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「この程度の毒なら」毒殺された令嬢は、二度目の宮廷で微笑む  作者: 凪乃
毒の記憶

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崩れる均衡

 国王に全てを話した翌朝、王が倒れた。


 朝の謁見の間。高い天井から差す光が玉座を照らし、石壁に王家の紋章の影を落としている。廷臣たちが整列し、いつもと同じ朝の儀式が始まるはずだった。


 玉座に腰かけた国王が、突然——前のめりに崩れ落ちた。


 衛兵たちが駆け寄る。侍医が呼ばれる。私も走った。


 国王の顔色が——灰色。唇に紫が差し、額に冷たい汗が浮いている。意識はあるが、指先が震え、自力で立てない。


 概念毒の根が——発症した。


「陛下。手を」


 国王の手を取る。指先が氷のように冷たい。血の巡りが悪いのではない。概念毒の根が体内の熱を吸い取っているのだ。


 侍医が脈を取り、瞳孔を確認し——首を傾げる。


「バイタルに大きな異常はありません。しかし、体温の低下が著しい。原因が——分かりません」


「概念毒です」


 侍医の前で口にする。もう隠す段階ではない。


「概念——何ですと?」


「通常の毒物検査では検出できない術式由来の毒です。数日前から陛下のお体に浸透しています」


 侍医の顔から血の気が引く。


 国王が私室に運ばれる。ベッドに横たえると、国王が薄く目を開けた。


「……セラフィーナ嬢。儂は——死ぬのか」


「死なせません」


 言葉が先に出る。根拠はまだない。だが——この人を死なせるわけにはいかない。


 エドワルドが駆けつける。父の姿を見た瞬間、灰色の瞳が揺れる。だがすぐに表情を引き締める。


「状況は」


「概念毒の根が活性化しました。侍医の治療では対処できません。ヴェルナの術式と——私の舌で署名を特定して根を抜く必要があります」


「時間は」


 ヴェルナが部屋に入ってくる。国王の額に手を当て、目を閉じる。


「……根は三本。まだ深くはないけれど——三日。それ以上放置すると、根が臓腑の深部に達する。そうなったら——」


 言葉を飲み込む。だが全員が理解した。


「三日以内に署名を特定し、根を抜く」


「その通り」


 アレインが部屋に入ってきた。兄王子の顔は蒼白だった。


「父上——」


「アレイン。落ち着け」


 エドワルドが兄の肩を支える。だがアレインの目は虚ろだ。ダリウスに頼り切っていた第一王子にとって、国王の不在は——自分が王の代理を務めなければならないことを意味する。


「エドワルド。お前が——代わりに——」


「兄上が陛下の代理です。順位はあなたが上です」


「だが——俺には——」


「できます。兄上にしかできません。俺は——」


 エドワルドが私を見る。


「治療に専念します。セラフィーナとヴェルナと共に、父上を治す」


 アレインが震える手で顔を覆う。だが——やがて、手を下ろした。


「……分かった。政務は——俺が預かる。三日間だけでいい。父上を——頼む」


 兄弟の間で、これまでにない信頼が交わされる。危機がもたらした、不格好な連帯。


 アレインが去った後、私はヴェルナと向かい合う。


「概念毒の署名を読み取る方法を教えてください」


「あなたは——国王の体内の毒を、舌で味わう必要がある」


「舌で?」


「概念毒の根に触れている液体——血液、唾液、汗。そのいずれかを舌で感じ取ることで、署名の術式系統を特定する。毒師の血が入っていれば、署名が味として認識できるはず」


「前世にも、この毒はなかった」


 また漏れた。前世という言葉が。


「前世——」


 ヴェルナが今度は聞き逃さなかった。だが、首を振る。


「今は時間がない。あなたの過去は後で聞くわ」


「解毒薬がない——前世にも、この毒はなかった。だから——全てが手探りです」


 エドワルドが私の肩に手を置く。


「手探りでいい。お前は今まで、ずっとそうやって道を見つけてきた」


 温かい手。昨夜繋いだ手と同じ温度。


 窓の外で、昼の鐘が鳴る。鐘の振動が石壁を伝い、足の裏に微かに届く。


 三日間の猶予。その間に、味も匂いもない毒の正体を——この舌で暴く。


 国王のベッドの傍で、ヴェルナが書物を開き、術式の準備を始める。蝋燭の光が古い頁を照らし、薬草と革の匂いが部屋に広がる。


 私は窓辺に立ち、自分の舌先に残る概念毒の痕跡を思い出す。あの冷たさ。あの空白。前世の百を超える毒の記憶の中に、これだけがない。


 だからこそ——この舌で、見つける。

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