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「この程度の毒なら」毒殺された令嬢は、二度目の宮廷で微笑む  作者: 凪乃
毒の記憶

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2/24

宮廷の棘

 任命から三日が過ぎた。


 毒見師の日常は単純だ。王族の食事を先に味わい、安全を確認する。朝昼晩、時に間食や夜食も。一日に八回、杯を口にする日もあった。


 前世では、その全てを忠実にこなした。疑問を持たなかった。


 今は違う。


 私は食事を味わいながら、宮廷を観察している。


「セラフィーナ嬢、お疲れではありませんか」


 廊下で声をかけてきたのは、宰相ダリウスだった。


 穏やかな声。心配そうな眼差し。完璧な宮廷人の仮面。


 前世でも、彼はこうだった。任命直後の私に、何度も親切に声をかけてくれた。困ったことがあれば何でも相談するようにと。


 当時の私はそれを善意だと受け取った。


 ——違った。


 あれは監視だった。新しい毒見師がどれほど鈍いか、どこまで気づけないかを測っていたのだ。


「ご心配いただきありがとうございます、ダリウス様。少しずつ慣れてまいりました」


「それは何より。何かお困りのことがあれば、遠慮なく」


 微笑んで去っていく。


 彼の背中を見送りながら、宮廷の力関係を頭の中で組み立てる。


 国王は温厚だが判断力が鈍い。政治の実務はほぼ全てダリウスに委ねている。

 第一王子アレインは社交的だがダリウスの言いなり。

 第二王子エドワルドは——前世では、宮廷の隅で静かに存在していた。王位への意欲がない、と噂されていた。

 そして、病で死んだ。


 いいえ。殺されたのだ。


 前世で気づいたのは、自分が毒殺される直前だった。エドワルドの「病」と同じ兆候が自分の体に現れて、初めて理解した。


 あの甘い匂い。ゆっくりと蝕む毒。エドワルドが苦しんだのと同じものが、私の体を蝕んでいた。


「メイ」


 自室に戻り、侍女を呼ぶ。


「はい、セラフィーナ様」


「少し頼みたいことがあるの」


 メイの目が真剣になる。この子は勘が鋭い。前世でもそうだった。最後まで私の側にいて、毒殺されたとき——泣いてくれた。


「宮廷の使用人たちの間で、ダリウス様の評判はどうかしら?」


「宰相閣下ですか? 皆さん、素晴らしい方だと……」


「表の評判はいいわね。では、裏は?」


 メイが少し目を伏せる。


「……厨房の者たちが、少し怖がっているとは聞きます。宰相閣下のお食事の指示が細かすぎて、とか。食材の出入りも宰相閣下の管理だとか」


 食材の管理。


 毒を仕込むなら、そこが要だ。前世ではそんなことまで知らなかった。知ろうともしなかった。


「メイ。もう少し詳しく調べてくれる? 厨房の食材の仕入れ先、管理の仕組み。できれば記録も」


「……セラフィーナ様、何かお気づきのことが?」


「まだ何も。ただ——毒見師として、食の流れを知っておきたいだけよ」


 メイは少し不安そうだったが、頷いてくれた。


 私は窓際に立ち、中庭を見下ろす。薔薇園が広がっている。美しい。だが薔薇には棘がある。


 この宮廷も同じだ。美しい表面の下に、棘が——いいえ、毒が潜んでいる。


 前世の私はそれに気づかず、花だけを見ていた。


 今は棘の位置を知っている。


 窓の下を、ダリウスが歩いていく。彼の隣には第一王子アレインの姿。二人は親しげに言葉を交わしている。


 あの二人の関係。

 前世では「有能な宰相と将来の王」に見えた。

 今は「傀儡師と操り人形」に見える。


 視線を転じる。中庭の片隅、一人で書物を読んでいる青年がいる。


 エドワルド。


 黒髪、細身、少し猫背。華やかな宮廷の中で、一人だけ色が違う。


 前世では、彼のことをほとんど知らなかった。毒見師と第二王子が交わる機会は少なかった。だから——彼が死んだとき、悲しむことすらできなかった。


 ただ「原因不明の病」として処理された彼の死を、遠くから聞いただけ。


 今は違う。


 あの人は殺された。そしてその毒は、私を殺した毒と同じものだ。


 拳を握る。


 次の毒見の時間まで、あと二時間。

 それまでに、できることがある。


「メイ」


「はい?」


「厨房に行ってくるわ。毒見師として、食材を確認したいの」


「セラフィーナ様が直接? そのようなことは普通——」


「普通でないことをしないと、普通に殺されるの」


 言ってから、少し言いすぎたことに気づく。メイが目を丸くしている。


「……冗談よ。ただの職業的好奇心」


 メイはゆっくり頷いたが、その目は「嘘だ」と言っていた。


 構わない。この子はいずれ、全てを話す相手になる。


 廊下に出る。光が差し込む回廊を歩きながら、頭の中で前世の三年間を巻き戻す。


 最初の毒はトリカブトの二次抽出液。それはもう防いだ。

 次に来るのは——七日後、王の昼食に混じる白い粉。石灰砒素。致死量ではないが、体に蓄積する。


 全て覚えている。


 三年分の毒の記憶が、今の私の武器だ。

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