再会 2
◆◇ 第九章 後編 ◆◇
「お嬢様、起きてください。今日はヴェロニカ様の御邸に行く日ですよ。」
「う~ん、そうだったわね。今起きるわ。」
すっかり夜更かし癖がついてしまったフェリシアは毎朝アンナに起こされていた。
髪をとかしてもらっている間も眠気でボンヤリしていた。
「今日は小さいお子様とご一緒ですから髪はまとめた方がいいですね。」
そう言うとアンナは手慣れた手つきで彼女の髪をクルクルとまとめ始め、最後に当たり前のように殿下から贈られた髪飾りを手に取った。
驚いた顔しているフェリシアを気にもせずテキパキと髪を結上げた。
「せっかくですからコレにしましょう。お嬢様の桃色がかった金髪にお似合いですよ。」
「確かに頂いた髪飾りはとても素敵だけど、私の気持ちはとてもモヤモヤするの、何故かしら?」
「フフ、さぁなんででしょうねぇ。」
アンナはサラリと言ってのけるがフェリシアは昨日の胸騒ぎを思い出しまた計り知れぬ不安を感じ始めた。
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公爵邸に着くとお茶会の準備でみな忙しそうにしていた。
これは挨拶だけして早く子供部屋に避難したほうが賢明だわと公爵夫妻を探した。
「お義兄様、お姉様、お久しぶりです。」
「やぁ、フェリシア何年ぶりかな。せっかく来てくれたのに今日は申し訳ないね。」
「お義兄様、お気になさらないでください。」
「フェリシア、急なお願いで悪かったわね。子供たちは2階にいるからよろしくね。」
ヴェロニカはフェリシアの後ろにアンナが控えてるのを見ると声ををかけた。
「アンナも元気そうね。子供たちのことお願いね。」
「はい、奥様。承知いたしました。」
と言い頭を下げた。
子供部屋に行くと姪のローザはぬぐるみで遊び、甥のジュリアンはゆりかごで寝ていた。
「フェリシアお姉ちゃま、こんにちは。」
「わぁ、ローザ大きくなったわね。いくつになったの?」
「今三歳、もうすぐ四歳になるの。ねぇ早く遊びましょ。」
ローザはフェリシアの手をひっばり部屋の奥まで連れて行こうとした。
フェリシアはローザの力に身を任せると2人ともバランスをくずし転がるように倒れ込んでしまった。
後ろで一部始終を見ていたアンナは悲鳴をあげたが当事者たちはケラケラ笑っていた。
「あー、びっくりしたわ。でもさすが公爵邸ね。子供部屋の絨毯もふかふかで痛くなかったわ。」
「お嬢様方気をつけてくださいませ。お怪我したら大変です。」
「そうね、もしローザに何かあったら。。。考えただけでゾッとするわ。」
ローザを見るとケロッとして飛んで行ったぬいぐるみ抱き上げ遊び始めていた。
「ふふふ、ローザを見ていると幼少期の自分と重ねてしまうわ。」
「本当ですよ。転んでも笑ってるところなんてそっくりですよ。」
しばらくぬいぐるみ遊びをしたり絵本を読んだりしていたが、大人しく部屋にいることは公爵の子供でも難しいようでしきりに窓を指差し始めた。
フェリシアもローザにつられて窓から外を見ると庭園の一部が垣間見れた。
「少しだけど庭園が見えるわ。綺麗なお花がいっぱいで素敵ね。」
「フェリシアお姉ちゃまお庭見たい?」
「えぇ見たいわ。でも庭園はサロンから眺められるようになっているから今はダメよ。」
「サロンにお客様がいるから?」
「そうよ。お庭はまた今度にしましょうね。」
ローザをなだめてからもう一度外に目を向けると目覚えのある制服を着た男性を見つけた。
あっ、騎士団の方だわ。
しかも、あのデザインはルーファス様と同じ護衛担当が着用する制服のはず。
「ねぇアンナ、今日のお客様ってどなたか知ってる?」
「詳しくは存じ上げないのですが、高貴な方のようですよ。」
きっと上位貴族の方なのね。護衛が付いて来るくらいだもの。
「お嬢様、ジュリアン様のミルクを頂いて来ますね。」
ゆりかごの様子を見ていたアンナはそう言うと部屋から出て行った。
「ねぇローザ、ローザが好きな遊びはなあに?」
「ローザね、本当はお外で走るのが好きなの。」
「あら、私と一緒ね。」
「お姉ちゃまもお外が好きなの?」
「えぇ大好き。でも今日大事なお客様がいるから行かれないわね。」
「えー、つまんないの。」
程なくアンナが戻って来た。
「お嬢様、今厨房で聞いたのですが裏口を出た所に小さい庭があるそうですよ。」
