毒師の系譜
国王の茶器を全て回収した。
エドワルドの指示で、王の食事は私が厨房で直接管理する体制に切り替えた。茶器は銀製の新品に統一し、配膳は私とメイの二人だけが担当する。
回収した茶器のうち三つから、ヴェルナが概念毒の痕跡を検出した。
「少なくとも十日間は使われていたわ。微量を繰り返し投与する手口。根は——浅いけれど、張り始めている」
ヴェルナの診立てでは、国王の体内にはすでに概念毒の「根」が存在する。今のところ症状はない。だが放置すれば——数ヶ月で生命の根幹が蝕まれる。
「解毒するには」
「概念毒の根を引き抜く術式が必要。私にはそれができる。ただし——」
「ただし?」
「根を引き抜くとき、毒の『署名』を読み取る必要がある。誰がこの毒を作ったのか、術式の系統を特定しないと、根だけを引き抜くことができない。関係のない生命力まで一緒に引き剥がしてしまう」
「署名を読み取るには」
「本来は同じ系統の毒師が、手で触れて感じ取る。でも——この毒の署名は、私の系統とは違う。別の家系の術式」
つまり、ヴェルナだけでは解毒できない。
「私にできることはありますか」
ヴェルナが私を見る。黒い瞳に、ためらいと決意が入り混じっている。
「あなたに——聞きたいことがある」
薬草園の東屋。三人だけの空間。エドワルドも同席している。
「あなたの母親のことを教えて」
予想外の問い。
「母は——平民出身です。父の領地の薬師の娘でした。私が五歳のとき病で亡くなりました」
「薬師」
「はい。薬草に詳しく、領民の治療を行っていました」
ヴェルナが革装丁の書物を開く。頁をめくり——ある家系図で指を止める。古い紙に描かれた、蔓のように伸びる血筋の線。
「毒師の一族は、大陸に七つあった。ルンデリアに三つ、この国に二つ、南方に二つ。このうちルンデリアの三家は——私の家を除いて断絶した。南方の二家も同様」
「この国の二家は」
「一つは百年前に断絶した記録がある。もう一つは——」
ヴェルナの指が家系図の端を辿る。名前が途切れている場所。
「記録が消えている。意図的に抹消されたか、あるいは——自ら血筋を隠した」
「それが——私の母と、何の関係が」
「毒師の血筋には特徴がある。味覚と嗅覚が常人を超えて鋭敏になる。特に毒に対して。通常は気づかない微量の毒素にも反応する。概念毒の冷気を嗅覚で感じ取れるのは——その血筋でなければありえない」
空気が変わる。エドワルドが私を見ている。
「あなたの舌が毒を見抜けるのは——偶然ではないわ」
心臓が音を立てる。
前世から、自分の味覚が異常に鋭いことは知っていた。毒見師として抜擢されたのもそのためだ。だが——「体質」としか考えたことがなかった。
「私の母が——毒師の血を引いていた?」
「証拠はまだない。でも——あなたの能力は、毒師の血筋でしか説明がつかない。この国で断絶したとされる一家の血が、薬師の家系に紛れて生き延びていた可能性は十分にある」
薬師と毒師。表裏の関係。毒を知る者は薬を知り、薬を知る者は毒を知る。
母が毒師の末裔だったとしたら——私の舌は、遺伝の産物。
そしてそれは——概念毒の署名を読み取れる可能性を意味する。
「セラフィーナ」
エドワルドの声。
「お前の体質が——武器になるということか」
「武器であり——危険でもある」
ヴェルナが釘を刺す。
「概念毒の署名を読み取る行為は、自分の体に毒を取り込むことと同じ。毒師の血があれば耐えられるけれど、どこまで耐えられるかは——やってみないと分からない」
「リスクがあっても——やるしかない」
私の声が、自分で思ったより強く響く。
「国王の体内の根を抜くためには、署名の特定が必要。ヴェルナの系統では読み取れない。私が——もし母の血を受け継いでいるなら、私にしかできない」
「セラフィーナ——」
エドワルドが口を開きかける。止めようとしている。昨夜「一人で抱えるな」と言った人が。
「一人で抱えません。あなたとヴェルナがいます」
エドワルドが口を閉じる。灰色の瞳が揺れ——やがて頷く。
「……分かった。だが——無理はするな」
「無理かどうかは、舌が決めます」
ヴェルナが小さく笑う。
「あなたたち、本当に似た者同士ね」




