90. 秋季北海道大会決勝戦 (vs北海堂)
*
北海道アマチュア野球の聖地、札幌円山球場。
決勝戦は週末という事もあって、ほぼ満員に近い感じでスタンドは埋まっていた。
連合チーム、栗夕月奈の応援スタンドも、ぎゅうぎゅうの満員である。
栗川高130人、夕張谷高60人、月形商60人、奈井江高80人。
4校合わせて300人ちょっと、例えば南札幌高なら、一学年分にも満たない生徒数だ。
それにOBOG含めた総勢40名の合同ブラスバンドと、有志から成る12名のチアガールが花を添えている。
チアガールの中には美香お姉ちゃんも居た――他の三年はとっくに引退していると言うのに、いったい何やってんだか。
野球部員の父兄も相当数居るが、もちろんそれだけで応援スタンドが埋まるわけがない。
スタンドを占める大部分は、一市三町の市民に町民、そして嘗てそこに生を受けたものの、事情により故郷を離れた人たちだった。
一市三町の人口は、最盛期は合計で15万人だったが、現在は3万人足らず。
過疎に歯止めの掛からない地域であるが、懐かしい故郷の名前を聞いて居ても立ってもいられず、道内各地や果ては内地から、球場に駆けつけて来たらしい。
きっとスタンドのそこかしこでは、再会を喜ぶ声が交わされているんだろう。
「札幌の祖父ちゃん、球場に来てくれてるってさ」
カナンがカナにそっと耳打ちする。だからくすぐったい、てば。
「ホントかい? 嬉しいね。間柴はお父さんとお母さんだよ、お祖母ちゃんは店番してる」
「相変わらずだなあ、祖母ちゃんは」
どっちにも孝行しなくっちゃね、とふたりでグータッチした。
決勝戦の相手は、北海堂。
旧制中学時代から数えた甲子園出場回数は、春夏合わせて何と50回。
全国大会でも二度の準優勝の実績を持つ、北海道が誇る名門私立校である。
新チームになった北海はどうやら、現時点では攻撃型のチーム。
レギュラーのほとんどが要注意バッターと言える。
エース八木さんは右オーバースロー、大崩れしない好投手であるが、どちらかと言えばバッターとしての評価が高い。
3番八木さん、そして一年ながら4番を打つ船木くんのコンビは、毎打席必ずどちらかが出塁している印象さえあった。
彼らを抑えたとしても、5番原田さん、6番葛西くんの長距離砲が控えている。
好不調の波はあるが、このふたりもおっかないバッターだ。
さらには俊足のキャッチャー1番秋元さん、今大会で売り出し中の9番斉藤さんにも長打力はある。
2番の岡部さんは、ねちっこい職人肌の選手で、この辺りが固定メンバー。
そんな感じで、ほぼどこからでもホームランが狙えるという、こちらにとってはかなり危険な打線である。
*
「さて」
ベンチ内での準備も終わり、シートノックの前にそろそろ身体をほぐそうか、という時だった。
おもむろに奈月さんが立ち上がると、ツカツカとフクローの前で仁王立ちになり、言い放った。
「フクロー、そろそろこっちへ戻って来なよ」
そうなんだ。
フクローの様子が、朝からずっと変だったんだ。
いつもは口うるさいくらいに、カナンや周りの連中にあれこれと指示しまくるのに、今日は移動中のバスでも、球場に入ってからも、両手を鼻の前で組んだ、何とかゲンドウのポーズよろしく、ずーっと黙って考え込んだままだった。
しかも『話し掛けて来んじゃねえ』のオーラをばんばん出しまくっている。
こうなると、なまじっか付き合いの長いカナンやカナは、こういう状態のフクローに触っちゃいけないと、肌で感じてしまう。
大方、北海の強力打線への対策を、頭の中で駆け巡らせているんだろう。
敢えて奈月さんがフクローに鈴を付けてくれた恰好になった。
一瞬、フクローの眉がピクッと上がり、カナは慌てて奈月さんのところへ駆け寄ろうとする。
「あ――そうっすね。奈月さん、あざっす」
しかし大事な試合前に、事を荒立てるほどフクローも馬鹿じゃなかった。
奈月さんの言葉に素直に従い、てきぱきとアップを始める。
シートノックの開始前に円陣を組もうとしたら、佐内監督と、部長枠でベンチ入りしている鹿間監督が中に割り込んできた。
「俺たちも円陣、混ぜてくれよ」
監督たちも一緒に闘いたい、という事だろう。
苦笑混じりにみんなで同意する。
「監督、せっかくですからひと言、どうぞ」
「あはははぁ。俺は別に、いいよぉ」