「あら、では気分転換に外にでも行きましょうか。」
ローザは嬉しそうにピョンピョン跳ねながらフェリシアとアンナの後ろについて来た。
厨房に近づくと中から料理長が顔を出し手招きをした。
フェリシアが料理長のそばに行くとお菓子が入った小さなカゴを渡してくれ、裏口の場所を教えてくれた。
ゆっくり扉を開けるとアンナが言っていた通り小さい庭があった。
使用人たちの休憩場所になっているようでベンチもあり、子供が遊ぶには充分な広さだった。
アンナはベンチに腰掛けジュリアンにミルクを飲ませ、フェリシアとローザは追いかけっこをして遊んでいた。
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サロンではお茶会という名の事実上の王太子のお見合いが行われていたが完全に行き詰まっていた。
「よかったら庭園を散策してみませんか?薔薇がちょうど見頃なんですよ。」
ヴェロニカは重い空気を何とかしようと提案してみたところ、他の出席者も同じ気持ちだったようで
「いいわね」「行きましょう」と庭園に向かった。
よく手入れされた庭園は薔薇のアーチから始まり左右に美しい薔薇が咲き誇つていた。
ヴェロニカが先頭で御令嬢たちに花の説明をしながら進みその後ろにアーサーとランチェスター公爵が続いた。
そして、さらに少し距離をおいてマティアスが一人で皆の後をついて行った。
公爵邸の庭園はすごいなぁ、騎士団棟にある庭にも薔薇を植えてもらおうかな、フェリシア喜ぶかなぁ、
にしても公爵夫人って目元がフェリシアに似てるけど親戚なのかなぁ。。。。
マティアスはいろいろ妄想しながら歩いていると、庭園から抜けられる道を見つけた。
どこにつながっているのかな?
ちょっとした好奇心から小さな門を開けて道なりに歩き続けた。
随分来ちゃったけど邸の裏に出るのかな?
すると、女の子の笑い声と赤ん坊の泣く声が聞こえてきた。
あぁ、公爵の子供たちがいるのか。
様子を見たくなり声の方向に進んで行くと思いがけない言葉を耳にした。
「フェリシアお姉ちゃま、早く早くぅ。」
フェリシア?
今確かにフェリシアと聞こえだが、ま、まさか。
マティアスは足を早め邸の裏まで来ると目にした光景に息が止まりそうになった。
彼の視界に入って来たのは小さい女の子と楽しそうに遊ぶフェリシアだった。
夢じゃない、フェリシア本人だ!
彼は人形のように棒立ちのまま彼女を見つめていた。
人の気配に気づいた彼女が何気に振り返ると、彼女もまたその場で固まったまま動けなくなってしまった。
異変に気づき顔を上げたアンナは慌ててジュリアンを乳母車に寝かせ、ローザの手を引いてフェリシアの元から離した。
「フェリシア。。。フェリシアだよね?」
マティアスはフェリシアに近づきながら微笑みかけた。
「も、申し訳ありません。」
「なぜ謝る?」
「も、申し、、」
フェリシアの目から一筋の光るものが流れた。
「なぜ泣くの?」
「うっ。。。」
フェリシアは嗚咽を抑えらなかった。と同時に涙があふれ出で頬を濡らした。
「元気そうでよかった。。。」
マティアス右手を伸ばすとフェリシアの頬に優しく触れた。
フェリシアは何か話さなくてはと思うものの焦るばかりで、
何か話そうとしても唇が震えしまい声を出せなかったがマティアスのことはじっと見つめていた。
「髪飾り使ってくれているんだね。よく似合っているよ。」
フェリシアは微笑もうとするが相変わらず涙は止まらない。
今まで見えない鎖で締め付けられていた胸の内が解き放たれたような解放感が涙腺を緩めてしまうのだった。
「僕たちはこれからが本番だよね? 今までのは練習だったんだよ。」
マティアスは指でフェリシアの涙をぬぐいながら声を掛けた。
フェリシアはコクッとうなづいた。
それが精一杯だった。
「聞きたいこともあるけど人が待っているから行くよ。」
フェリシアは再度うなづき丁寧にお辞儀をした。
マティアスは充分だった。
本当は「ヤツター」と走り出したかったがグッとこらえて庭園に向けて歩き始めた。
この満たされた気持ち、アーサー兄上には感謝しかないな。
ずっとマティアスを見つめているフェリシアの元にアンナが子供たちを連れて近づいて来ると一緒にマティアスの後姿を見守った。




