表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/184

90. 秋季北海道大会決勝戦 (vs北海堂)


 北海道アマチュア野球の聖地、札幌円山球場。

 決勝戦は週末という事もあって、ほぼ満員に近い感じでスタンドは埋まっていた。


 連合チーム、栗夕月奈の応援スタンドも、ぎゅうぎゅうの満員である。

 栗川高130人、夕張谷高60人、月形商60人、奈井江高80人。

 4校合わせて300人ちょっと、例えば南札幌高なら、一学年分にも満たない生徒数だ。


 それにOBOG含めた総勢40名の合同ブラスバンドと、有志から成る12名のチアガールが花を添えている。

 チアガールの中には美香お姉ちゃんも居た――他の三年はとっくに引退していると言うのに、いったい何やってんだか。


 野球部員の父兄も相当数居るが、もちろんそれだけで応援スタンドが埋まるわけがない。

 スタンドを占める大部分は、一市三町の市民に町民、そして嘗てそこに生を受けたものの、事情により故郷を離れた人たちだった。


 一市三町の人口は、最盛期は合計で15万人だったが、現在は3万人足らず。

 過疎に歯止めの掛からない地域であるが、懐かしい故郷の名前を聞いて居ても立ってもいられず、道内各地や果ては内地から、球場に駆けつけて来たらしい。

 きっとスタンドのそこかしこでは、再会を喜ぶ声が交わされているんだろう。


「札幌の祖父ちゃん、球場に来てくれてるってさ」

 カナンがカナにそっと耳打ちする。だからくすぐったい、てば。

「ホントかい? 嬉しいね。間柴はお父さんとお母さんだよ、お祖母ちゃんは店番してる」

「相変わらずだなあ、祖母ちゃんは」

 どっちにも孝行しなくっちゃね、とふたりでグータッチした。




 決勝戦の相手は、北海堂。

 旧制中学時代から数えた甲子園出場回数は、春夏合わせて何と50回。

 全国大会でも二度の準優勝の実績を持つ、北海道が誇る名門私立校である。


 新チームになった北海はどうやら、現時点では攻撃型のチーム。

 レギュラーのほとんどが要注意バッターと言える。


 エース八木(やぎ)さんは右オーバースロー、大崩れしない好投手であるが、どちらかと言えばバッターとしての評価が高い。

 3番八木さん、そして一年ながら4番を打つ船木ふなきくんのコンビは、毎打席必ずどちらかが出塁している印象さえあった。


 彼らを抑えたとしても、5番原田(はらだ)さん、6番葛西(かさい)くんの長距離砲が控えている。

 好不調の波はあるが、このふたりもおっかないバッターだ。

 さらには俊足のキャッチャー1番秋元(あきもと)さん、今大会で売り出し中の9番斉藤(さいとう)さんにも長打力はある。

 2番の岡部(おかべ)さんは、ねちっこい職人肌の選手で、この辺りが固定メンバー。


 そんな感じで、ほぼどこからでもホームランが狙えるという、こちらにとってはかなり危険な打線である。




「さて」

 ベンチ内での準備も終わり、シートノックの前にそろそろ身体をほぐそうか、という時だった。

 おもむろに奈月さんが立ち上がると、ツカツカとフクローの前で仁王立ちになり、言い放った。

「フクロー、そろそろこっちへ戻って来なよ」


 そうなんだ。

 フクローの様子が、朝からずっと変だったんだ。

 いつもは口うるさいくらいに、カナンや周りの連中にあれこれと指示しまくるのに、今日は移動中のバスでも、球場に入ってからも、両手を鼻の前で組んだ、何とかゲンドウのポーズよろしく、ずーっと黙って考え込んだままだった。

