ルシアの表情が一瞬硬くなる。
「毒見師を増やすことは、一見安全に思えます。しかし実際には——責任の所在を曖昧にし、毒を見逃すリスクを高めます」
ダリウスの微笑みが消えた。ほんの一瞬。だが私は見逃さない。
王がゆっくり頷く。
「……一理ある。では現状のまま、セラフィーナ嬢に引き続き務めてもらおう」
「畏まりました」
ルシアが唇を噛む。悔しげに——だが、私が見たのは別のものだった。
彼女の指先が、かすかに震えている。悔しさだけではない。あれは——怯えだ。
ダリウスへの。任務に失敗した自分への。
前世では敵だと思っていた。しかし今、見える。ルシアもまた、ダリウスに利用されている駒の一つなのだと。
広間を出る。長い回廊を歩く。
背後から視線を感じる。振り返ると、柱の陰にダリウスが立っていた。
「見事な弁論でしたね、セラフィーナ嬢」
穏やかな声。だがその目は笑っていない。
「恐れ入ります。毒見師として、正直に申し上げたまでです」
「正直——ですか。それは美徳ですね」
ダリウスが踵を返す。去り際に、かすかに呟いた。
「美徳は、時に命取りになりますが」
聞こえなかった——ふりをする。
心臓が速い。だが、足は止めない。
宰相ダリウスの影。
セラフィーナの前には、前世以上の困難が待っています。




