92. 秋季北海道大会決勝戦 (vs北海堂3)
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四回表、栗夕月奈の攻撃は、1番カナから。
前打席は良い処なかったし、チームとしても完璧に抑えられているので、何とかして爪痕を残したい。
気合いを入れつつお尻をプリッと八木さんに向ける。
初球、もう一度だけセーフティバントを試みる。
案の定、サードの船木くんがダッシュしてきて、カナはバットを引いた。
ストライク。
どうやらバントは完全に読まれているらしい。
膝の動きを見られているのかな――それについて考えるのは、試合後にしよう。
得意の武器を封じられた以上、今出来る事はひとつ。
シンプルに勝負だ。
ボール球は振らない、甘いコースを見逃さない、全体重を掛けてしっかりスイングする。
今まで積み重ねてきた事を、さらに積み重ねていくだけだ。
八木さんのボールは相変わらず走っていて、キレも良かった。
だがカナも、むざむざ打ち捕られるわけにはいかない。
追い込まれながらもゾーン内のボールをファールで粘っていく。
そしてその努力が、今回は結んでくれた。
フルカウントから十球めを投げた瞬間、八木さんがしまった、という顔をした。
コントロールミスだろう、外のシンカーがワンバウンド。
カナは四球で出塁、待望のランナーがノーアウトで出た。
ヒットでもないのに、超盛り上がる栗夕月奈の応援席。
「香奈ぁ、走れぇー、ホームまで盗塁だぁー」
何とも無責任な美香お姉ちゃんの声がここまで届いてくるが、カナはヘルメットを被り直しつつ、心の中で大きく肯いた。
――そだね、このままホームまで駆け抜けるよ。
でも全部盗塁はいくら何でも無理っしょ、お姉ちゃん。
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ノーアウトでのランナー、しかも塁上にいるのが走塁技術に長けたカナとあって、北海守備陣に緊張が一気に走った。
送りバントの構えをするタッキーを尻目に、八木さんは立て続けに牽制を二度も入れてくる。
ベンチからのサインは特になかったが、『走るな』的な雰囲気だった。
せっかく出せた、この試合初めてのランナー。
ここは大事に攻めたいし、何より北海バッテリーに明らかな隙がない以上、ここで動く理由はない。
コンッッ。
タッキーがバントしたインパクトの瞬間に、カナはスタートを切った。
あの角度ならフェアゾーンに、フライにならずに転がる筈だ。
後は脇目も振らず二塁に向かって走っていく。
ピッチャーの八木さんが捕ったようだが、ボールは一塁へ送球された。
送りバント成功、これで1アウト二塁。
これでカナの足ならワンヒットでホーム生還も有り得るし、ベンチは間違いなくそういう期待をしているんだろう。
そう思い、カナは改めて気を引き締めた。
バッターは3番フクロー。
研ぎ澄まされた雰囲気が、塁上のカナにも伝わってくる。
この大会、北海堂の強力打線が話題の中心であるが、栗夕月奈の打線だって負けてはいない。
ルイさんチュージさんを中心にレベルの高い選手が集まり、カナンがホームランバッターに成長した事で、選手層もわずかだが厚くなった。
それは北海バッテリーも承知の上で、彼ら中軸打者に対する攻めは、カナたちと比べものにならないほど厳しく慎重になっている。
四球め、変化の甘いスライダーを、フクローは見逃さなかった。
カキーン。
巧く流し打った鋭いゴロが一二塁間を抜けていく。
これは――葛西くんの肩との、勝負だっ!