 しかも『話し掛けて来んじゃねえ』のオーラをばんばん出しまくっている。


 こうなると、なまじっか付き合いの長いカナンやカナは、こういう状態のフクローに触っちゃいけないと、肌で感じてしまう。

 大方、北海の強力打線への対策を、頭の中で駆け巡らせているんだろう。

 敢えて奈月さんがフクローに鈴を付けてくれた恰好になった。


 一瞬、フクローの眉がピクッと上がり、カナは慌てて奈月さんのところへ駆け寄ろうとする。

「あ――そうっすね。奈月さん、あざっす」

 しかし大事な試合前に、事を荒立てるほどフクローも馬鹿じゃなかった。

 奈月さんの言葉に素直に従い、てきぱきとアップを始める。




 シートノックの開始前に円陣を組もうとしたら、佐内監督と、部長枠でベンチ入りしている鹿間監督が中に割り込んできた。

「俺たちも円陣、ぜてくれよ」

 監督たちも一緒に闘いたい、という事だろう。

 苦笑混じりにみんなで同意する。


「監督、せっかくですからひと言、どうぞ」

「あはははぁ。俺は別に、いいよぉ」

 頭を掻きながら辞退する佐内監督だったが、チュージさんに促され、押し出されるように円陣の真ん中に入った。


「そうだなあ……監督さしてもらって20年ちょっとになるけど、こんな楽しい大会は、今までなかったなあ……なあみんな。勝つって、楽しいなあっ!」

『はいっ』

 あまりに佐内監督らしい表現に、返事をしながら軽い笑いが漏れる。

「今日も、勝とうぜえっ!!」

『はいっ!!』


「次に鹿間監督、どうぞ」

「いやいやなんもなんも、今日も勝っちまおう」

 照れ隠しなのか、おどけて話す鹿間監督の様子に、あまり面白くないのにみんなでゲラゲラ笑ってしまう。


「じゃ、掛け声行こか」

「奈月も、入れ入れ」

 監督たちのせいで若干砕けてしまった雰囲気の中、チュージさんが手綱を締め直し、栗夕月奈のベンチメンバー全員による円陣が組まれた。




 翻って北海堂ベンチ。

「向こうさんはずいぶん、リラックスしてるようだな」

 笑いの漏れる栗夕月奈の円陣を見ながら、北海の笠谷かさや監督は呟いた。


 正直、非常に厄介な対戦相手だと思う。

 栗夕月奈は評判以上のチームだった。


 通常、連合チームは合同での練習時間の確保が難しく、結果として守備に弱点のある場合がしばしばである。

 しかしどうしてどうして、個々の守備力は高く、穴らしい穴が見当たらない。

 連携もしっかり取れていて、普通は足を引っ張るであろうふたりの女子選手が、重要なパーツとして機能している。


 それに――最も厄介なのが、エースの穂波くんだ。

 彼のストレートと高速スライダーは、超高校級と呼んで差し支えない。

 間違いなく全道ナンバー1のピッチャーである。

 まだ一年生なのに、これほどの球を投げるのだから、将来どこまで成長するのだろう、他校の選手ながらわくわくする素材である。


 ただ現時点では、しばしば経験の浅さを露呈している。

 準決勝のエゾノー戦では、雨のマウンドに散々悩まされていたし、いつもと違う状況には少なからず戸惑うようだ。

 それと、あくまで現時点での話だが、穂波くんは良いボールを投げる事に専念しているようだ。

 キャッチャーのサインにほとんど首を振らず、リードの通りに投げている。

 自分で投球の組み立てを考えるレベルには、まだ届いていない。




 ――勝つためには一にも二にも、穂波くんの攻略が必要だ。

 生徒たちに任せた昨夜のミーティングでは、様々な意見が飛び交ったが、いつも通りボールをしっかり見てしっかり振る、という結論に落ち着いた。

 それで良い、と笠谷は思う。

 穂波くんの攻略には、いつもと違う状況に彼を置く事、サインを出している鶴舞くんを迷わせる事、そこら辺りが重要であるが、そのためにこちらがいつもと違う事をやって翻弄されては、本末転倒である。


 ――君たちが自ら考え、意思統一した上での結論だから、それが正解だ。

 君たちはまだまだ成長途上にある。

 昨日の結論が仮に誤っていたとしたら、それを糧にすれば良いだけの話だ。


 シートノックに励む栗夕月奈を、笠谷は目を凝らして観察する。

 全国の名門校に比べるとのんびりした印象ではあるが、選手たちの動きは良く、充分に鍛えられてある。

 決勝まで残るチームなんだ、それも当然だろう。


 並んでノックをする佐内監督と、夕張谷の鹿間監督が目に映った。

 選手として、また監督として甲子園に行ってきた自分とは違い、道内では無名の存在だった方たちだ。

 ほぼ同世代の筈なのに、自らの不勉強のせいで、おふたりの事はほとんど知らない。


 しかし特に佐内さんは、ずっと月形で監督をしていると聞く。

 何年も部員が9人揃わない野球部で、あれこれと苦労しながら、ずっと牙を磨いてきたのであろう。

 もしも自分が佐内さんの立場にあったなら、とっくの昔に心が折れていたかも知れない。

 ――このような素晴らしいチームを作り上げてきた事に、敬意を表します。


 間もなく連合チームのシートノックが終わり、今度は北海の番だ。

 笠谷は気を引き締めつつ、ノックバットを片手にベンチを発った。




 たくさんの人の思いや願いを乗せて今、決勝戦が始まろうとしている。

 一回表、栗夕月奈の攻撃。

 1番バッターのカナが、左打席に立った。


決勝戦、栗夕月奈スタメンです。

1(左)間柴(①栗川) 2(遊)滝川(①栗川) 3(捕)鶴舞(①栗川)

4(右)長谷川(②月形) 5(三)中司(②夕張) 6(一)北野(②栗川)

7(投)穂波(①栗川) 8(二)宮古(②夕張) 9(中)硯(①栗川)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 北海堂のメンツ…円山よりも大倉山に馴染んでいそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