真実の味
翌朝、エドワルドが動いた。
「父上。——お話ししたいことがあります」
朝の謁見の間。国王の前に、エドワルドが膝をついた。
私は毒見師として控えの間にいた。メイが伝えてくれた。「第二王子殿下が、国王に面会を求めた」と。
昨夜の薬草園での話し合い。エドワルドは全てを理解していた。自分が狙われていること。ダリウスが黒幕であること。そして——私が、なぜか全てを知っていること。
「理由は聞かない。だが——宰相を倒すなら、俺も動く」
そう言ったエドワルドの目に、初めて——王族の覚悟が宿っていた。
計画はこうだ。
エドワルドが王に面会を求め、毒見師セラフィーナの証言を聞く場を設ける。公式な場で——ダリウスの前で——全てを明らかにする。
非公式に動けば握り潰される。ダリウスの政治力はそれほどに大きい。だからこそ、王自身の前で、公開の場で証拠を突きつける。
エドワルドは「無気力な第二王子」の仮面の裏で、この一手を準備していた。
昼前。
謁見の間に呼び出される。
王が座り、その左にアレイン、右にエドワルド。そして——ダリウスが立っている。
広間には数人の重臣も同席していた。
「セラフィーナ嬢。エドワルドが、宮廷の食の安全に関する懸念を申し立てた。毒見師として、報告を求む」
王の声。重い。
ダリウスが穏やかに微笑んでいる。余裕がある——ように見える。しかし目の奥に警戒がある。
ここからが、全てだ。
「陛下。私が毒見師として任命されてからの一ヶ月半で、合計六回の毒物混入を検出いたしました」
広間がざわつく。
「六回——」
「はい。その全てについて、使用された毒物の種類と混入経路を報告いたします」
メイから受け取った記録の写しを、侍従を通じて王に渡す。
「第一回、任命初日。王太后様の紅茶にトリカブトの二次抽出液。致死量以下ですが、長期摂取で味覚を鈍化させる目的のものです」
「第二回、七日目。王の昼食に石灰砒素。こちらも致死量以下。体内蓄積を目的としたもの」
一つずつ、淡々と列挙する。ダリウスの表情は変わらない。微笑みのまま。
「第五回。ルシア・ヴァルトハイム嬢から贈られた菓子に蒼鈴草の粉末。これは私個人を標的としたものでした」
「そして第六回。昨夜の晩餐会——第二王子エドワルド殿下の杯に、睡蓮花の根の抽出液。致死量です」
広間が凍りつく。
「致死量——」
「はい。昨夜、殿下があの杯を飲まれていたら——今朝はここにいらっしゃいません」
エドワルドが静かに頷く。重臣たちの表情が引き締まる。
「セラフィーナ嬢。混入経路について分かっていることはあるか」
王の声が低い。
「はい。全六回の毒物は、正規の厨房ルートからは混入していません。月に一度、宰相府の名義で宮廷に届けられる『薬膳香辛料』——この中に毒物の原材料が含まれています。仕入れ記録と毒の検出日が完全に一致します」
ダリウスの微笑みが——初めて、揺らいだ。
「さらに。宰相府に出入りする元薬剤師ガストが、毒物の調合を行っている形跡があります」
「これは——」
ダリウスが口を開く。まだ穏やかだ。だが声に力が入っている。
「とんでもない誤解です。『薬膳香辛料』は私の健康管理用に取り寄せているもので——」
「ダリウス様」
私の声が、彼の言葉を遮る。
「私はこの一ヶ月半で、六回の毒を味わいました」
一歩前に出る。
「その全ての味を——舌に残る痺れも、鼻に抜ける苦みも、杯の底の白い粉の正体も——覚えています」
ダリウスの目が動く。
「トリカブトの二次抽出液は金属的な余韻が残ります。石灰砒素は無味ですが歯茎に染みます。蒼鈴草は酸味。そして睡蓮花の根は——甘い、花のような匂い」
広間の全員が息を飲んでいる。
「この全てが、同一の供給源から来ています。同じ人間が調合し、同じルートで宮廷に持ち込まれたものです」
ダリウスの仮面が——剥がれた。
穏やかさが消えた。冷たい知性だけが、剥き出しになった。
「……伯爵令嬢の妄想を、陛下は信じるおつもりですか」
「妄想ではありません。こちらが仕入れ記録の写しです。ガストの宰相府への出入り記録もあります。そして——」
最後の一枚を差し出す。
「昨夜、殿下の杯から除去した果実酒の残液です。薬剤師に分析していただければ、睡蓮花の根の成分が検出されます」
証拠は三つ。仕入れ記録、人物の出入り記録、そして物的証拠。
ダリウスの顔から、全ての表情が消えた。
国王が立ち上がる。
「ダリウス。——弁明は」
「……陛下。これは全て、この小娘の捏造です。伯爵家の分際で宰相を陥れようなどと——」
「ダリウス」
エドワルドが立ち上がった。
「俺は一年前から体調が悪い。原因が分からなかった。——今、分かった」
灰色の瞳がダリウスを射る。
「お前が俺を殺そうとしていたんだな。兄上を王にするために」
広間が静まり返る。
アレインの顔が蒼白になっている。自分が知らないうちに、ダリウスの計画の上に座らされていたことに気づいたのだろう。
「近衛を呼べ」
王の声が響く。
「宰相ダリウスを拘束せよ。調査が完了するまで、宰相府を封鎖する」
近衛兵が動く。ダリウスが——最後に、私を見た。
冷たい目。怒りでも憎しみでもない。計算する目。「こいつは何者だ」と問う目。
答えは——言わない。
近衛兵に連行されるダリウスの背中を見送る。
膝が震える。だが——立っている。
前世では、あの男の微笑みの裏で死んだ。
今世では——その仮面を、剥がした。
「セラフィーナ嬢」
王の声。
「見事な務めであった。——礼を言う」
「恐れ入ります。毒見師として、当然の務めです」
頭を下げる。
顔を上げると、エドワルドが——微かに、笑っていた。
張り詰めた空気の中で、彼だけが穏やかだった。
「よくやった」
小さく、私にだけ聞こえる声で。
目頭が熱くなる。泣いてはいけない。ここは広間だ。
だが——前世で味わった全ての毒よりも、この言葉のほうが、胸に沁みた。
クライマックス!
宰相ダリウスの仮面が剥がれる瞬間、いかがでしたか。
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