宮廷の棘
任命から三日が過ぎた。
毒見師の日常は単純だ。王族の食事を先に味わい、安全を確認する。朝昼晩、時に間食や夜食も。一日に八回、杯を口にする日もあった。
前世では、その全てを忠実にこなした。疑問を持たなかった。
今は違う。
私は食事を味わいながら、宮廷を観察している。
「セラフィーナ嬢、お疲れではありませんか」
廊下で声をかけてきたのは、宰相ダリウスだった。
穏やかな声。心配そうな眼差し。完璧な宮廷人の仮面。
前世でも、彼はこうだった。任命直後の私に、何度も親切に声をかけてくれた。困ったことがあれば何でも相談するようにと。
当時の私はそれを善意だと受け取った。
——違った。
あれは監視だった。新しい毒見師がどれほど鈍いか、どこまで気づけないかを測っていたのだ。
「ご心配いただきありがとうございます、ダリウス様。少しずつ慣れてまいりました」
「それは何より。何かお困りのことがあれば、遠慮なく」
微笑んで去っていく。
彼の背中を見送りながら、宮廷の力関係を頭の中で組み立てる。
国王は温厚だが判断力が鈍い。政治の実務はほぼ全てダリウスに委ねている。
第一王子アレインは社交的だがダリウスの言いなり。
第二王子エドワルドは——前世では、宮廷の隅で静かに存在していた。王位への意欲がない、と噂されていた。
そして、病で死んだ。
いいえ。殺されたのだ。
前世で気づいたのは、自分が毒殺される直前だった。エドワルドの「病」と同じ兆候が自分の体に現れて、初めて理解した。
あの甘い匂い。ゆっくりと蝕む毒。エドワルドが苦しんだのと同じものが、私の体を蝕んでいた。
「メイ」
自室に戻り、侍女を呼ぶ。
「はい、セラフィーナ様」
「少し頼みたいことがあるの」
メイの目が真剣になる。この子は勘が鋭い。前世でもそうだった。最後まで私の側にいて、毒殺されたとき——泣いてくれた。
「宮廷の使用人たちの間で、ダリウス様の評判はどうかしら?」
「宰相閣下ですか? 皆さん、素晴らしい方だと……」
「表の評判はいいわね。では、裏は?」
メイが少し目を伏せる。
「……厨房の者たちが、少し怖がっているとは聞きます。宰相閣下のお食事の指示が細かすぎて、とか。食材の出入りも宰相閣下の管理だとか」
食材の管理。
毒を仕込むなら、そこが要だ。前世ではそんなことまで知らなかった。知ろうともしなかった。
「メイ。もう少し詳しく調べてくれる? 厨房の食材の仕入れ先、管理の仕組み。できれば記録も」
「……セラフィーナ様、何かお気づきのことが?」
「まだ何も。ただ——毒見師として、食の流れを知っておきたいだけよ」
メイは少し不安そうだったが、頷いてくれた。
私は窓際に立ち、中庭を見下ろす。薔薇園が広がっている。美しい。だが薔薇には棘がある。
この宮廷も同じだ。美しい表面の下に、棘が——いいえ、毒が潜んでいる。
前世の私はそれに気づかず、花だけを見ていた。
今は棘の位置を知っている。
窓の下を、ダリウスが歩いていく。彼の隣には第一王子アレインの姿。二人は親しげに言葉を交わしている。
あの二人の関係。
前世では「有能な宰相と将来の王」に見えた。
今は「傀儡師と操り人形」に見える。
視線を転じる。中庭の片隅、一人で書物を読んでいる青年がいる。
エドワルド。
黒髪、細身、少し猫背。華やかな宮廷の中で、一人だけ色が違う。
前世では、彼のことをほとんど知らなかった。毒見師と第二王子が交わる機会は少なかった。だから——彼が死んだとき、悲しむことすらできなかった。
ただ「原因不明の病」として処理された彼の死を、遠くから聞いただけ。
今は違う。
あの人は殺された。そしてその毒は、私を殺した毒と同じものだ。
拳を握る。
次の毒見の時間まで、あと二時間。
それまでに、できることがある。
「メイ」
「はい?」
「厨房に行ってくるわ。毒見師として、食材を確認したいの」
「セラフィーナ様が直接? そのようなことは普通——」
「普通でないことをしないと、普通に殺されるの」
言ってから、少し言いすぎたことに気づく。メイが目を丸くしている。
「……冗談よ。ただの職業的好奇心」
メイはゆっくり頷いたが、その目は「嘘だ」と言っていた。
構わない。この子はいずれ、全てを話す相手になる。
廊下に出る。光が差し込む回廊を歩きながら、頭の中で前世の三年間を巻き戻す。
最初の毒はトリカブトの二次抽出液。それはもう防いだ。
次に来るのは——七日後、王の昼食に混じる白い粉。石灰砒素。致死量ではないが、体に蓄積する。
全て覚えている。
三年分の毒の記憶が、今の私の武器だ。




