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「この程度の毒なら」毒殺された令嬢は、二度目の宮廷で微笑む  作者: 凪乃
毒の記憶

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血と舌

 二日目の夜。


 国王の体温はさらに下がっていた。指先の紫が手首まで広がり、時折——意識が途切れるようになった。


 一日目は失敗に終わった。国王の汗を集めて舌に乗せたが、概念毒の署名は読み取れなかった。味覚に引っかかるものはあった——冷たさの奥に、微かな金属の残響。だがそれが何を意味するのか、理解できなかった。


「汗では濃度が足りない。血液でなければ——署名ははっきりとは浮かび上がらない」


 ヴェルナの言葉は冷静だったが、意味は重い。


 国王の血を、舌で味わう。


「セラフィーナ。これは——」


 エドワルドの声に、抑制された恐怖がある。


「概念毒に触れた血液を舌に含めば、毒がお前の体にも入る。ヴェルナの系統とは異なる署名の毒が——お前の中に根を張る可能性がある」


「可能性ではないわ。確実に入る」


 ヴェルナが率直に言う。


「ただし、毒師の血が入っていれば——体が自動的に排除する。時間はかかるけれど。問題は、その排除の過程で体に強い負荷がかかること」


「どの程度の」


「高熱。吐き気。最悪の場合——味覚の一時的喪失」


 味覚の喪失。毒見師にとって、それは——武器を失うことと同じ。


 エドワルドが椅子から立ち上がる。


「駄目だ」


「殿下——」


「エドワルドだ。二人のときは」


「……エドワルド。他に方法がない」


「別の方法を探す。三日ある。まだ一日残っている」


「一日では足りない。ヴェルナの系統では読み取れない署名を、三日目に突然読み取れるようになるわけがない。——私がやるしかない」


 部屋に沈黙が落ちる。蝋燭の炎が揺れ、壁に影が踊る。


「私の舌は——このためにある」


 声に、自分でも驚くほどの確信がこもる。


「前世で、私の味覚は私を救えなかった。毒を見抜いても、救いたい人を救えなかった。でも——」


「セラフィーナ——」


「今世は違う。この舌で、この味覚で——国王を、あなたを、この国を守れるなら。味覚を一時的に失うことくらい——」


 エドワルドの手が私の両肩を掴む。強い力。灰色の瞳が真正面から私を見据える。


「お前が壊れたら、誰が毒を見つけるんだ」


 前にも聞いた言葉。晩餐会の夜。エドワルドの杯を奪った後に。


「壊れません」


「根拠は」


「根拠はない。でも——あなたが傍にいる」


 エドワルドの手が震える。強く握ったまま——やがて、力が抜けた。


「……分かった。だが——俺が傍にいる。離れない。何があっても」


「はい」


 侍医が国王の指先から採血する。暗い赤。硝子の小瓶に数滴。


 ヴェルナが瓶を受け取り、私の前に置く。


「準備はいい?」


「はい」


 瓶を傾け、指先に一滴。舌の先に乗せる。


 最初に来るのは鉄の味。血液の、普通の味。


 次に——冷たさ。舌の上を氷の針が走るような感覚。概念毒の存在が、味覚の奥で形を成す。


 そしてその冷たさの奥に——味がある。


 苦い。だが普通の苦さではない。灰のような、焼けた紙のような。そしてその底に——甘さ。腐敗寸前の果実のような、不吉な甘さ。


 署名だ。この味の組み合わせが——毒を作った人間の術式の系統を示している。


「……苦い。灰の苦みの奥に、甘い。果実が腐る直前の——」


 ヴェルナが書物を開く。指が頁を走る。


「灰の苦みに甘みの底流——それは『焔の系譜』。ルンデリアの三家のうち、二代前に断絶したとされるファルケン家の術式系統」


「断絶したのでは」


「したはずよ。でも——生き延びた者がいたということ」


 舌の先に灼熱が走った。味覚の奥で何かが弾ける。体が内側から熱くなる。


「——ッ」


 膝が折れる。エドワルドの腕が支える。


「セラフィーナ!」


「大丈夫——まだ、大丈夫」


 嘘ではない。意識はある。だが体が震えている。舌の感覚が——遠くなる。味覚が薄れていく。


「署名は特定できた。——ヴェルナ、解毒を」


「分かったわ。今夜中に根を抜く」


 ヴェルナが国王のベッドに向かう。


 私はエドワルドの腕の中で、天井を見つめる。蝋燭の光が滲んで見える。


 舌の先に——前世にはなかった味が残っている。苦くて、甘くて、冷たい。


 毒師の血が、私の中で目を覚ましたのだと——理解した。

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