頭を掻きながら辞退する佐内監督だったが、チュージさんに促され、押し出されるように円陣の真ん中に入った。
「そうだなあ……監督さしてもらって20年ちょっとになるけど、こんな楽しい大会は、今までなかったなあ……なあみんな。勝つって、楽しいなあっ!」
『はいっ』
あまりに佐内監督らしい表現に、返事をしながら軽い笑いが漏れる。
「今日も、勝とうぜえっ!!」
『はいっ!!』
「次に鹿間監督、どうぞ」
「いやいやなんもなんも、今日も勝っちまおう」
照れ隠しなのか、おどけて話す鹿間監督の様子に、あまり面白くないのにみんなでゲラゲラ笑ってしまう。
「じゃ、掛け声行こか」
「奈月も、入れ入れ」
監督たちのせいで若干砕けてしまった雰囲気の中、チュージさんが手綱を締め直し、栗夕月奈のベンチメンバー全員による円陣が組まれた。
*
翻って北海堂ベンチ。
「向こうさんはずいぶん、リラックスしてるようだな」
笑いの漏れる栗夕月奈の円陣を見ながら、北海の笠谷監督は呟いた。
正直、非常に厄介な対戦相手だと思う。
栗夕月奈は評判以上のチームだった。
通常、連合チームは合同での練習時間の確保が難しく、結果として守備に弱点のある場合がしばしばである。
しかしどうしてどうして、個々の守備力は高く、穴らしい穴が見当たらない。
連携もしっかり取れていて、普通は足を引っ張るであろうふたりの女子選手が、重要なパーツとして機能している。
それに――最も厄介なのが、エースの穂波くんだ。
彼のストレートと高速スライダーは、超高校級と呼んで差し支えない。
間違いなく全道ナンバー1のピッチャーである。
まだ一年生なのに、これほどの球を投げるのだから、将来どこまで成長するのだろう、他校の選手ながらわくわくする素材である。
ただ現時点では、しばしば経験の浅さを露呈している。
準決勝のエゾノー戦では、雨のマウンドに散々悩まされていたし、いつもと違う状況には少なからず戸惑うようだ。
それと、あくまで現時点での話だが、穂波くんは良いボールを投げる事に専念しているようだ。
キャッチャーのサインにほとんど首を振らず、リードの通りに投げている。
自分で投球の組み立てを考えるレベルには、まだ届いていない。
――勝つためには一にも二にも、穂波くんの攻略が必要だ。
生徒たちに任せた昨夜のミーティングでは、様々な意見が飛び交ったが、いつも通りボールをしっかり見てしっかり振る、という結論に落ち着いた。
それで良い、と笠谷は思う。
穂波くんの攻略には、いつもと違う状況に彼を置く事、サインを出している鶴舞くんを迷わせる事、そこら辺りが重要であるが、そのためにこちらがいつもと違う事をやって翻弄されては、本末転倒である。
――君たちが自ら考え、意思統一した上での結論だから、それが正解だ。
君たちはまだまだ成長途上にある。
昨日の結論が仮に誤っていたとしたら、それを糧にすれば良いだけの話だ。
シートノックに励む栗夕月奈を、笠谷は目を凝らして観察する。
全国の名門校に比べるとのんびりした印象ではあるが、選手たちの動きは良く、充分に鍛えられてある。
決勝まで残るチームなんだ、それも当然だろう。
並んでノックをする佐内監督と、夕張谷の鹿間監督が目に映った。
選手として、また監督として甲子園に行ってきた自分とは違い、道内では無名の存在だった方たちだ。
ほぼ同世代の筈なのに、自らの不勉強のせいで、おふたりの事はほとんど知らない。
しかし特に佐内さんは、ずっと月形で監督をしていると聞く。
何年も部員が9人揃わない野球部で、あれこれと苦労しながら、ずっと牙を磨いてきたのであろう。
もしも自分が佐内さんの立場にあったなら、とっくの昔に心が折れていたかも知れない。
――このような素晴らしいチームを作り上げてきた事に、敬意を表します。
間もなく連合チームのシートノックが終わり、今度は北海の番だ。
笠谷は気を引き締めつつ、ノックバットを片手にベンチを発った。
たくさんの人の思いや願いを乗せて今、決勝戦が始まろうとしている。
一回表、栗夕月奈の攻撃。
1番バッターのカナが、左打席に立った。
決勝戦、栗夕月奈スタメンです。
1(左)間柴(①栗川) 2(遊)滝川(①栗川) 3(捕)鶴舞(①栗川)
4(右)長谷川(②月形) 5(三)中司(②夕張) 6(一)北野(②栗川)
7(投)穂波(①栗川) 8(二)宮古(②夕張) 9(中)硯(①栗川)