ホームまで駆け抜ける勢いでカナがダッシュを掛ける。
しかし三塁コーチャーのメグさんが、慌てたようにカナをストップさせた。
振り向いてみると、セカンドの岡部さんがぎりぎり飛び付き、膝立ちの体勢で一塁に送球している処だった。
判定はアウト。
ファインプレーに沸き上がる応援スタンド。
天を仰いで、悔しい思いを隠そうともしないフクローだった。
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2アウト三塁となり、4番ルイさんが何かやりそうな、あるいは何かやらかしそうな感じをぷんぷん匂わせながら、打席に向かう。
けして気のせいではない。
さっきからルイさん、カナにアイコンタクトを盛んに送ってくる。
――何をするつもりなのか、詳しくは知る由もないが、この打席、ルイさんは何か仕掛けてくるつもりだ。
取りあえずは、ルイさんの一挙手一投足を集中して見つめる事にした。
何かあったらホームに向かってダッシュだ。
ベンチの佐内監督が、何やら珍妙な動作をしている。
ブロックサインのつもりなのだろうが、まったく記憶にない――きっとダミーで、ルイさんとカナに任せる、という事なのだろう。
ところがルイさんには通じたのか、大きく肯くと一転、バットを短めに持って構えた。
ルイさんのように広角に打球を飛ばせ、長打力もあるバッターの場合、守る方としては自然にオーソドックスな守備体系になる。
あまりに狙いすぎた位置取りだと、ルイさんレベルのバッターなら、その間を突いて打球を飛ばす事だって可能だ。
北海守備陣は内外野ともほぼ定位置、内野は強い打球に備えて若干後ろめで守っていた。
初球から二球続けてボール、ボール。
際どいコースだと言えばそうだが、どうやら北海バッテリー、ルイさんは最悪歩かせても良い覚悟で、あわよくばボール球を打たせて打ち捕るつもりらしい。
二球め、秋元さんが八木さんにボールを返しした直後、ブンッッっと凄い音がした。
気合一閃、ルイさんが素振りをした音だ。
そして鋭い眼差しを、再びカナに投げ掛けてきた。
――おおっ、ルイさん。
わっかりましたぁ、次の球ですねっ。
カナもまた視線だけでルイさんに応える。
このわずかな間にカナは、もし自分がルイさんだったら何が出来るだろう、と考えていた。
本気で勝負してくるつもりのない相手に対して、カナを還し自らも生きる、最も可能性が高い方法と来れば――きっとアレだろう。
ひとりではバスにも乗れないほど日常生活はハチャメチャなルイさんだが、この人、野球『だけ』は凄い。
きっとカナと同じ考えだし、きっちりやってくれると信じている。
カナは腹を括った。
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不穏な気配を察したのか、八木さんがサードに一球、牽制を入れてくる。
いけないいけない。慌てて戻るカナ。
ここは牽制に臆した振りをして、さっきより半歩だけリードを短く取っておく。
無表情でカナを見ていた八木さんが、くるっと首をホーム方向に回した。
そして投球動作に入ると同時に、カナはすすすっとホームに近付き、仕掛けに備えた。
ストレートだった。
アウトコースに外れるボール球。
やはり相手バッテリーは、ルイさんとはまともに勝負しないつもりだった。
ルイさんはぎりぎりまでボールを引き付け、膝を沈めてバットを横に寝かせた。
バントの構え。
2アウト三塁からのセーフティスクイズ、それがルイさんの考えた仕掛けだった。
――やっぱりね。
カナはまったく慌てなかった。
内野陣の深めの守備位置、ルイさんの打者としての力量、それはカナの出した解答と同じだったからだ。
空振りの可能性が消えた時点で、カナはホームに向かってスタートを切った。
力のあるストレートだったが、ルイさんの腕力と技量なら、一塁へ一歩めを踏み出しながらバットを伸ばすだけで充分だった。
コンッッ。
勢いを巧く殺した打球が、サード手前へ転がっていく。
そしてその脇をすり抜けるようにして、カナはホームに突進した。
カナの背後で、船木くんがボールを捕った気配がする。
ファーストに投げるよう、指示が飛んでいる。
ホーム手前に居る秋元さんに動きはないが、カナは構わず頭から飛び込んで行った。
ホームベースに左手でタッチし、頭を上げて一塁を見ると、ヘッドスライディングするルイさんの傍で塁審が右手を水平に挙げていた。
セーフ。
「やたっ」
ルイさんとカナのセーフティスクイズ、大成功。
栗夕月奈、ルイさんのバントヒットで1点を先制する。
「ナイスラン」
「やったな、カナ」
戻って来たカナを、ベンチのみんなは総出で迎えてくれた。
「なあ、間柴」
自分の席に就こうとするカナを、佐内監督が呼び止める。
「間柴はルイのセーフティ、読んでたのかい?」
「はい、何度かアイコンタクトがありましたから」
「――そうか」
監督はニヤリと笑いながら、帽子を目深に被り直した。
チェンジになり、残塁となったルイさんに、カナは直接グラブを持って行って手渡した。
「ルイさん、ナイスヒットでした」
「なんもだぁ、あんなサイン出されちゃ、結果出さないわけにゃいられんしょ」
またまたぁ、打席就く前からスクイズするつもりだったっしょ、という言葉はひとまず飲み込んでおく。
「サインて――佐内センセの、あの変な動きですか? ダミーじゃなかったんだ」
ルイさんが苦笑いしながらコクンと肯く。
「ああ、あれな。俺専用のサインで『点取らなきゃしばくぞ』て意味なんだ」




